追跡開始
長くなってしまったので2話に分割。
後半は夜にアップします。
※今回は3人称多めです。
「狭い馬車内で大変申し訳無いが、エリカ王女もレナト宰相も、ゆっくりと寛いでいてほしい。
私は命令であなた方をエスコートしているに過ぎないので、暴れたりしない限りは、お二人の安全を最大限保証させていただくつもりだ」
端正ではあるが、のっぺりとした印象を与えるその眼鏡の男は、二人に対して現在彼等が置かれている状況を淡々と説明した。
一見すると、その男は能吏を思わせる風貌ではあったのだが、その風貌から受ける第一印象を強烈に裏切る、その顔つきに不釣り合いな鍛え上げられた四肢や、全身に漲る覇気が、彼が生粋の武人である事を証明してみせていた。
男の名はヘルメス。第一機動騎士団・第五〇一機動強襲騎士中隊においてその部隊を預かる指揮官だ。
「お話は伺いましたわ騎士どの。自発的には逃げたりしないから安心して頂戴な」
エリカの言い方に何かを感じ取ったのか、ヘルメスは微かに眉根を顰める。
「貴女のその言い方だと、助けが来る、と確信しておられるようだが?」
ヘルメスの指摘に、エリカは笑みを浮かべる。
「ええ、ええ!それはもちろん!
”彼”は、私の騎士様はここに来ますよ。ええ、絶対にね!」
「………………」
男は、小踊りしそうなテンションで笑うエリカ王女を横目に、ちらりとレナト宰相を見る。
レナト宰相は小さく苦笑するような感じでうなずき、エリカ王女を窘める。
「姫。物語の世界と現実の世界をごっちゃにしてはいけませんよ。
……隊長には失礼をした。我々の事はひとまず置いて、周囲の警戒に戻られると良い。
この馬車内では魔法の使用ができないよう仕掛けが施されているのでしょう?だったら我々文人と子供ではできることなど何もありますまい」
若干の不審を感じながらも、宰相の言は真実であると思い直し、ヘルメスは馬車から降りた。
しかし、馬車内にて監視の任務につく部下に対して、「くれぐれも油断はするな」と最後に忠告する事も忘れなかった。
ーーーーー
頬に感じる風は冷たかった。
「いやぁー、爽快だなぁ!」
「ワシは基本的にいつも飛んでおるから、大して感動はないがのぉ」
上空500メートルを、アルベルトとウィンディは疾走する。
眼下の光景は、緑と茶色のコントラストが絶え間なく移り変わる絶景だった。
最近はずっと能力をセーブしていたため、こうやって大っぴらに空を飛ぶのも久しぶりだ。
ストレス発散にもなって、とても気持ちが良い。
「方角はこっちで合っている……よな?」
ゲーム知識が正しければ、賊は学園から80kmほど離れているアルトネ港に繋留されている、秘密工作船『ボストーク号』に真っ直ぐ向かっているはずだ。
しかし、もし仮にゲーム知識があてにならなかった場合、俺の行動は壮大な無駄足になってしまい、2人をロストしてしまう可能性があるという事に今更ながら気がついてしまった。
しかしすでに賽は投げられたのだ。後はもう、俺の持つこの知識の正確性を信じるしかない。
そして俺にはこの知識を補強するために、頼りになるウィンディがいる。
なんと。ウィンディは下位の精霊達から様々な情報を集めることができるのだ!
このウィンディの特技を利用して、更に情報の確度を上げようという算段だった。
お、早速ウィンディは精霊達と会話をしているようだな。
ちょっと聞き耳を立ててみるか。
……
…………
「ふむふむ……何?彼氏を別の精霊に獲られてしまった、じゃと?
そしてそれが快感に感じてしまったとな!?」
訂正。こいつは一体誰と何を話しているんだ。
ウィンディは、井戸端会議のようにあーでもないこーでもないと、飛行しながら数多くの精霊とゴシップ話にかまけていた。
「おい、ウィンディ。そいつら本当に役に立つのか?」
「良いか!大事なのは、おねだりする時の第一声じゃぞ!そこでいかに可愛く、相手の心を掴むか……って、なんじゃお前様。今良いとこなのに邪魔するでないぞ!」
「……ご歓談中大変申し訳無いんだが、賊の行方に関しての有益な情報は手に入ったのかよ」
するとウィンディは、手のひらをポンと叩いた後、隅っこの方から手のひらサイズの小さな精霊を、実体化させて連れてきた。
「それならとっくにこやつから聞いておるわい。
何でも、こっちの方向に凄い速度で突っ走っていったニンゲンの乗り物を見たとの事じゃな」
そう言って俺達が丁度進んでいる方向を指差すウィンディ。
「それちゃんと先に言えよ、ウィンディ!」
「方向が合ってたのだし問題ないじゃろ」
ケロッと答えてまたおしゃべりに夢中になるウィンディ。
……まぁ、些か業腹ではあったが、有力な情報を掴んだことには変わりはあるまい。
ウィンディが聞き出したその情報を頼りに、俺達は賊の辿った方向を絞っていく。
そして飛行すること数十分。ついにそれらしき馬車を囲んだ騎乗集団を捉える事ができた。
「あれで正解だと思うが、ウィンディちょっと馬車の中を見てきてくれ」
「ガッテンじゃ!……しかしお前様は本当に精霊使いが荒い人間様じゃのぉ〜」
「事が終わったら、お前が好きなケーキを何でも食わしてやるよ」
「お、男に二言はないの!?
よし、ワシに全てまかせるのじゃあッ!!」
凄い速度で急下降していくウィンディ。食い物に釣られ過ぎだろコイツ……
そして待つことしばし。空間がブレてウィンディが姿を現す。
「ただいまなのじゃ〜、お前様よ。
馬車の中には、ワシにたまにプリンをくれたお前様の父殿と、よく知らん感じの悪い女、そして鎧を着ておった男が乗っておったぞい!」
表現はあれだが、ウィンディは重要な情報を余すことなく俺に届けてくれた。
「上出来だ。その鎧の男が監視役で、後の2人が拉致された本命だろう。
これで二人の奪還作戦が立てられるぞ」
数分後、俺はウィンディに作戦の大筋を伝えた。
そしてすぐさま、作戦を実行に移したのだった。




