アルベルトくん14歳。サル・ロディアス遺跡(1)
話は3週間ほど前に遡る。
その頃、俺は将来の破滅エンドに備える一環として、身一つで国外に追放された場合の予行演習のために冒険者の真似事のようなことを続けていた。
主な演習場所としては、俺が普段暮らしている領内からほど近い、ローティス家の領地内にあるかなり大きな古代帝国の遺跡を使っていた。
ここは古代帝国時代の主要都市の一つであったらしく未だ全容を解明できていない遺跡であり、その地下にはまだまだ多くの財宝が眠っている。
俺たちはここを拠点に遺跡探索に勤しんでいたのだった。
「いつも思うんですけど、何でご主人様ってこんな酔狂な事ばかりしているんです?」
その時は確か前世知識を駆使して、何度目だかの遺跡荒らしを行った結果、俺の属性で使いやすい風魔法の系統がエンチャントされた割と強力な魔法の長剣を手に入れた直後で、宿でホクホクしているときだった。
その長剣はどう見ても日本刀にしか見えない作りで、このゲームの世界観の統一性の無さにちょっと眩暈がしてくる。
ん?と黒鞘に覆われた手元の魔剣をニマニマ眺めるのを止めてサキの方に顔を向けた。
「いや、当たり前のことですけどご主人様って結構な身分な人ですよね?
なのにどうしてこんな危険を冒してまでダンジョン探索に挑むんですか?
普通、何かしらの都合でダンジョンに挑む必要があるんでしたら、腕利きの冒険者に依頼するか、少なくとも自分の護衛を雇うものなんじゃないですか?」
俺は純粋に不思議がっているサキを見て、確かに普通はそう思うわな、と得心することしきりだった。
サキとの付き合いはもう長い。今後のサキ・ルートを牽制する意味でもここで一つ俺が置かれている惨状をこいつに詳らかにするのは今後の役に立つかもしれない。
だから俺は秘密の一端を開示してやることにした。
「いいかサキ。ここだけの話だが、実は俺には未来を見通す能力があるのだ。
その結果、2年後に下手をすると俺は何者かに殺されるか身一つで国外追放されるかもしれない。
だから俺は多少ムチャをしてでもそれに備えなければならないのだ!」
俺の言葉を聞き、サキは一瞬目を見開き、その後はいつものような無邪気な笑みのない、無表情に切り替わりつつ目をすっと細めた。
あ、ゲームでよく見た表情だ。
「……どなたかがご主人様のお命を狙っているのですか?
もしそうでしたらご主人様はそのどなたかのお心当たりは御座いますか?
ああ、ご主人様は何も心配しなくて結構です。
総てこの私が巧いこと綺麗に処理しますので……」
こえーよ!なんか抑えきれないサキの魔力がその身体からオーラみたいに見えているよ!
ここ2年の間に「俺の奴隷に相応しくなる」とか訳の分からない理由で水魔法を鍛えまくっているこいつは、持っている才能を生かしてその実力がメキメキと上がっている状況だ。
何となくだが、ゲームの初期状態よりもかなーりレベルが高そうで、俺の破滅フラグが更に高まっている気がしないでもないがそこは考えないようにしよう。
「いや、相手を殺す必要はない。あくまでも可能性しか俺には分からんのでな。だからそう殺気立つな」
俺は慌ててサキを宥める。こいつ怖いわ。
「ご主人様がそう言うなら殺すのは控えます。
ですが覚えておいてください。
どんな相手でもご主人様に害なす者は私が排除します。
だって私は唯一無二のご主人様だけの専属奴隷なんですから」
そういうとサキはうふふと微笑みかけてきた。
専属奴隷ってそんなヤバいポストだったかな?
何かゲームの時以上に怖いことになっている気もするが、アルベルトはそれ以上考えるのを止めた。
─────
翌朝。
いつものように遺跡探索に向かおうと思い、冒険者ギルドへと脚を運んだ。
遺跡の名前はサル・ロディアス遺跡。古代帝国にあったサル・ロディアス市そのものが遺跡になった感じだ。
この遺跡は当然ローティス領内にあるのでその所有権はローティス家にある。
が、実際には広大な遺跡を管理し切れるものではなく、多くの盗掘者が現れてしまい遺跡は荒らされまくった。
ここまでだったら現代でいうエジプト等での盗掘の話と何ら変わることのない良くある話で終わってしまう。
しかしそこは古代帝国の遺跡。一筋縄ではいかない。
この遺跡は過去の戦争で放棄された都市であったため、都市の表層部分にはさしてめぼしいお宝はなかった(それでも現代の基準だと相当高度な文物に溢れており、盗掘者を多く招く羽目になった)。
しかしその地下には放棄の際に埋めたのかそれともそれ以前に埋めたのか分からないが、表層部分とは比較にならないお宝が眠っていたのだった。
防衛機構と一緒に。
ものの文献によるとその時の被害は凄まじいものだったらしい。
遺跡にいたのは戦闘を想定しておらず、さしたる装備のない盗掘者が中心であったため、その時遺跡で活動していた盗掘者のほとんどがその防衛機構に殺された。
助かったのは相当の手練れでかつ運が良かった極一部の超一流の実力者と都市の外縁部で細々と遺跡盗掘を行っていたルーキーの2種だけだったそうな。
唯一の救いは防衛機構は都市内だけで完結するらしくその都市の外側には一切の侵攻を果たさなかったことくらいか。
この事件が明るみになった後、ローティス家は王都にある魔術師協会に遺跡の学術調査を依頼。
その結果、都市の防衛機構には段階制が採用されていることやその仕組みの一部が明らかになった。
またどうやら公的な防衛機構のほかにも、個人宅独自での防衛機構なんかもあったりするらしいことが分かってきた。
この結果ローティス家は遺跡の独占に興味を失い、冒険者ギルドに対して一部権利の譲渡を条件に管理の委託を任せるようになったというわけだ。
数多くの古代遺跡探索の実績があるギルドの過去のノウハウと、数多くの冒険者の探索の結果、今では大体の防衛機構の範囲や仕掛けの位置、セキュリティレベルのごまかし方や個人宅の実体解明なんかが進んでおり、大分調査が進んでいるのが現状だ。
そんな蘊蓄をサキに開陳しつつ、ギルドにて遺跡への入場料を支払うべくそれなりに並んでいる受付のカウンターへと脚を運ぶのだった。
「あ、アルさん、こんにちはぁ~。今日も遺跡探索なんですかぁ?」
なぜか俺が差し出した記入済みの遺跡探索許可願書ではなく俺の手を握りながら、人気受付嬢のクレアがニコニコと微笑んできた。
「ああ。いつも通り3層まで潜る予定なのでよろしく頼む」
そう言って書類の他に必要な入場料と手数料を支払う。
なお名前は偽名でアル・レッドフォード、年齢欄には17と記載してある。
この世界は15で成人扱いなので15と記載してもいいが、この身長とこれまでの経験のせいで俺の外見はとてもではないが14の小僧には見えないのでまぁ落とし所として17としている。
断じて老け顔というわけではない。
「アルさんって銀等級の冒険者ですよね?銀ならもっと下の階層にも潜れそうですけど3層まででいいんですかぁ?」
因みにこれはセールストークだ。遺跡は3層までは初心者向きとして割安なのだが4層以下になると一気に値段が上がる。
ここの受付嬢はどうやらそこら辺でキャッシュバックあるらしく、盛んに勧めてくるのだ。
「もし4層まで降りてくれるんでしたら、今度のお休みの時、私のお家でご飯ご馳走しますよぉ~?もちろん、他のサービスつきですっ(キャッ)」
その言葉に俺は思わずマジマジとクレアを見つめた。
3層と4層との値段差は大体中級の宿1泊分くらいだ。
つまりここでその金額を支払えば俺はこの美人受付嬢と一晩しっぽりとお楽しみ出来るのか。
強力な地雷原であるサキと違い、なんのリスクもないこのお誘い。
勿体ぶるフリをしながら肯定的な返事をしようとしたところ横から物凄いドスの利いた声で横槍が入った。
「あの~受付嬢さん?人の相棒になに色目使ってくれちゃってんですか?さくっと絞めちゃいますよ?」
動きやすそうな黒い軽革鎧の上に同色のローブを羽織ったサキが、物凄く怖い顔で受付嬢をねめつけていた。
因みに頭の獣耳は黒い帽子で隠している。バレると色々と面倒いしな。
「あはははは、ご、ごめんなさいサキさん!け、決して本気じゃないですからっっっ!!」
なぜかどう見ても自分よりも年下の少女に全力平謝りのクレア嬢。
ああ、神は死んだ。
「あ、でも今日に限っては本当に4層はお勧めなんですよ。物凄い有名人が4層よりもっと深いところを目指して遺跡に来てますんで、もしかしたらお近づきになるチャンスがあるかもしれませんよ!?」
そう言われるとちょっと気になるな。
「その有名人って誰?ちょっと教えてよ」
「4層に行ってくれるなら教えますよ~」
流石に名前のためだけに4層の料金を払いたくはない。俺はその有名人の情報は断念し、サキと共に遺跡の3層に降りることにした。