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閑話 SIDE B 共和国エピローグ&プロローグ

 とりあえず閑話を投下。

 本編の方は気長にお待ちください。

(なんだ、この茶番は)


 ヴリエーミア(魔女)によってエクスバーツ共和国へと強制転移させられた、第一機動騎士団・第五〇一機動強襲騎士中隊の元中隊長であるヘルメスには、軍法会議にかけられ、厳しい処分が下される運命が待っているはずだった。


 ヘルメス自身は、その事に十分納得していた。

 なぜならば、彼は敵に自身の中隊を壊滅させられた敗軍の将であったため、その責任をとるのは当然だと考えていたからだ。


 ところがいざ実際に蓋を開けてみると、彼は敗軍の将という扱いではなく、フレイン王国の強力な戦略魔法の使い手と直接相対して生き残る事ができた英雄という扱いに変わっていたのだ。


 戦略魔法とは、エクスバーツ共和国の規定によると、『決戦において使用された場合に、戦争の趨勢(すうせい)を決定づける威力を持つ魔法』と定められており、早急に国家レベルにてその対策を取らなければならないものと定められていた。


 軍法会議というよりも、新たに出現した戦略魔法使いに対する対策会議のような雰囲気であり、ヘルメスとしては辟易とする気分ではあったが、仕方がなく、問われるがままに戦った相手についての説明を行った。


「……ヘルメス隊長。その少年が自分の事を"悪役貴族"と名乗ったのは事実かね?」


「はい、参謀長閣下。その通りです」


「大変に貴重な情報だ!

 ……金髪で長身の少年という身体的な特徴と、ヴェルサリア魔法学園関係者と予想される事、そして"悪役貴族"の自称。これで大分対象が絞れてきたぞ!」


 能天気に喜んでいる参謀連中に対して、ヘルメスは内心で嘲笑する。


(バカが。そんなありふれた特徴ならば、魔法学園にいくらでも候補がいるだろうが)


 フレイン王国では、金髪で高身長な男子なんぞいくらでもいる。また自分で"悪役貴族"と名乗っていたのは事実ではあったが、学園でそれを堂々と名乗っている保証はどこにもないのだ。


 実際のところ、ヘルメスはアルベルトの名前を面前で聞いていたし、モンタージュできるほど詳細に彼の特徴を把握していた。


 ずきり。


 喪った右腕に幻覚痛が走る。


(誰が教えるもんかよ。アイツを殺すのは、俺だ。他の誰にも、譲るつもりはない)


「あとは使用された魔法を推定し、その対策を急がねばならないな!

 ヘルメス隊長、ご苦労だった。下がってくれ」


「はっ、失礼します」


 侮蔑の気持ちをおくびにも出さず、ヘルメスは会議室を後にするのだった。


ーーーーー


 ヘルメスは一人廊下を歩く。


 旧帝国時代の王宮だったその建物は、今では共和国の大統領官邸兼参謀本部となっていた。


「うふふ、ヘルメスさん。お疲れ様でしたねぇ〜」


 突然、ヘルメスの背後から毒を含んだ甘い蜜を感じさせる声音(こわね)で、年齢不詳の白銀髪の美女がヘルメスに声をかけてきた。


「なんの用だ"魔女"。俺には貴様と話す事なんてないぞ」


 その冷淡なヘルメスの対応に、"魔女"ことヴリエーミアはニンマリと口の端を歪める。


「彼の名は、アルベルト・ディ・サルト。フレイン王国の宰相であるレナト・ディ・サルトの長男ですねぇ。

 その剣術の師は、かつて"剣聖"の称号を受け継ぐはずだった、元近衛騎士のボナディア卿ですか……

 他にも偽名を使って冒険者として活動していたりと、中々謎に包まれた半生を過ごしてますねぇ〜、彼は」


(こいつ、いつの間にそこまでの情報を集めていたのか……)


 魔女は、エクスバーツ軍の情報機関よりも先んじて、戦略魔法使いに関する情報を握っていた。


「俺にそんな話をして何が狙いだ、魔女。あいつは俺の獲物だ、手を出すなよ」


 そう言い捨てて踵を返したヘルメスに、後ろからボソリと魔女が声をかける。


「負けて右腕を喪ったあなたが、再び勝負を挑んだところで、すんなりと勝てる相手なんですかねぇ〜、彼は」


 瞬間、突風が吹き、直後にヴリエーミアの胸倉を左手で掴み、彼女を宙づりにしているヘルメスの姿があった。


「……誰が、誰に、勝てない、だって?」


 ヘルメスは言葉を発するごとに、ヴリエーミアの細い頸をギリギリと締め上げていく。


「ふふふ、でも右腕に替わるモノ、あなたはすぐに見つけられるのかしら?

 ……時間が経てば経つほど……彼はこれからもどんどん強くなっていくと、思うわよ?」


 頸を締めあげられながらも、余裕の態度を崩さないヴリエーミア。


「………………ふん」


 締め上げた腕を離し、ヴリエーミアを解放するヘルメス。


「げほっ、げほっ……。女性にはもう少し優しくする方が良いのではなくてぇ?」


「ふん。貴様をまともな女の範疇に入れられるものかよ。

 ……で、貴様は俺の右腕の欠落を補える力のアテがある、と言いたげだな。

 ならば俺に何を求める?」


 ヘルメスにとってはただの確認だった。材料もなく、この魔女がこちらに交渉をしかけるわけがない。


「話が早くて助かりますわぁ。……こちらの要求はシンプルです」


 そう言うとヴリエーミアは一つの書類を取り出し、ヘルメスに手渡す。


「転属命令……俺がお前の部下になれ、という事か?」


「イヤですわぁ、部下だなんて。あくまでも私の組織した調査隊へ、軍事顧問として参加してほしい、という打診に過ぎませんもの〜」


「どうせあの傀儡(かいらい)の大統領に書かせただけだろうが」


 ニンマリと嗤う魔女に、吐き捨てるように呟くヘルメス。すでに上では話がまとまっていたのだ。


「だからといって、あなたの決定は変わらないのでしょう?

 あなたは、本当に自分の尺度での損得しか考えないお人ですもの。

 今は……あの少年を倒す、それだけがあなたの尺度ではなくて?」


(さえず)るな、魔女。……で、俺の新たな力になるモノはいつ頃手に入る?」


「あらあら、せっかちさんですわねぇ〜!せっかく旧交を深めようと、あなたにこれから(しとね)を共にしませんかとお誘い申し上げる予定でしたのに!」


「……魔女と寝る?ぞっとする話だな。

 年甲斐もなく、そんなに肉欲を持て余しているのならば、貴様のあの若い"飼い犬"とでも発散しておけ」


「私の有能で可愛い、弟子(あの子)の事かしらぁ?

 彼とは……そうね。そういう関係よ。……あ、もしかして若い子に妬いちゃったのかしら〜?」


 途端に渋面となるヘルメス。


「……笑えない冗談だ。

 だがまぁ、いい。隊長職を解かれて今はしがない一騎士の身の上だ。貴様の用意する何かを、気長に待っておいてやろう」


 そう言い捨てて、再び廊下を歩き出すヘルメス。 

 今度は誰にも呼び止められる事もなく、独り孤独に去っていくのだった。


「さて、一つ問題は片付いたわ。……そういえば私の可愛い弟子くんは、ちゃんとお仕事をこなせているのかしらぁ?」


 ちょっとしたお仕事をお願いした弟子が、上手くこなせているのか、少しだけ心配するヴリエーミアであった。


ーーーーー


「ひっ、ひっ、ひっ!」「はっ、はっ、はっ!」



 敢闘したヘルメスとは違い、軍法会議にて厳罰が(くだ)された指揮官もいた。

 

 渡洋艦隊をアルベルトの戦略魔法によって全滅させられた元長官と、旗艦ソレイユ・レピュブリクを沈没させられた元艦長である。


 しかし2人にも言い分はあった。

 彼等は敵が戦略魔法の使い手だと知らなかったのだ。知っていたらそもそも彼等は戦場になど行っていなかった、と軍法会議にて恥入ることなく主張するのだった。


 この言い訳には、流石の参謀本部も呆れかえざるをえなかった。


「君達は勝てる戦いしか挑まないのかね?」


 内心の怒りを押し隠し、参謀長が問いただす。


「いえ、そうではありません参謀長閣下!『勝てる』ではなく、『勝つ事が決まっている』戦いしか、我々はするつもりはありません!」


 堂々たる元長官と元艦長の態度に、参謀本部としても酌量(しゃくりょう)の余地なしと判断。


 更に艦隊壊滅後の救助活動の際にも、部下を見捨てて真っ先に救助ボートに私物を運んでいたのを部下に目撃されてしまっていたのも、上官達の心象を悪くしていた。


 会議の結論は、両名とも絞首刑だった。


 そして罪状が告げられた両名は、その日の夜に金で事前に雇っていた私兵を使い、首都から一目散に逃げ出したのだった。



「い、一体あいつは誰なんだッ!」「長官、もう駄目です!命乞いをしましょう!」



 彼等は多くの不正を冒して手に入れていた莫大な財宝を手土産に、隣国へと亡命する腹積もりだった。


 警備の兵を私兵を使って殺し、首都を脱出するまでは彼等の逃避行は順調そのものだった。


 しかし、彼等の幸運はそこで終わりだった。



「あれ、もう鬼ごっこは終わりですか?」


 元艦長が背後にトーチを向けると、一人の男がその光に照らされるのだった。


「お、お前は誰だッ?!」


「ふむ、僕が誰か。……非常に哲学的な問いにも思えるし、簡単に自己紹介で終わるようにも思えますねぇ」


 元艦長の問いに応えるでもなく、トーチに照らし出された藍色の髪の少年は、血がべったりとついた小剣を手慰みに弄っていた。


「小僧が、我らを愚弄するかッ!」


 元長官は、恐怖に怯みそうになる己を叱咤(しった)し、少年へと罵声を浴びせかける。


 見た目はどこにでもいそうな、あどけない少年だった。だが、この少年が彼らの手勢の私兵達をあっという間に皆殺しにしたのを彼等は目撃していたのだった。


「師が言うには、僕には圧倒的に実戦経験が足りていないらしいんですよ。

 だからこういう機会を利用して、しっかりと練習をしなくちゃいけないんですよね」


 そう言うと少年は、手に持った小剣を軽く振り、元艦長の首を無造作に斬り飛ばしていた。


「でも今回はがっかりだな。人数が多かっただけで全然歯ごたえがないじゃないですか。

 こんな相手じゃ、何人斬っても大して経験にならないなぁ」


「ひ、ヒィッ!!」


 元長官の目の前に、元艦長の生首がゴロゴロと転がってきた。 

 その元艦長の目には、ありありと苦痛と驚愕の色が刻まれていた。

 元長官のさっきまでの威勢は、単純な暴力の前ではすぐに引っ込んでしまったのだった。


「み、見逃してくれ!た、頼むッ!!金でも女でもいくらでも用意してやるから!……だ、だか」


 元長官は、最後まで命乞いの言葉を言い切る事ができなかった。


 ズシュッ……


 いつの間にか少年の手にはもう一本の小剣が握られており、それが元長官の首に深々と突き刺さっていたからだ。


「もういい加減静かにしてくださいよ、見苦しい」


 特に感慨もなく、淡々と元長官を刺殺する少年。


 ポイッと動かなくなった元長官を地面に投げ捨て、少年はうーんと伸びをする。


「あー、終わった終わった!あ、忘れないうちに、師に連絡しておかないとなぁ」


 師から預かっている小さな水晶のような魔法道具を使って、少年は師へと声を届ける。


「師匠、仕事が終わりました。もう少し歯ごたえのある相手が欲しかったですねぇ」


《ダメよぉクリス(・・・)慢心しちゃあ〜。どんな相手からも学ぶべき事はある。それを忘れてしまったなら、あなたはそこまでの男になってしまうわぁ》


 朗らかなクリス少年に対して、連絡の相手先である魔女は、甘えるように、(たしな)めるように応える。


「ちぇっ、師匠は簡単には俺を一人前と認めてくれないなぁ」


《ふふふ、焦っちゃだめよぉ。

 さ、早く帰っていらっしゃい、私の可愛いボウヤ。今夜はベッドの上でいっぱい褒めてあげるからぁ》


「師匠、僕をボウヤ呼ばわりするのは、いい加減止めてくださいよ!」


 先程までの血塗(ちまみ)れの殺し合いなんておくびにも出さずに、少年は大好きな師匠と他愛もない会話を続けるのだった。


 それを空漠たる虚ろな眼差しで見つめ続ける物言わぬ骸達。

 周囲の残酷な光景と、あどけない少年の朗らかな笑顔が、()も言われぬ奇妙なコントラストを醸し出していたのであった。

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