大臣の依頼
「遠路遥々済まなかったな、サキ殿、アルベルト殿。我が主はこちらの部屋でお待ちだ」
御庭番のアザミさんが、俺達を秘密の会合場所へと案内してくれた。
なんの変哲もない民家から入り、数件先の大きな屋敷へと繋がっている秘密の回廊。気分は忍者屋敷の探検だった。
そしてその秘密の回廊の終点は、こじんまりとはしているが、とても造りが立派な和室だった。
その和室にはすでに一人の先客が待機していた。
「お初にお目にかかる。私はこのフレトにて大臣の職を預かっているヒョウというものだ。
こんな狭苦しい所で会わなければならない事をまずはお詫びしたい」
ヒョウと名乗った男は、非常に理性的な印象のある中年のおっさんだった。言葉遣いもとても丁寧である。
「いや、それは別に構わない。今の俺達はしがない一冒険者だと思ってくれていていい。
んで、早速だが依頼について聞きたい。サキにどんな事をやらせたいんだ?」
一応ひと通り、事前にアザミさんの方から依頼の内容を聞いてはいたが、俺は改めておっさんの口から直接聞いておきたかった。
「ああ、まずはその話の前に一献、と思っていたのだがそういえば君たちは未成年だったね。
やれやれ。歳を無為に重ねてしまうと、どうしても人に何かを頼むことが難しくなってくるものなんだよ」
そう言って少し手元のお茶を飲むと、ヒョウさんは姿勢を正す。
「不躾で悪いが、依頼というのは、サキ殿に藩王様の生き別れた娘のフリをしてもらいたい、というものだ───」
─────
詳細を詰めるので暫し逗留先にて待っていてほしいとの事だったので、俺達はあの狸親子の下で厄介になっている旨を伝えて、本日の初会合はお開きとなった。
「しかしまさか、フレト藩王国がこんなにも問題を抱えていたとはなぁ」
「やはりお家騒動はどこにでもあるという事でしょうか。私としてはご主人様さえいれば後はどうでもいい事なんですけどね」
さらりと重いことを言うサキを無視して、俺は考えに浸る。
ゲーム展開的に、数ヶ月後にはイラトに攻め込む予定の藩王国。だが今はまだ藩王は生きているし、ツクグは国内全てを掌握しているとは言えない状況だった。
しかしフレトの藩王に娘がいたというのは初耳だ。その娘は、どうやら身分のあまり高くない妾が産んだ娘らしく、産まれたばかりの頃に正妃側の陰謀によって城から逐電されてしまったとの事だ。
もし生きていれば、サキとそう歳は変わらないとの事で、血筋的に誤魔化しの効くサキが、その幻の娘の代役として抜擢される事になったみたいだな。
しかし問題は多い。
まずツクグ側には正式な嫡男がいる。こちらがどんなに娘の正当性を主張しても、やはり嫡男相手では分が悪かろう。
だからひとまず藩王の娘を旗印にして反ツクグ陣営を結集し、その力で嫡男に圧力をかけて陣営に引き込む方が現実的だろうな。
次に先手を仕掛けたツクグ側は、かなりの権力をすでに得ている事だ。これは地道に相手を切り崩して行くしか対処の方法がない。
そして最後に、時間はツクグに利する。手をこまねけば時間切れでツクグの勝利は揺るがない事を俺はゲーム知識を通して知っているのだ。
だから俺はリスクは承知で、ヒョウさんら反ツクグ派に与した。
しかしこの依頼を引き受けるにあたってサキが出した条件が変わっていたな。
『私が藩王様の娘のフリをするのは構いません。ただし一つだけ条件が』
そう言ったサキが大臣に出した条件が、自分の側仕えとして俺を要求した事だ。
フレトやイラトでは普通、皇女の側仕えには女が就くものだ。未婚の若い男である俺が就くのは、フレトの流儀としては明らかにマナー違反。
王宮から放逐された本物の藩王の娘ならいざ知らず、サキは正しく皇女としての教育を受けているのだからそんな事は百も承知のはずなんだがな。
うーむ。流石の俺もサキが何を考えているのかさっぱり分からんぞ。
まぁ、俺にも一応対応策はある。あとは出たとこ勝負だな。
「ご主人様。私、皇族ごっこ頑張りますから、ご主人様も一緒に支えてくださいね!」
「ごっこ、って……まぁ、できる限りはな」
俺はさっきからニコニコしているサキと一緒に、狸親子の店へと帰るのであった。
─────
「なんだ、それ?」
狸親子の屋敷の庭にて、俺は奇怪な現場に遭遇した。
隣のサキも無言だ。近くにいたクリスも苦笑。
俺は半眼でフェリシアを見つめる。
「ちょっと!別に私がふざけているわけじゃないんだからね。……この子がどいてくれないのよ」
俺が半眼で見つめた先。フェリシアの頭上には赤い鳥が居座っていたのだった。
なんだろう。サイズはひよこくらいしかないのに、妙に偉そうな真っ赤な丸っこい鳥……
フェリシアが頭上からそれを退かそうと手を伸ばすのだが、その度に鳥は上手い具合にホバリングし、その腕を回避している。
フェリシアは暫く頭上の鳥と格闘していたが、やがてぜーはーぜーはーと息を荒げて退かすのを諦めた。フェリシアの攻撃を避けきるとは凄い鳥だな。
「あんた達と別れて暫くしてから、急にこの鳥が現れて、あろうことか私の上に居座るようになったのよ。なんとかしてぇ!」
いつもは強気のフェリシアも、流石に得体の知れない鳥が頭に居座っていてはお手上げみたいだな。
「しかし、この鳥一体なんなんだ?───ってウィンディ?」
急に実体化したかと思ったら、ウィンディはじっと赤い鳥を見つめている。
むむむむむと唸っていたが、急にため息をついて何かを諦めたようだ。
「ダメじゃあ〜。こやつ、ワシの言うことを聞かぬ」
「ウィンディ……ひょっとしてこいつは精霊なのか?」
俺は意外な思いでウィンディに問う。
「そうじゃよ?それ以外の何に見えるんじゃ?
ここはワシのテリトリーじゃから出ていけ!とガンを飛ばしたのじゃが、こやつ全然こちらを意識しておらん。お手上げじゃ〜」
ウィンディは両手を挙げて降参のポーズだ。
精霊王のガン飛ばしを無視するとは流石、鳥頭。大したもんだ。
「あっ……」
ウィンディとお喋りしていたら急に赤い鳥がスーッと消えていった。ウィンディが言うには実体化を解いただけとの事だ。
ひとまず見えなくなった事にフェリシアは安堵する。だがウィンディによると姿が見えないだけで、ずっとそこにいるらしい。
「フェリシアよ、その鳥にえらく気に入られておるようじゃが、何か心当たりはないのかのぉ?」
「そんなの私が聞きたいわよぉ……」
フェリシアが珍しく涙目になっていた。
普通、精霊王が近くにいると、格が低い精霊は近寄って来れないらしい。
ひょっとしたらこんなんでも格の高い精霊なのかもしれないと思ったが、ウィンディを見ていると役に立つかどうかは未知数だった。
「ん?お前様、今ワシを見たじゃろ?いくらワシが可愛いからってうっかり惚れるでないぞ」
イラッとした俺は、無言でぽかりとウィンディの頭を小突いた。




