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艦隊壊滅と負けられない戦い

 戦略魔法発動の少し前。


 エクスバーツ共和国の艦隊旗艦、ソレイユ・レピュブリクの艦内では、周囲への警戒を厳にした戦闘体制が続いていた。


「周囲に敵影……なしッ!」


 飛行用魔道具を装備した空中索敵員より、続々と哨戒結果についての連絡が入る。


「何も起こらないですねぇ。うーん、やはりただのハッタリだったんじゃないですか?」


 通信将校が所見を述べているが、ジャン副長を含めた大方の参謀達も同様の見解に落ち着いていた。


「副長、第一から第三砲撃班の連中が、持ち場に戻って良いか聞いてきておりますが?」


「いや、港湾都市に接近するまで、引き続き前甲板部署から退避していてくれ」


「了解」


(だがしかし、何かが引っかかるのだ)


 そもそもこちらに挑発を行ってきた少年は、五〇一中隊の隊長であるヘルメスの名前を知っていた。

 そして実際に、司令部へ中隊からの全滅の連絡が届いていたのだ。


 もし仮に。本当に彼が単独で五〇一中隊を壊滅させていたとしたら。


(歴史を紐解いてみると、大軍や大艦隊を単独で(ほふ)った魔法使いの伝説は数多く遺されている)


 なぜ無条件に、彼がこの艦隊と戦う力がない、と断言できるのだろうか。


(ひょっとして、私は知らぬ間に、相手を過小評価していたのではないか……!?)


 そう副長が疑念を抱いた直後、空一帯が眩い光に包まれた。


「は?」


 そして瞬きする刹那の間に、何時の間にか旗艦の前甲板に大穴が開き、直後下から(・・・)突き上げるような衝撃と爆音がこだました。


「ぐううぅぅぅぅっっ!」「うあぁぁぁぁぁっっ!」「うべッ!!」


 副長は悟った。


 天空から『何か』がこの船に降ってきたのだ。それが一瞬でソレイユ・レピュブリクの魔法障壁を紙のように打ち破り、前甲板に大穴を開けて、更に海底を穿ち、その反動で巨大な津波が発生したのだ。


 荒れ狂う海流にひしゃげた旗艦は翻弄され、上下感覚がなくなる。


 ベキベキベキバキンッ!


 金属が破断する音が遠くに聞こえた。おそらく前甲板が応力の負荷に耐えかね、その竜骨(キール)が破断したのだろう。


「ま、魔法を使えるものは、急いで壁に穴を開けて外に脱出しろッ!

 閉じ込められるぞッ!」


 浸水している艦橋で、頭部から血を流しながら副長が周囲を鼓舞する。


(何としても脱出しなければ!)


 副長は無我夢中で魔法を壁に叩きつける。幸い、外周を見渡せるように作られた艦橋の部材は、金属の装甲板に較べれば大分脆く、破壊してなんとか外に飛び出すことができた。


「こ、これはッ!!」


 旗艦の外は、地獄だった。


 先ほどまで大洋に威容を誇っていた輝かしい共和国の力の象徴たる大艦隊は、この一瞬の間に幻の如く霞と消え果ててしまっていた。


 『何か』が海底にぶち当たった衝撃の余波により、一帯に大津波が引き起こされていたのだ。


 少々の揺れでは転覆することのない戦闘艦といえども、至近で発生した大津波には抗うことができず、全艦艇が転覆する大惨事となっていた。


(何なんだこの状況は!)


 ジャン副長の脳が、状況の理解を拒む。


 これまでの全ての常識が、音を立てて崩れていくように感じられた。


 この地獄を作ったのは、おそらくこちらを挑発してきたあの魔法使いの少年に間違いあるまい。


(完全に見誤っていた────)


 今更悔やんでも仕方がない。考えるのは後だ。まずは今できる事、すなわち艦隊乗員の救助に全力を尽くす事だけだ。


 副長は、自身に”水中歩行”の魔法をかけて、仲間の救出活動に全力で協力するのだった。


─────


(さぁ、いよいよじゃな!)


 一方、その頃。

 もう一つの戦場で戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。


 アルベルトの電磁投射砲(マスドライバー)の発射を見届けたウィンディは、急いで場所を移動する。


 なぜならばこれから彼女にとって、『負けられない戦い』が控えていたからだ。


 彼女が急いで移動した先は、隕石が海底に衝突した場所と、アルトネ港との丁度中間あたりの海域だった。


 急いで来たため、まだあたりの海は穏やかであり、津波の影響が無い状況であった。


「すぅ〜、はぁ〜」


 ウィンディ(彼女)は精霊王の分御霊(わけみたま)に過ぎない。

 だから精霊力的には本体のそれと較ぶべくもなく低いし、彼女が本来持っていた多様な権能も、そのほとんどが使用不能状態となっていた。


 しかしそんな彼女にも、本体と遜色のない強力な権能が残っていたのだ。


「風の精霊王ウィンディが名のもとに命ず!我が眷属に連なる者共よ、我が呼びかけに応じここに参集せよッ!!」


 ”眷属召喚”。

 この精霊王だけが持つ強力な権能は、分御霊でも使えたのだ。

 なぜならば、力が弱まっているとは言っても、彼女自身は本物の風の精霊王だからだ。

 それ故にその王権までは制限されていなかったのだ。


 彼女の呼びかけに応え、時々刻々と、彼女のまわりに数多くの風の精霊達が集まってくる。

 その姿は、可愛らしい妖精のような姿の者から、大型のモンスターのような姿の者まで千差万別、まさに百鬼夜行の有様だった。


 その風の精霊達の大軍勢を見て、ウィンディは悦に浸る。


「よいか、皆のもの!これより現れたるは我らが宿敵、”水”の連中共じゃッ!

 率直に言って敵は強大である!じゃがしかし、我が同胞(はらから)たる汝らは一騎当千たる(ツワモノ)であるとワシは確信しておる!

 決してここを通すでないぞッ!!」


 ウィンディは、宝塚に出てくるようなピシっとした濃紺の軍服を着込み、仲間達を鼓舞する。


 仲間達からは鬨の声が上がる。皆士気が高く、意気揚々であった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 遠くから津波が迫ってくるのが目視できた。


 海は水の精霊達の領分である。だがしかし、その上の空は風の精霊の領分なのである。


 波が穏やかな時は、お互いの境目は大して動かないため両陣営とも静観している。


 しかし、大津波のような災害が起こった場合、水の精霊達はそれを大義名分にして、風の領分に対して大規模な領域侵犯をしかけてくるのだ。


 風の精霊がそれを抑えるべく力を発揮することで、津波は穏やかになり、世界の調和が保たれるというメカニズムだった。


「むむっ、あれは憎っくき敵の旗頭である風の精霊王ではないか!

 何という僥倖!その素っ首を落として我らが水の精霊王様に捧げようぞッ!!」


 津波が近づき、その天辺にてふんぞり返っている強気な美女の姿をとっている水の上級精霊がウィンディに向かって吼えている。


 水の精霊達も風の精霊に負けず劣らずの物騒な連中ばかりだった。


 通常ならばここまで大きな津波が発生した場合、水の精霊の力が強すぎて風の精霊達は鎧袖一触(がいしゅういっしょく)されてしまう。


 だが今回は風の精霊王の力によって多くの風の精霊達が集まっており、その戦力はほぼ互角といえる状況だった。


「者ども、かかるのじゃあッ!!決して腐れ水の連中なぞに負けるでないぞッ!!」


「行けッ、我らが勇壮なる水の勇士達よ!風のクソ野郎どもに負けるんじゃないよッ!」


 各地で始まる水vs風のバトル。


 精霊の姿が見えない人間には、津波が何か目に見えない壁に阻まれて、止まっているようにしか見えない事だろう。


 残念ながら周囲に人間の気配はなかったが。


「風の精霊王、その首ここに置いてけッ!」


「水の上級精霊如きがワシの首を獲ろうなぞ千年早いわいッ!」


 激突する風と水。


 激しいながらも決め手にかける両者は、アッという間に泥仕合の様相となり、消耗して精霊界に帰っていってしまう精霊が続出していた。


 30分経過────


 すっかり辺りは穏やかになり、空が晴れ渡っている。


 波は穏やかに、風も吹かず、本当にうららかな気象だった。


 水の精霊も風の精霊も、グロッキー状態で各地に浮いていた。


「水の精霊王様、申し訳ありません。憎き風の精霊王の首は取れませんでした……」


「……ふん。小娘が、ワシを倒そうなぞ千年早いわい」


 口調とは裏腹に、ピクリとも動かないウィンディ。正直限界だった。


「何だ、この有様は?」


 何時の間にか、地上へと戻ってきていたアルベルトが、呆れ顔でウィンディを覗き込んでいる。


「ウィンディ。俺は水の精霊達に別方向に進んでもらうよう協力を取り付けろと指示しておいたのに、何で正面から殴りあっているんだよ。

 お前バカか、バカなんだな?」


「……仕方がなかったんじゃ。……そこに憎っくき、水の連中がおったのじゃから……」


 アルベルトは残念な者を見る目つきでウィンディを眺めている。


「もし、そこの御方……」


 水の上級精霊がアルベルトに声をかけている。


「ん?あんた水の上級精霊か」


「はい。……もしよろしければ私と契約して、そこのちんちくりんを滅ぼす手助けをしてくれませんか?

 私と契約していただけますと、いつでも水の加護を得る事ができますよ。……もちろん加護には色々な種類がありますけどね」


 そう言うと水の上級精霊はニッコリと微笑み、仰向けのまま、自分の大きく膨らんだ双丘を両腕で抱くように強調してくる。


「お前様よ浮気か!浮気をするんじゃな!?

 やはりお前様も乳のサイズで精霊を選ぶ口なんじゃな!この破廉恥さんめッ!」


 妖艶な眼差しで誘ってくる水の上級精霊だけではなく、破廉恥じゃとわめき散らすちびっ子精霊王に対してもアルベルトは溜息しか出なかった。


「あんたもさっさと精霊界に帰ってくれ。

 ……ウィンディ、仕事は終わった。さっさと学園に戻るぞ」


「あ〜、まだ決着が〜!」


 そう言うとアルベルトは問答無用にウィンディの頭部を鷲掴みにし、空を駆けて一路学園へと向かって飛んでいくのだった。

 主人公、出番少なすぎぃ!

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