お仕事頑張りましょう
俺とサキは、反ツクグ派の面々と面会をするために、今日もフレトの大臣であるヒョウさんの家へと向かっていた。
ヒョウさんの方からは効率を上げるために、俺とサキの泊まり込みをお願いされているのだが、サキが首を縦に振らないために、今日も今日とて大臣邸へ出勤というかたちをとっていた。
「なぁ、サキ。毎日毎日大臣のとこに徒歩で通うのは面倒くさくないか?」
俺としては通うよりも泊まり込みの方が楽なので、暗に話を向けてみる。
「いえ、まったく。私としては、あんな息の詰まるようなところにはなるべく長居したくないというのが本音ですから」
「まぁ、確かにそうだよなぁ」
俺とサキはヒョウさんの邸宅へと向かうため、並んで道を歩いていく。ヒョウさんは俺達に格式のある乗り物に乗って来てほしいみたいだったが、サキはそれすらも拒否をしていた。
『だって、なるべく自由に動きたいじゃないですか』
サキはそう嘯いて、先方の提案を拒否していたのだ。
「やれやれ。……お、やっと着いたか」
二人で並んで歩く事しばし。ようやくヒョウさんの邸宅に着いた。出迎えも早々に、メイドさん達は早速サキの仕度に取り掛かる。
サキはヒョウさん家のメイドさんの助けを借りて、どんどんと着飾ってゆく。
いつもの実用一点張りの服装から、華やかな和装になり、髪を整えて薄く化粧を施す。
ただでさえ美人だったものが、何か神々しいレベルにまで引き上げられたような感じだ。
だがサキの顔色は悪い。
「はぁ……今日もあの気持ちの悪いおじさん達の情欲の眼差しを浴びるのかと思うと、本当に嫌悪感しか湧きませんねぇ」
サキは心底嫌そうに呟く。
サキには正直同情してしまう。
簡単に言うとサキは美しすぎたのだ。だから会うヤツの殆どが下心を覗かせてしまう。
基本的に藩王の娘と言っても、庶民の中で暮らしていたという設定だ。
さらに娘の後ろ盾が大臣だけであり、立場も敵対しているツクグ陣営に較べて弱いというのも問題だった。
要は切り崩すべき日和見主義の反ツクグ派の連中に、足元を見られているのだ。
中立派と言ったって、ツクグが実権を全て握ったら終わりのはずなんだが、どうもそれすらも理解していないっぽい。
状況が悪い事はヒョウ大臣も理解しているようだが、どうにも歯切れが悪い。
うーむ。やり方を間違えたのかもしれないな。
「まぁ、サキ。悪いがこれも仕事だ。あと俺も近くにいるからあまり心配するな」
俺がそうサキを慰めるのだが、サキの反応が悪い。
「ご主人様の姿もダメダメです。なんでそんな姿に偽装しているんですか!」
サキが半眼でこちらを見てくる。
「ん? 結構似合っているだろう?」
「……似合ってはいるのですが、私としては当初の目論見が崩れてしまって……」
歯噛みして悔しそうにしているサキを横目に、俺は首を傾げる。
「ふむ……”変化”の術式は、”術式隠匿”との同時展開が行えるくらいには難度が低いものだから俺としては妥当なもんだと思っているんだがなぁ」
俺は姿見に写った自分の姿を確認する。
そこには可もなく不可もない顔をした、女性としては長身の、フレトの民族衣装を着込んだ冴えない亜人の女が映っていた。
変化の術式は自分の姿等を任意に変えられるものだ。
ただし、各種数値の変動は感覚的には10%くらいしか動かせないため、元が人間としてはかなり長身な俺だと、精々が170cm台の大女くらいにしか変化できなかったのが残念だった。
「でもご主人様。せっかく女性に化けているのにどうして美人とかにしないんですか?
近くに変身する上で参考になりそうな綺麗な人達がいっぱいいると思うんですけど」
サキが俺の凡庸な顔を見て、不思議そうに首を傾げる。
あざとい。こいつ、自分が可愛いと分かっていてポーズを作っているな。
「サキ。俺は一体なんのためにここいる事になっているんだ?」
「うっ……。私が側仕えとしてご主人様を指名したからです……」
「そうだ。俺はあくまでもお前の補佐役だ。だったらその俺が目立ってどうする? ただでさえ俺の身長はでかいんだから、これ以上目立つわけにはいかねーんだよ」
「………私としては、周りにカップルって思われたかったんだけどなぁ」
「ん? 何か言ったかサキ?」
聞き捨てならない事をサキが呟いていたので、とりあえず牽制する。それだと当初の目的が蔑ろになるだろうが。
「何も言ってませんよぉーだ。ご主人様、そろそろ時間だから行きましょ」
「ああ」
そうして俺とサキは、いやいやながらも今日会うべきフレト国の有力者が待つ会合部屋へと、重い足を引きずって向かうのだった。
─────
「さて、サキ殿、アルベルト殿。君達のお陰でかなりの人数の有力者につなぎをとることができた。まずはその事に感謝したい。
これでこちら側でもある程度、ツクグ側の陣営に対抗する目処が立ったと思うんだよ」
俺達がいやいやながらもフレトの姫のフリをして、有力者に会うこと早1ヶ月。暦はすでに風陰月(8月)となっていた。
これまでの努力がようやく実ってきたのだとヒョウさんはにこやかに微笑んでいた。
良かった。俺達(特にサキ)の頑張りが成果を上げたのは素直に喜ばしい事だ。
なお、狸のスケゾウさん家に居候しているフェリシア達の方は、この短期間で瞬くうちにナノハ・ミコヤでも1、2を争う巨大マフィアへと成長したみたいだった。
え、マフィア?
なんでもいつの間にかトップに祭り上げられていたフェリシアを『姐さん』と慕う謎の武闘派組織が、短期間で爆発的に勢力を拡大して、組織が大きくなっていったらしい。
フェリシアとしては、スケゾウさんのところで用心棒の真似事をして、軽く居候の代金を稼ぎたかっただけらしいのだが、知らぬうちに舎弟が増えて、そいつらからの上納金の額が指数関数的に増えていってしまったそうだ。
そして、上納金を貰いすぎて使い途に困ったフェリシアが、舎弟を名乗る連中に堅気に戻るようお金を押し付けて追い出したら、今度はその追い出された連中がツクグ派に締め上げられていた商売人達に「姐さんからの見舞金だ」として潤沢な資金を渡してしまったらしい。
そしてその資金で息を吹き替えした商人は、自動的にフェリシアの派閥に組み込まれ、そしてその商人が金を稼ぎそれがまたフェリシアへの上納金として還流する……といった恐ろしい無限連鎖にハマってしまい、今に至るとの事だ。
フェリシア自身は、全く他人事の様子だったのだが、それがまた器の大きさと舎弟達には思われるらしく、謎の忠誠心がうなぎのぼりだった。
なお、フェリシアへと気さくに話しかける俺は、彼らにとってはダニと同じらしい。
視線がとても怖かった。
「───実は今回2人に折り入ってお願いしたいことがあってね」
「ん? どんな事でしょう」
ぼんやりとフェリシアの事を考えていた俺に、ヒョウさんが話しかけてきた。
「今までツクグ派の動きが気になって、ツクグに反感を持つ者達とは個別に会っていたのだが、これだけ派閥が大規模になったのだから、一度顔つなぎとして会合を持ちたいと思ってね。
なに、ある意味で決起集会みたいなものさ」
「それに俺達も出席しろ、と?」
「ああ。むしろサキ殿が主賓だね」
「私ですか? 個人的にはもう役目は果たしたと思うので辞退したいのですが……」
サキはあまり気乗りがしない様子だ。
「まぁまぁ。皆、君を派閥の統合の象徴として見ているのだから、是非出席をお願いしたいのだよ」
「ご主人様、どうします?」
本音では俺もサキと同じ気持ちだが、反ツクグ運動を軌道に乗せるためには仕方あるまい。
「……まぁ、ここまで乗りかかった船だ。最後の御奉公と思って出席しよう」
「むぅぅぅ……分かりました」
そうして俺達は、反ツクグ派が一堂に会する大規模な決起集会に参加することになったのだった。




