旧イラト皇国
更新再開です。
色々あったので更新頻度は前より大分落ちます。ごめんなさい。
「はぁ〜。ここは本当に日本人には落ち着く風景だなぁ」
「はい?突然どうしたんですか、ご主人様?」
俺が感慨深く茅葺き屋根の周囲の建物を眺めていると、サキが不思議そうにこちらの顔を覗きこんできた。
「い、いや何でもない。何か落ち着いた雰囲気だな、と思ってな」
「うふふ、そうですよね。確かに学園の古めかしい石造りの建物なんかと較べますと、ここらへんは素朴な木造家屋が多いですから落ち着いた感じです」
ふぅ、なんとかサキを誤魔化せたか。
季節は風陽月(7月)。夏休みが始まって早くも1ヶ月ほど経過していたが、俺達は今、サキの生まれ故郷である旧イラト皇国の土地に脚を伸ばしていた。
旧イラト皇国。
30年前まではれっきとした独立国であったが、過去の王国との戦争で敗北し、今では我がサルト家の領土の一部だ。
ゲーム"Fortune Star"では、製作者の貧困な想像力が災い(幸い?)し、地球の文化を積極的にリスペクトした舞台設定が多かったりする。
この旧イラト皇国もまた、その積極的なリスペクトされた土地の一部であり、主なパクリ元はぶっちゃけ日本だった。
日本。
すでに朧げな記憶にしかすぎないが、俺の精神にとってはある意味で故郷の記憶だ。
この旧イラト皇国はその日本的な文化に影響されまくっているため、ボロが出ないよう俺はこれまでなるべくイラトの文化には関わらないように過ごしてきた。
しかし、今回、成り行きで親父の名代として旧イラト皇国の地域の視察にいく事になってしまったのだった。
サキは盛んにハネムーンだと叫んでいたが、別にお前だけじゃなくて、他のゲームヒロインやゲーム主人公も一緒なんだがな。
そんな訳で現在俺達は、本日宿泊する旅籠『ツルヤ』に来ていた。
「アルベルトさん、見てください!ガラス窓が無く、代わりに紙でできた壁がありますよ!」
「リーゼ、それはショウジと言って左右に動かして開けるんだ。あとタタミの上は基本的にザブトンを敷いて直接座るように。
……あ、茶葉がある!さっきお湯をもらってあるから部屋でお茶が飲めるんだな!」
俺にとってはえらく懐かしい道具の数々。ちょっと感動してしまう。
「ねぇ、アルベルト。あなたすっごくイラトの文化に詳しいみたいだけれど、どこでその知識を得たの?」
フェリシアが不思議そうに俺に訪ねてくる。
「……あ〜、昔ここらへんで修行したことがあったんだよ。サキと出会ったのもイラトの山ん中だったしな。
……そう言えば今更な話なんだが、何で旧皇族の遺児であるサキは、あの時あんな山奥に住んでいたんだ?」
随分昔の事だが、少しだけ気になっていた。
「簡単な話ですよ。私は確かに旧イラト皇国の皇族ではありましたが、戦争に負けた関係で今では市井の民どころか、私のような旧支配者階級を含めて国民全体がフレイン王国の奴隷階級なんですよ?
そんな事態に陥らせた戦犯一族に生まれた私が、おおっぴらに街で暮らせる訳がないではありませんか」
あー、恨まれているということか。なんか納得。
「あれ?でしたら今こんな大きな町でその姿を晒すのはまずいんじゃないですか!?」
リーゼが自分の事でもないのに、慌ててサキに疑問をぶつける。真面目な娘だ。
「別に問題ないですよ。多分、ほとんど誰も私が元皇族だなんて気づかないでしょうし……例え気づかれても今の私には関係のない事ですから」
と、サバサバと答えるサキ。まぁ確かに、そんな自分が生まれてもいない30年前の戦争の話をされても困るよな。
「今の私は苗字を捨てた、ただの"サキ"です。ご主人様だけのために生きるのが私の全てですから」
そう朗らかに笑い、熱っぽい視線をこちらに向けてくるサキ。ちょっと怖い。
「まぁ、反王国の風土は根強いから、揉め事はなるべく起こさないように慎重に行動しよう」
そう言って俺は話を打ち切った。
ーーーーー
「あ〜、やはり温泉はいいなぁ」
石造りの大きな湯船に肩まで浸かり、俺は幸せを噛み締めていた。
イラトは火山が多い地域であり、当然温泉が豊富にあった。
そして今回宿泊したツルヤは、イラトでも有名な温泉宿であったのだ。
「蕩けてしまうのじゃ〜」
隣でウィンディも骨抜きになっていた。気持ちは分かる。
「おいおい、ウィンディ。お前は風の精霊だろ?そんな温泉に浸かっていていいのかよ」
以前の異世界でも温泉に嬉々として入っていたが、アイデンティティ上大丈夫なのだろうか。
「この"温泉"というのはのぉ、水の精霊と火の精霊が喧嘩しているようなものなのじゃ。言うなればワシ、高見の見物?まぁ、どうでもいいのじゃぁ〜」
そう言うとウィンディは、さっと俺の膝の上に乗ってきて、ぐったりと後頭部を俺の胸板に預けてきた。
「おい、ウィンディ。鬱陶しいぞ」
「石に身体を預けると痛いのじゃぁ〜。いつも色々と手伝っておるのじゃから、お前様もたまにはワシを労れ〜」
「くっ、それを言われると反論できん」
お団子にした緑の髪を左右に揺らし、鼻歌を歌いながら気持ち良さそうに温泉に浸かるウィンディ。
中身はアレだが、外見的には小さな女の子と身体を密着させているこの状態。
俺がもしもロリコンならば極楽浄土なのだろうが、残念ながら俺にはそんな趣味はない。
ウィンディと一緒に温泉に入っても正直何もドキドキしない。なんとなく妹と一緒に入ってるような感覚だろうか。
そう言えば、実家にいる俺の妹とは風呂どころか満足に会話した事もあまり無かったな。
まぁ、あいつは異母妹だし、いつもフラフラと家を留守にしていた俺の事を避けていた感じだったし、しょうがないのかなぁ。
「あ~っ!ご主人様、なんでウィンディちゃんなんかと一緒にお風呂入っているんですか!」
俺が女風呂との間にある、垣根の木壁を見ると、その上からサキがこちらを覗き込んできており、眦を釣り上げて睨んでいた。
「あのなぁ。ウィンディを遠くに行かせるほど、俺の魔力が消耗するだろうが。こいつも温泉に入りたがっていたんだから一緒に入る方が合理的だろ?」
俺は理路整然とサキに説く。しかし納得をしないサキ。
「このロリコン!変態!どうせ裸を見るなら、ウィンディちゃんみたいなまな板ではなく、私のナイスバディを見てくださいよ!」
「ちょ、ちょっとサキ!止めなさい!」
「だ、ダメだよサキさん!ちょっと落ち着いて!」
無理やり柵を乗り越えてこちらに来ようとするサキと、それを押し留めているフェリシアとクリスの声が柵の向こう側から聞こえてくる。
「あんまり押すと……あっ!」
そんなに強度が無かったのか、ガラガラと木壁が倒れ、女風呂とこちらの風通しが良くなった。
呆然とこちらを見つめる女子の面々。まさに肌色の世界だ。
「「「きゃぁあああああああっっ!!」」」
一斉に自分の身体を抱え、しゃがみ込む女性陣(サキを除く)。
「やりました、ご主人様!」
身体を隠す様子も見せず、堂々と腕を組んでこちらに笑顔を向けるサキ。
「……サキ」
「はい!」
「お前、夕飯抜きな」
「……あれっ?」
温泉での寛ぎを邪魔された怨みは、例えサキといえども許せないのだ。




