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フェリシア・ディ・ローティスの穏やかな日常

今回はフェリシア視点です。

 私の名前はフェリシア・ディ・ローティス。フレイン王国でも指折りの名家であるローティス家の娘だ。


 当然そんな私だから、学園の夏季休暇期間といえども忙しくしているのかと思いきや、意外と暇を持て余していた。


「じゃあ、今日も俺達は出かけてくる。フェリシア、あとは頼んだぞ。……くれぐれも……くれぐれも大きな問題だけは起こさないでくれよ」


 ちらちらと外を見ながら呟くアルベルト。本当に心配性ね。


「誰にものを言っているの。あなたじゃあるまいし、問題なんて起こすわけないでしょ。

 あと、サキ。この国はある意味で敵地よ。気をつけて行ってらっしゃいね」


「はい、フェリシア。それでは行ってきますね」


 しょっちゅう問題起こしているじゃねぇか、とぶつぶつ呟きながら私の許嫁であるアルベルトは、反ツクグ派の面々と打ち合わせをするために、私の親友兼ライバルのサキと共にスケゾウ()邸を後にした。


 アルベルトは学園内では一匹狼のクセに、意外にもロジ周りといった裏方の仕事が得意だった。

 私はあの手の根回しや地味な書類作業等はどうしても好きになれない。


 学園ではなぜか派閥の首領のように扱われており、勝手に周りの生徒達が色々と動いてくれるけれど、私単独だとあまりそういった事には馴染めそうもない。


 私はどちらかといえば身体を動かす事の方が得意なのだ。


 学園では貴族の嗜みとしてレイピアを主に使っているけれど、本音としては長剣や斧の方が使い勝手がいい。

 レイピアはすぐに折れてしまうしね。


「フェリシア様!ちょっと新しい仕入れの開拓ルートを見てきたいので、出かけてもよろしいでしょうか!?」


 体育会系のようにハキハキとした声音でリーゼが私に外出の許可を求めてくる。


「良いわ、行ってちょうだい。朗報を期待しているわね」


「はい、フェリシア様!誠心誠意頑張らせていただきます!」


「ふふ、良い子ねリーゼは」


 私の派閥の中でも抜群に能力の高いリーゼは、本当に子犬っぽくって可愛い。ついつい頭を撫でてしまう。


「はわわ〜、か、感動です!」


 真っ赤になったリーゼも素敵ね。


 そしてリーゼを見送った後、部屋の中をざっと眺める。


 今、室内にいるのは私とクリス、オトハの3人だけだ。

 狸親子はここから少し離れた屋台で物を売っており、メアリーは近所の子供たちと遊んでいる。


 メアリーはとても子供たちに好かれている。あれは一種の才能ね。


 オトハちゃんは店の端っこの方で薬作りの真っ最中だ。

 ただし仕事に集中しているとは言い難く、クリスがウィンディの暇つぶし用に持ってきた絵本をずっと読んでいた。


 まぁ、住んでいた隠れ里には娯楽が乏しかったというし、仕方ないのかもしれないわね。


 因みにクリスは一心不乱にお菓子を作る作業をしていた。元々下宿先でパティシエをしていた事もあり、非常に手先が器用で羨ましい限り。


 今は、このフレトの甘味を使って新作のお菓子作りに挑戦しているみたいね。


「クリスさん、調子はどうかしら?」


「あ、フェリシアさん。お疲れ様です。お菓子はとりあえず試作1号が完成したんで、一度みんなに試食をしてもらおうかと思ってますよ」


 この地方独特のクレープである”モチ”を使って、中にクリームとカスタードを入れてみたとの事だ。とても甘そうで良いわね。


 クリスは栗を使ったケーキにも挑戦してみたいと言っていたのでそちらの方も私は楽しみ。


「あ、丁度おやつの時間ですね。フェリシアさんお茶を入れますからちょっと待っていてください。あと『ヒノ』ちゃんにはこれをどうぞ」


「クリスさん、ありがとう。ヒノは本当にこの甘いのが好きなのよね」


 ヒノとは、いつの間にか私にくっついていた鳥型の精霊につけた名前だ。

 元ネタはこの地方の守護聖獣で鳳凰ともヒノカグツチと言われるものらしい。


 大分名前負けしているような気もするけれども、この子も気に入っているみたいだから問題はないわね。


「いらっしゃい、ヒノ」


「くえっ!」


 ヒノが私の掌の上で焼き菓子を(ついば)んでいる。エサとしてはクリスが作る焼き菓子が大好きというのは非常に贅沢な事よね。


 でもちゃんとお菓子を食べる時は手元にまで降りてくるようになったし、大分お利口になったような気もするわ。


「「姐さん、大変です!!」」


 のんびりとお茶を飲みながらクリスが作ってくれたお菓子の試作品を頂いていた時に、いきなり無粋な声が店の中に飛び込んできた。


「姐さんって誰のことよ?」


「あ……失礼しやした! あの……外にまた例の奴らが現れまして……」


 この目の前の男達は、私が数日前に殴り飛ばした元チンピラ達だ。

 どうやら私の鉄拳制裁が効きすぎたようで、勝手に私の事を姐さんと呼んで、おしかけ舎弟になっている。


 私としては仲良くする義理はないので、体よく追っ払っているのだけれど、懲りずに毎日顔を出してくるわけ。


 まぁ、店の力仕事を多少手伝っているみたいだし、少しだけ大目に見ている感じかしらね。


「全く仕方がないわね。ちょっと待ってなさい」


「フェリシアさん、あんまりああいうのには関わらないほうがいいんじゃ……」


 クリスが小声で話しかけてくるが、理解できない。


「私は売られた喧嘩を見逃す程、人間ができていなくてよ?

 ナメられたらこの世界では終わりなの。あなたもよく覚えておきなさい」


 そんな物騒な…とごにょごにょ言っているクリスを捨ておき、私は立て掛けてあったここ最近愛用している巨大な木刀を肩に担いで、スケゾウ邸の外に出た。


 空を見上げると太陽が真上近くにある。丁度時刻はお昼前。ランチ前の運動にはもってこいの時間帯だ。


「フッヘッヘ。今日こそは痛い目にあわせてやるから覚悟しろよ、女ッ!」


 そう言って目の前の包帯ぐるぐる巻男が、今回の用心棒の後ろに隠れて吠えてくる。


 この包帯男は確かカダイ・クアンの配下だったわね。そう言えばあまりにも喋りが鬱陶しかったので、何日か前に木刀で数発殴ったなぁ、と私は思いだしていた。


「今回の用心棒は凄いぞ!フレトでも指折りの武闘派僧院出身の僧兵、亜漢坊(あかんぼう)兵備(ベイビ)さんだッ!」


「御託はいいから、さっさとかかってらっしゃい。で、今日のハンディはどれくらいほしいのかしら?」


「……では、最初の10回分までの攻撃には反撃をしないでいただけますでしょうか」


「そうねぇ……それならファイトマネー込みで金貨3枚にまけてあげるわ」


「……アリガトウゴザイマス」


 包帯男はいそいそと金貨を取り出し、恭しく私に渡してくる。

 私の弛まぬ教育の成果か、大分この包帯男も礼儀を弁えてきたわね。


 そう。私の稼ぐ手段はこの用心棒バトルだった。これが一番私の性に合っている気がするのよね。


「さぁ、坊や。いらっしゃい。お姉さんが相手してあげる」


 私はリラックスした自然体で、相手を挑発する。目の前の亜漢坊は、身長でアルベルトと同程度くらいあり、体重は恐らく倍近くはあるだろうか。


 腕の太さも凄く、とても鍛えている事がわかる。


「憤怒っ!!」


 亜漢坊が長槍で私に突きを仕掛けてくる。


 一突きに見えて連撃だ。


「いーち、にぃー」


 私は何事もなかったかのように、紙一重で避ける。


 速いけれど愚直にすぎる。こんな槍捌きでは何十回と突かれても当たる気がしない。


「オンバサラウンバッタッ!」


 亜漢坊は長槍による攻撃を諦め、今度は魔法を仕掛けてきた。


 風魔法による攻撃だろうか。

 私は魔力の流れを頼りに、カンだけで回避する。


「さーん、しーぃ、ごーぉ」


「ぬーんッ、ハッハッハァァァッ!」


 長槍を投げつけてきたかと思ったら、暗器を3連投してきた。


「ろく、しち、はち、きゅー……ムッ」


 私は長槍を蹴り技で弾き飛ばし、3連投の暗器は、全て木刀で払った。


 すると、白い霧のようなものが発生し視界がなくなる。

 どうやら暗器には”視界撹乱”の魔術が仕込んであったらしい。


「隠ッ!!」


 霧を掻き分け、急に目の前に現れた亜漢坊は、腰溜めに構えた正拳を突き出してくる。


 脚の踏み込み、腰の回転、腕のしなり、申し分ない。


 良いパンチだった。相手が私でさえなければ。


 パシンッ!!


「!!??」


「じゅーう。……最後の(こぶし)は良い攻撃だったわ。

 でもダメね。威力(・・)がまったく足りないわ」


 細い片手で必殺の拳を受け止めた私に対して、亜漢坊が驚愕の眼差しでこちらを見てくる。


 まぁ、そうでしょうね。まさか自分の会心の一撃が、こんな華奢な女に受け止められるなんて夢にも思ってみなかった、という顔をしているわ。


 でもお生憎様。


 私はローティス家の女。頭の出来で負ける事は赦されていても、ステゴロ勝負で負ける事は我が一族では赦されていない、フレイン王国きっての武闘派貴族なのよ。


 たかが一世代、己の才覚だけで戦っているような、歴史も伝統も背負っていないちっぽけな相手に負けるわけにはいかないのよ。


「ていっ」


 私は受け止めた相手の拳を支点にして、関節技をキメる。

 相手はその関節技から逃れようと、無理な姿勢を取ってくるが、それが私の狙いだ。


「そーれぃッ!」


 ゴウンッ!


 筋肉の巨大な質量が空を跳ぶ。

 関節技を避けるために重心を変えた巨漢なんて、まさに投げてくれと言わんばかりだ。


 グシャッ!


 変な体勢で倒れてしまい、受け身が取れなかった亜漢坊。


 私はそのスキだらけで倒れている巨漢に、もう片方の手で持っていた木刀を容赦なく振り下ろす。


 最初の一発目は耐えた。えらい!


 二発目ではもう意識が朦朧としているみたい。


 三発目は無防備に受けていたからもうダメね。


 私はぴくりとも動かなくなった亜漢坊を横目に包帯男を見つめる。


「はい、終わったわ。で、次は?」


「ひっひぃぃぃぃぃッ!」


 捨て台詞も吐かずに去っていく包帯男。ちゃんと明日も来るでしょうね?


「姐さん、この男どうしやす?」


 何人かの元チンピラ達が後かたづけに入っている。中々できた連中ね。


「任せるわ。私はこれからお昼ご飯だから」


「「へいっ!!」」


 あとはクリスに何か美味しいものを作ってもらい、午後は自由時間ね。


 ふふふ。今日も穏やかな一日だったわ。何事も起こらない、緩やかな日常ってヤツね。


─────


「じゃあ、今日も俺達は出かけてくる。フェリシア、あとは頼んだぞ。……くれぐれも……くれぐれも大きな問題だけは起こさないでくれよ」


 俺はちらちらと狸邸の外を見る。

 日に日に柄の悪そうな、物騒な連中が増えているのだ。

 今日から加わった新入りはまた一段と酷い。俺の倍くらいは体重があるんじゃねぇの?


「誰にものを言っているの。あなたじゃあるまいし、問題なんて起こすわけないでしょ」


 フェリシアはドヤ顔だ。何故か外の連中も嬉しそうだ。


 フェリシア・ディ・ローティス。俺の許嫁であり、大事な仲間だ。


 ただし自分の事をマトモと思っているのだけは、欠点なんじゃねーかな。


「じゃ、アルベルト。いってらっしゃい!」


 俺は見えないようにこっそりため息をつき、狸邸を後にするのだった。

タイトルは、「フェリシア血風録」との2択で迷いました。

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