決着
「鼠よ……さらばだ」
ヘルメスの”不可視刃網”が俺にとどめを刺すべく、襲いかかろうとしている。
確かに、この脚だとその見えざる鋼鉄の刃を避けきることは不可能だろうし、障壁を張って防いだところで、敵三人に魔法を連発されて俺の魔力残量が底を尽く方が早いだろう。
だが───
「脚だけが、避ける手段じゃねーんだよッ!
……”風弾”ッ!」
俺は風の弾丸を地面に叩きつけ、その反作用を利用してぎりぎりで不可視の刃をかいくぐる。
「なにっ!」
「窮鼠は猫を嚙むもんだ!覚えとけッ!!」
頬に裂傷を負いながら俺は吼えた。
避けられるとは微塵も考えていなかったヘルメスに隙が生じている。
その距離は、俺の必殺の間合いに充分だ!
「殺った!くたばれヘルメスッ!!
秘剣、”絶牙断衝”ォッ!!」
俺の必殺剣がヘルメスを捉える。
殺った、と思った刹那、驚愕の事態が起こった。
なんと、ヘルメスの部下二人が身を挺してヘルメスを庇ったのだ。
”絶牙断衝”は、強固な防御を打ち破って相手を屠る俺の必殺剣だが、強力な術者が二人がかりで防壁を張れば、そいつらは兎も角、その後ろへは必殺の威力を発揮できない。
結果、俺はヘルメスの部下二人を退けたものの、肝心要のヘルメス自身を倒す千載一遇のチャンスを喪ってしまった。
手傷を負いながらも九死に一生を得たヘルメスは、後ろに大きくジャンプし、俺との距離を取る。
魔法戦の構えだ。
「鼠。まさかお前一人のために俺の部隊が全滅させられる事になるとは夢にも思わなかったぞ。
こんな失態を犯した俺は、本国に戻っても軍法会議は免れんだろう。だが後悔はない。貴様という人生最高の御馳走が、手に入ったのだからな」
仲間が全滅したにもかかわらず、全く引く気配のないヘルメス。
「お前一人が相手なら俺が負ける要素はない。
諦めて降伏しろ、ヘルメス!」
「降伏?俺が?ははは、馬鹿か貴様は!
これから人生最高の楽しい殺し合いができるのに、どうして降伏なんぞしなければならないんだ?」
この戦闘狂が!
だがヘルメス一人が相手ならば魔法戦で負けはしない。
奴の”不可視刃網”だけには注意して、もうすぐ戻ってくるだろうウィンディの来援を待って、2人がかりでゆっくり相手をしよう。
俺が勝利のための皮算用をした時、ヘルメスは懐から何かの装置を取り出した。
「……そうだ、一つ面白い話をしてやろう。
俺達の部隊は、現在使節団の名目でフレイン王国に入国している。
そして俺達の部隊は運悪く正体不明のテロリストに襲われ、全滅してしまったわけだ。
それに対して、怒りに燃えた我が祖国は、速やかにその報復を決意する」
「テメェ、一体何を……」
ベラベラとしゃべるヘルメスに、嫌な予感が拭えない。
「そして不思議なことに、我が共和国とお前達の国との国境ぎりぎりの海のところで、丁度我が共和国海軍の艦隊が大規模な演習をしていてな。しかも実弾を使ってだ……後はもう分かるだろ?」
コイツ等は人質作戦が失敗した場合、それを口実に戦争をするつもりだったんだ!
ゲームの時は、敵の人質奪取作戦が上手くいき、ゲーム主人公達の救出作戦が奴等の非合法な工作船内での闘いだったから、報復する口実がなかったのかもしれない。
それとも女神様がなんとかしてくれたのか、今となってはよく分からない。
しかし、俺はコイツ等だけではなく、共和国の艦隊をも相手にしなければいけないのかよ!!
「このクソ野郎がッ!!」
「実に良い表情だ!ゾクゾクするぞ!」
そしてヘルメスは躊躇なく装置のボタンを押した。
「さぁ、たった今部隊全滅のシグナルを送った!これで我等が艦隊は動き出す。貴様に止められるか、鼠?
もっともその前に俺が立ちはだかるがなッ!」
狂ったように哄笑するヘルメス。
「ヘルメスゥゥッ!!」
魔法戦を悠長にする時間もなくなり、艦隊を撃ち倒すためにも魔力を温存しなければならなくなった。
ヘルメスの魔力が急上昇している。全力で何かの魔法を行使するみたいだ。
ヘルメスが放つ全力魔法。ゲームの通りであるならば考えられる魔法はたった1つ。
だが、それが違っていたらどうなる?読み間違えた時、致命的な敗北が俺を待っているだろう。
しかし逆に、俺が知っている魔法が来るのであるならば、魔法戦をする必要がなく、魔力も温存できる。
乗るか、反るか。
「……今更だよな」
そう、今更な話だ。これまでも誰かのために俺は命を張ってきた。
共和国の艦隊が来襲した場合、おそらく王国のどこかの都市は火の海になるだろう。
そして数多くの民が死ぬ。
(俺ならばそれを食い止められる)
だったら賭けにもならない。俺が採る手段は一つだけなのだから。
「覚悟は決まったか、鼠。
……第一機動騎士団、第五〇一機動強襲騎士中隊隊長、”黒鋼”のヘルメス・ド・リシュリュー。推して参る!」
「ヴェルサリア魔法学園、”悪役貴族”のアルベルト・ディ・サルト。いくぞッ!」
ヘルメスは俺の呼応に合わせるように、展開していた魔法を解き放つ!
「”不可視刃網・全力展開”ッッ!!!」
来たッ!
ヘルメスを中心に数限りない”不可視刃網”が周囲に拡散し、天と地、ありとあらゆる場所に見えざる刃の網が展開していくのを感じた。
目には見えなくともその威力は絶大であり、ヘルメスを中心として大地が激しく抉れているのが分かる。
そして俺も間髪入れずに魔法を展開する。
「”飛行”ッ!」
そう。攻撃魔法でも防御魔法でも緊急回避の魔法でもなく、補助魔法の”飛行”だった。
「……何ッ!?」
そして俺はその不可視の網をすいすいとかいくぐり、ヘルメスへと肉薄していく。
「何故だ、なぜだ、ナゼダッ!?どうして無傷でいられる!?」
ヘルメスも魔法を維持しながら困惑している。
それはそうだろう。
これはゲーム時代、一種のネタ技だった。なぜならばヘルメスの”不可視刃網・全力展開”はヘルメスの最期のイベント技であり、喰らったところでゲーム主人公達を助けてくれる女神が即座に動けるくらいには回復してくれたからだ。
(どっかの弾幕系が好きなトチ狂ったプレイヤーが、偶然この回避法を発見したんだよな)
そう、弾幕系だ。
製作者のお遊びなのか、この画面全てを埋め尽くすような魔法にも、退避ポイントが存在するのだ。
俺は知識チートでそれを利用させて貰っているに過ぎない。
(そう言えば学園に来て以来、女神には会ってないな)
地面の抉れ具合から現在位置をドット単位の気分で測りながら、俺は刃の網を避ける。
そう言えば、俺が女神に会ったのは一年前の異界に飛ばされた時が最後だったか。
(女神の助力があればもっと楽に戦えたのに、モブには本当にハードモードだぜ)
俺は愚痴りながらも集中を切らさずにゆっくりとヘルメスに接近する。
そして一向に切り刻まれない俺に業を煮やしたのか、ヘルメスが魔法をキャンセルする。
今だッ!
俺は痛む右脚に力を入れ一気に距離を詰めて、ヘルメスに接近戦を仕掛ける。スキのないヘルメス相手に中距離での剣の大技は無理だ。
だから俺は直接ダガーを振るう。
「ネェズゥゥミィィィィッッ!!」
接近戦では戦斧は不利と悟ったのか、ヘルメスは小剣で俺に応戦する。
キンキンキンキンッ
俺は全力で斬りつける。しかし俺の剣術の特徴である”剣気斬り”は、相手の魔法防御力等が相当高いからか、ダガー越しのダメージが殆ど入っていない。
「ならば直接斬るだけだッ!」
俺はダガーを強く握りしめ、更にギアを上げる。右脚からは悲鳴が上がるが今は無視だ。
「ぐぬぬッ!」
最初は拮抗していたが、ヘルメスは徐々に俺との撃ち合いについていけなくなった。
「ウォォォォォッッ!!」
相手の足下にフェイントを仕掛け、ヘルメスのスキを強引に作る。体勢を崩すヘルメス。
ここだッ────
俺は痛む右脚を全力で地面に打ち込み、膝のバネと腰の回転力だけで無理やり推力を作り出す。
そしてその力に腕のしなりを乗せて、ヘルメスに渾身の力でダガーを振り抜く!
ズシャッ!!
宙を舞うヘルメスの右腕。それは放物線を描いたあと、ガラン、と小剣を握り締めたまま、地に打ち据えられた。
右腕を無くし、茫然とするヘルメス。
「俺の……勝ちだ!!」
俺の言葉を聞いた瞬間、ヘルメスはどっかりと地面に座り込む。
「生き恥は晒さん。殺せ」
俺はヘルメスの言葉を否定する。
「雌雄は決した!お前には捕虜になってもらうぞ!」
「捕虜なんぞゴメンだ。
……ならば仕方があるまい。俺は勝手に死なせてもらうぞ」
そう言うと左手を使って、流れるような所作で懐からナイフを取り出すヘルメス。あ、まずい!
「……ではサラバだ」
そう言ってヘルメスが自分の首にナイフを当てようとした時、そのナイフが光輝き、形状が変化していった。
「こ、これは!……クソ、あの魔女めッ!始めからこうなる事を読んでいたな!!」
ヘルメスの周囲に独特の魔法陣が展開していく。
これは転移石だ。大変に貴重な品物もので、予め指定してあった場所まで対象を転移させるというものだ。
そしてこの魔法道具を仕掛けそうな人物に、俺は心当たりがあった。
「ヴリエーミアの仕業か?」
俺がヘルメスに問いかけると、姿が転移で薄れていく中、ヘルメスが吼える。
「此度の件、全てその魔女の策略よ!俺は必ず舞い戻る。俺がお前を殺すまで……誰にも殺されるなよ、鼠ッ!」
完全に姿を消すヘルメス。
それと同時に俺は地面に倒れ伏す。
「な、なんとか勝った……」




