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エピローグ(3)彼女の秘密

「おー、いっぱい絵本があるのじゃ〜」


 クリスの部屋に案内された俺とウィンディは、クリスの仕事が終わるまで、のんびりとクリスの部屋の中で寛いでいた。


 因みにウィンディは、エドワードが帰るまで決してその姿を現さなかった。


 以前、学園トーナメントの予選にてエドワードから受けた恐怖が、未だ悪夢として彼女を(さいな)み続けているらしい。


 なおどうでもいい余談だが、ウィンディが夜トイレに行く時は必ず俺も起こされて、トイレの中から何度も「ちゃんとそこに()るか!?」と聞かれる。本当に勘弁してほしい。


 そのウィンディだが、今はクリスの部屋にあった大量の絵本を眺めているため、とてもおとなしく良い子に過ごしていた。


 しかし改めてクリスの部屋を眺めてみると、女の子の部屋だと実感できる。


 クリスの部屋は、以前この食堂が旅人宿をしていた時の客間を利用しているようだ。


 明るいベージュを基調とした華やかな部屋であり、小物類もキチンと整理され、家人の几帳面な性格が偲ばれる。


 所々、ぬいぐるみが置いてあったり、綺麗な花が飾られていたりと、年頃の年齢を感じさせるアイテムがあるのも大変ポイントが高い。


 女の子の部屋というと、サキやフェリシアの部屋に以前入ったことがあるのだが、サキの部屋はあまりにも殺風景だったし、フェリシアの部屋は貴族趣味全開のゴテゴテ感がハンパなかった。


 俺としては、女の子の部屋はこれくらいのレベルが丁度居心地が良いと感じる。2人にも見習ってほしいものだ。


「お前様、このクッキーとそっちのケーキを交換してくれんかのぉ?」


 自分のケーキを食べ終わったウィンディが、不平等な物々交換を求めてきた。


「アホか。なんで食いかけのクッキーの一欠片で、このガナッシュケーキと交換せにゃならん。却下だ却下」


 俺はクリスに差し入れしてもらったケーキをぱくりと口の中へと入れる。


 もぐもぐ……うん、美味い。濃厚なチョコの風味がとても素晴らしいな。


 ケーキを差入れしてもらった時に、クリスからネタばらしをしてもらったのだが、食堂に新しく入ったパティシエとは、クリス本人の事だったらしい。


 先程俺とぶつかったマリーと呼ばれる女性は、クリスの従姉妹で、ここの家の一人娘との事だ。


「しかし、する事がなくて暇だな。クリスはいつ頃仕事が終わるのだろうか」


 俺は伸びをしながら、ごろりとラグの敷いてある床に行儀悪く寝っ転がった。


「ん?」


 ラグに寝っ転がったため、本棚の上方の奥に、隠すように仕舞ってあったノートが見えた。


「……何だこれ?」


 とりあえず本棚の奥から取り出してみた。普通の市販ノートのようだが、中身はぎっしりと何らかの手書きの文章が書かれていた。


 ノートの表題に『俺さま王子と男装の私』と書いてある。


 俺はパラパラと斜め読みをしてみた。


 ふむふむ、どうやら故あって男のふりをしている少女を中心とした恋愛小説みたいだな。


 主なストーリーは、主人公の少女が偉そうな態度の王子様の行動に振り回されながらも徐々に惹かれていく恋愛ものみたいだ。


 しかし、この王子様は一体何なんだ。悪漢から少女を助けたり、倒れそうな少女を危機一髪で救ったりと、ここまで主人公を惚れさせるような行動をとっておいて、キスの1つもしないとは。


 もっと強引に行けよ、それでハッピーエンドじゃねーか。


 俺がそのノートを更に読み進めようとした時、丁度部屋にクリスが戻ってきた。


「ごめん、アルベルトくん待たせちゃったかな……って、うりゃあぁぁッ!!」


 いきなりクリスが俺の方に猛ダッシュをしてきて、俺の手からノートを強引にひったくった。


 そして真っ赤な顔をしてそれを背中に隠すのだった。


「………見た?」


「まぁ、少しだけ」


 俺は悪びれる事もなく答えた。


「なんで人ん家のノートを勝手に見るんだよぉ」


 クリスがポカポカと軽く叩いてくる。


「すまんすまん」


 俺はとりあえず謝罪する。大して悪い事だとは思っていないが。


 暫くして落ち着いたのかクリスは小声で呟く。


「……で、感想はどうだった?」


 何かを期待した眼差しを俺に向けてくるクリス。

 俺は少しだけ黙考し、王子様が強引に行けばハッピーエンドなのにそれをしない王子様はヘタレだな、と率直な感想をクリスに伝えた。


 するとなぜか、クリスは残念な人間を見る目つきでこちらを見てきた。解せぬ。


 そのあと少し雑談をし、もらったケーキを食べ終わった頃、クリスは穏やかに話し始めた。


「じゃあ、今からぼくは懺悔します。アルベルトくん聞いてくれるかな?」


「ああ、いいぜ」


 するとクリスは居住まいを正し、俺に頭を下げてきた。


「今まで嘘をついていて、ごめんなさい。

 ぼくは……私は、クリスタベル・ソシュール。れっきとした女です」


ーーーーー


 クリスタベル……略称はクリス、か。


「どうして私は女なのに男装していたのかというと……実はヴァルサリア魔法学園の入学を許可されていたのは、私ではなく……お兄ちゃん……クリスティン・ソシュールの方だったからです」


 ああ、なるほど。クリスは兄に成りすまして学園に入学していたのか。


「……理由を聞いても?」


 俺の問いかけに首をこくんと首肯し、続きを話す。


「前に話したかもしれないけれども……私は魔女と一緒に姿を消したお兄ちゃんの行方を追いたい。

 だけど、村に留まっていたらお兄ちゃんの捜索なんて絶対に許してもらえないだろうから、私は置き手紙だけを残して、村を出ました」


 おいおい。流石に無茶が過ぎるんじゃないか?


「幸い、お兄ちゃんの入学条件が奨学生だったから無償で勉強ができたし、親戚のおばさん達は私の想いに理解を示してくれて家に置いてくれたけれども……


 ……やっぱり悪い事は止めないといけないよね」


「クリス……?」


 俺は最後に自嘲するように苦笑したクリスの真意がわからず、クリスに問いかける。


「私はこの学園に入学した時に1つの決め事をしてました。『もしも誰かに私の嘘がバレたら、学園を辞める』ってね。

 だから、私はもう学園にいられない。実際、私は嘘をついてズルして入った、ニセモノのダメな魔法使いなんだから当然だよね」


 俺はそのクリスの発言に反発する。


「おい、クリス。それは違うだろ。お前は立派な魔法使いだ」


「そんな事はないよ。だってお兄ちゃんに較べたら全然魔法使うの下手だし、女のくせにアルベルトくんとかを騙して男のふりとかしていたし。私は最低なやつだよ……」


 主人公が学園を辞める……そんなゲームにない展開に驚く以上に、俺はクリスがどんどん自分を卑下する発言をする事の方に我慢がならなかった。


「なるほど、確かにお前は嘘をついて性別を偽っていた。それに他人に成りすまして入学したよ。

 でもさ、そうまでしてやりたい事があったんだろ?兄貴の出奔した真相が、知りたかったんだろ!?」


「アルベルトくん……?」


「それにさ、お前は真面目で一生懸命に魔法の勉強をしていたよな。あの学園トーナメントでの予選の魔法、本当に見事だったよ」


「あ、あれは……」


 俺はクリスに言葉を挟ませない。俺が聞きたいのはつまらない謙遜の言葉なんかじゃないからだ。


「そして極めつけはエクスバーツ共和国のテロがあった時、みんなで救助活動をしただろう?

 あれが立派な魔法使いの行動じゃなくて一体なんなんだ。 

 ……お前はどうも分かってないな。だから俺が断言してやる。お前はすごい魔法使いで、俺の自慢の仲間だ!」


 すると段々とクリスの顔が呆けたものから目尻に涙が溜まった状態になり、一気に決壊した。


「う、うわぁぁぁぁぁ!……わ、私……誰かに言ってもらいたかったんだ!ずっと頑張ってきたけど……自信が持てなくて……お兄ちゃんと比較されて……私なんかが居ていいのかなって思ってて……お前で良いって!強く誰かに言ってほしかったッ!!」


 俺は嗚咽を漏らすクリスを抱き締める。

 するとクリスも強く俺を抱き返してくる。


「誰が否定しようと俺はお前を肯定してやる。俺にはお前が必要だ。だからこれからも俺と一緒に学園に、いろ!」


 するとクリスは涙に濡れた顔を俯かせ、小声で囁きかけてくる。


「嬉しい。私もずっとアルベルトと一緒にいたい。……でも私、嘘の経歴で入学しているからやっぱり一緒には居られないよ……」


「俺がなんとかしてやる。勿論合法的に、だ。

 それに……お前はこの学園でできた初めての俺の"友達"だ。友達のピンチを助けるのは、友人としての義務だろうが」


 涙の跡が残る目を俺の方に向けて、ぱちくりするクリス。


「それは……友人として……?」


「ん?どうしたクリス」


「ううん、やっぱりなんでもない。……今はそれだけでいいや」


 そう独りごちると、クリスは再び俺の胸元に顔を埋めるのだった。

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