人助け
人混みの中に分け入った俺の目に飛び込んできた光景は、率直に言って胸糞の悪くなるものだった。
フレトの一般的な商人っぽい服装をした、狸のような獣人のおっさんと子狸っぽい小さな女の子が、地面に倒れ臥していた。
狼のような雰囲気を持った屈強なガタイの獣人達3人に暴力をふるわれた後らしく、体中にアザやカギ爪によると思われる擦過傷が目についた。
さらに店内もぐちゃぐちゃに荒らされており、より一層悲惨さを醸し出していた。
「どうしてこんな酷い事をするんだ!どんな理由があっても許されないぞ!」
クリスが2人の狸の獣人と、狼の獣人達の間に割って入って、狸の獣人達を庇う格好になっていた。
しかし腹が立つのは、周りの野次馬連中だ。彼等は、狸親子の惨事を遠巻きに囲んでいるだけで、見て見ぬふりをし続けていたのだ。
誰か一人くらい、この親子に加勢する者はいなかったのだろうか。
俺は狼のチンピラ連中の相手はクリスに任せて、取り急ぎ狸の親子に回復魔法をかけて介抱するのだった。
「おいおい、人間のお嬢ちゃん。俺達が誰だか分かっててそんな文句言ってんのかい?
俺達はこの管区を仕切ってるカダイ・クアン様の配下だぞ」
「嬢ちゃん、きちんと相手見て喧嘩売らねぇと痛い目見るぜ?まぁ、もっとも今更許すつもりもねぇけどな」
ゲッヘッヘと下卑た笑みを浮かべ、大きな身体でクリスを脅しつける狼の獣人達。
「……誰が支配しているとか関係ないよ。悪い事は悪い、それは絶対に間違っていない!」
流石はクリス。ゲーム主人公様だ。脅されても自分の信念を曲げないその真っすぐな姿勢には、好感が持てるぜ。
「くそ、鬱陶しいヤツだな。こいつさっさとやっちまおうぜ!」
安易な脅しに屈しなかったクリスに鼻白んだのか、すぐに暴力に訴えようとするチンピラ狼ども。3人のチンピラは即座にクリスの周囲を取囲み、彼女の逃げ道を塞ぐ。
「言っておくけど、ぼくは手加減が苦手だから。少々痛くても君たちの自業自得だからね」
キリッとした表情でチンピラに宣言するクリス。それを強がりと捉えたのか、チンピラ連中は半笑いだ。
「うるせえ、クソアマッ!ヒィヒィ言わせてや───グベッッ!!」
「てめ───ウグッッ!」
クリスの後ろにいた獣人が、クリスに掴みかかろうとした刹那、クリスは軽やかなステップでその手をひらりと躱し、直後に鞘がついたままの小剣を思い切り相手の膝に打ちつけた。
こちらにまで届く強烈な打撃音。そして痛みにもん絶し、崩折れた後ろのチンピラを無視して、右側で唖然としていたチンピラの鳩尾に、返す刀で鋭い突きをお見舞いする。
地面に倒れ伏し、痛みにもがいているチンピラ2人を黙殺し、半眼で最後に残ったチンピラに小剣を突きつけるクリス。
「ヒッ……」
正に電光石火。あっという間の出来事にチンピラは直ちに戦意喪失だ。そりゃそうだろう。レベルが違いすぎだ。
「これ以上はただの虐めになっちゃうからね。
……2人を連れてさっさとここから出て行ってくれるかな?」
「わ、分かった!」
慌てて、まだ痛みにもがいている2人に肩を貸し、逃げ出すチンピラども。
それを見ていた周りの野次馬が拍手喝采をしていた。こいつ等ダメ過ぎるだろ……。
─────
「本当に助かりました。あのままチンピラ達に殴られ続けていたら、今頃いったいどうなっていた事やら」
スケゾウと名乗ったずんぐりとした体型の狸耳のおっさんが、俺達に深々と頭を下げてくる。
「いえいえ、人として当然の事をしただけですから」
クリスが朗らかに相槌をうっている。
クリスは一件落着みたいな気分でいるようだが、俺の方はそうは言ってられない。
「スケゾウさん。どうしてこんな事になっているのか詳しい話を聞いてもいいかい?」
「はい……実は───」
事のあらましはこうだ。
どうやら今の藩王が謎の病によって伏せてしまい、代わりに政治の実権を握っているのが藩の実力者である『ツクグ』という男らしい。
この男は黒い噂の絶えない輩らしく、良識ある藩政府の者は内心で反発しているものの、お飾りとはいえ藩王の息子を摂政として擁している関係で中々表立っては反対できないとの事だ。
そしてここの管区を現在管轄しているのは、以前ここらを良心的に差配していた代官ではなく、彼が左遷された後に据えられた、ツクグの子飼いの部下であるカダイ・クアンであった。
彼は、公然と商人に賄賂を要求したり、それを拒否した狸耳の親子のような者には、強引に店を潰そうとしたりとやりたい放題のようだった。
そこで俺はゲーム展開を思い出す。
このツクグという男。実は白き魔女の手先であり、フレイン王国とミモミケ獣人帝国を泥沼の戦争状態へと引きずり込むために魔女が送り込んできた先兵だったりするのだ。
ゲームでは、この男に藩王国は乗っ取られてしまい、王国とミモミケは戦争一歩手前の小競り合いにまで進んでしまう。
そして、その後にゲーム主人公達の活躍や女神様達の助けがあって、フレイン王国とミモミケの全面戦争は回避される、という流れだったはずだ。
しかしゲームでは両国の全面戦争は避けられたものの、2国間の小競り合いの結果、戦場となったイラトとフレトでは、多くの罪のない亜人達に犠牲者が出て、田畑は荒らされ、悲惨な状況になってしまう。
結果として独立を果たす事ができたとは言え、その代償があまりにも大きかったのだ。
俺はなんとしてもそんな事態だけは避けたいと願っていた。
「──なるほどな。とりあえず代官の側が次にどんな動きをしてくるか分からないんで、俺とサキを除いたみんなはここにとどまって監視をしておいてくれ。
俺達は先方との約束があるから、ちょっと行ってくるわ」
俺はサキを伴って店を出ることにした。先方との待ち合わせの時間まで、もうあまり時間がない。
「ごめんねアルベルトくん。私が勝手な事をしたから───」
俺達の後を追って、クリスが店を抜け出してきた。
「いや、あの場面でお前があの親子の惨状を見て見ぬふりをしていたら、逆に俺はお前を軽蔑していたよ。
───だから、謝るな。自分の決断にもっと胸を張ってくれ」
そう。俺は自分の心の赴くままに真っ直ぐ進んでいけるクリスにちょっと嫉妬してしまったのだ。
俺はいつも迷ってばかりだからな。




