強襲
後半です。
今日は午前に前半も投下しておりますので、そちらも合わせてどうぞ。
※全部3人称なんて珍しいかも。
エリカ王女とレナト宰相は並んで椅子に座っていた。
エリカは頬を膨らませている。
「どうせ私は物語の世界と現実の世界をごっちゃにしてますよーだ」
「姫。機嫌を直してください。あの場を丸く収めるためにはああ言うしかなかったのですから」
不機嫌な王女を宥めるために心を尽くす宰相。
その様子をつまらなそうに眺めている兵士。
(ちょっとくらい女の味見をさせてくれてもいいのに、こういった方面では堅いんだよなぁ、うちの隊長は)
こんな子守のようなくだらない仕事をさせられるくらいだったならば、学園での遅滞部隊に残って派手に暴れまわりたかったなと兵士は考えていた。
(ん?)
その時、ふと空間がブレたような気がした。
「気のせい……ぐえッ!」
突然に頭部に衝撃が走り、兵士はあえなく昏倒する。
エリカ達には兵士が急に見えない鈍器に殴られたようにしか見えなかったため、事の意外な成り行きに目が点になってしまっている。
すると空間がぼやけ、何者かが正体を現す。
「一体この美少女は誰じゃと思った?もちろんワシじゃよ?」
馬車の中に突然、手に金属棒を持ったウィンディが現れた。
「は?」「え?」
状況にイマイチ追いついていない2人は、戸惑いが隠せない。
「ほれ、モタモタするでないわ。ケーキのためにもさっさと脱出するのじゃ!」
そう言って馬車の扉を金属棒で物理的に壊しだすウィンディ。
鉄板が仕込んであるわけではない馬車の扉は、金属棒の打撃で簡単にひしゃげ、破壊された。
宰相がふと外を見てみると、そこではすでに喧騒が巻き起こり、兵士達が大混乱に陥っていた。
「こ、これは一体……」
「ささ、こっちじゃ!」
戸惑う宰相と王女を急かして、ウィンディは馬車内から飛び出す。
兵士達は馬車から逃げた2人に気がついた様子だったが、彼等はそれどころではない状況に陥っており、宰相と王女は、ウィンディの案内で安全な場所まで無事に脱出することができた。
ーーーーー
ウィンディが馬車にカチコミをかける少し前に時間を巻き戻す。
ヘルメスは、ここまで順調に消化していった作戦スケジュールを頭の中で反芻していた。
(作戦は順調だ。あと1時間もすればボストーク号と合流できる)
しかし何か嫌な予感がする。
ヘルメスは過去何度もその直感に従う事で危機を乗り越えてきた。今回もそのカンに従い、奇襲対策の”矢除け”や”警報”の魔法を周囲にかけておく。
(しかし現地で遅滞行動を取らせていた部下からの連絡が遅い。まぁ、作戦に『戦場の霧』は付きものだがな)
ヘルメスは自分自身と部下の能力に絶対の自信を持っていた。
間違ってもこんなソフトターゲットを狙った作戦で、自分達が失敗するなど欠片も考えてはいなかったのだ。
その傲慢は数多の成功体験から来る強烈な自負心によるものではあったのだが、今回はそれが裏目に出てしまった。
ドガッ!ドガッ!ドガガガガッッ!!
「てっ、敵襲ッッ!!」
上空からの奇襲だった。これでは横方向だけを意識している”警報”の魔法は効果を及ぼさない。
(上空から、だと!?そんなバカなッ!)
不意を突かれ、部隊の統制が乱れる。”矢除け”の魔法をあらかじめ仕込んでいたものの、魔法で付近に逸らされた落下物は、地面に着弾した瞬間に激しい音と閃光を発し、その衝撃を周囲に撒き散らして隊員達を足留めする。
そして足が止まった隊員達を、空から襲いかかってきた猛禽類のような何者かが、獰猛に狩り立てていった。
「ガッ!」「ぐふぇッ!」「ああッ!」
その背の高い少年は、流れるような動作で足留めされていた3人の隊員を一瞬で切り捨てていた。
(ふざけるなよ!)
少年に簡単に斬って捨てられた者達は、ヘルメスが手塩にかけて育てた中隊の猛者達だった。
例え不意を突かれようとも、おいそれと殺られるような鍛え方はしていなかったはずだ。
少年の形をした死神が、次の獲物を狙う。
馬車を警備していた者達が、いち早く態勢を立て直し、複数人で一斉にアルベルトへと襲いかかる。
「シッ!」
少年はダガーと体術を駆使して、その攻撃を凌ぎ切る。
最初の敵からの大振りの一刀は、ダガーを滑らせて躱し、カウンターで切り飛ばした。
二人目の敵からの突きに対しては、敵剣の腹を掌底で弾き、剣の勢いを利用して身体を半回転させてバックブローを敵の顔面に叩き込んだ。
崩折れた二人目の敵の向こうから、三人目が横薙の一閃を放つ。
少年は上体を反らしてそれを回避し、置土産に金属で補強されたブーツで強烈に下から剣を蹴り上げる。
剣を弾き飛ばされ、たたらを踏む三人目。少年は即座に足払いで相手を地面に転ばせて、ブーツで顎を踏み抜いて無力化する。
流れるような熟練の動作だった。
そしてその間に、拉致対象が馬車から逃げ出す。
しかし誰もそちらに気を配ろうとはしない。
今はただ、この得体の知れない少年と対峙するのが精一杯だったからだ。
「貴様はいったい何者だ?」
ヘルメスの問いかけに、不敵な笑みを浮かべて少年は答える。
「ただの通りすがりの”悪役貴族”さ」
【追記】
皆様いつも誤字報告をありがとうございます。
全てを反映しているわけではありませんが、全て吟味はしておりますので、ご理解の程よろしくお願いいたします。




