学園トーナメント(9)
「お、来賓がすでに来ているのか」
会場である総合運動場の控えの建屋に入ると、身なりの良い連中が学園の職員にエスコートされて内部を見学していた。
「ん……?ゲゲッ!」
俺はその来賓の中に、見知った人物を発見してしまった。
「ち、父上ッ!」
そう。我が国の伯爵にして宰相閣下でもある、まさかの親父殿の登場である。
「ん?おお、アルベルトじゃないか!」
親父はニコニコと俺に話かけてくる。
「一体どうして父上がこちらに?事前に何も聞いていないのですが……」
「どうしたもこうしたも息子の晴れ舞台だ。親として顔を出すのは当然の事だろうが」
このおっさん、これまでの人生で一度もそんな殊勝な事なんてしたことなかっただろうが!
きっと何かしら別の思惑があるのだろうが、どうせ問い詰めてもこの狸は何も吐くまい。
「あ、大御主人様。お久しぶりです」
「おお、サキ嬢。うちの倅がご迷惑をおかけしております」
サキと親父が互いに会釈をしている。
一見するとなんでもない光景だが、実は奴隷と宰相のやり取りである。
サキは今でこそ奴隷階級に身を落としているが、親父としては元隣国の皇女という思いが強いのかもしれない。
余談だが、サキルートを進めると、獣人至上主義を掲げている隣国のミモミケ獣人帝国が、サキの故国復活を大義名分に王国へと侵攻してくる展開になったりする。
そのルートではサキの故国が自治領として復活し、その代表としてサキが復権するエンディングだったりするのだが。
「叔父様、フェリシアでございます。お元気そうで何よりですわ」
フェリシアも卒なく挨拶をしている。
「おお、フェリシア嬢もお変わりなく美しいですな」
そう言って笑顔でフェリシアと握手をしている。
そこでふと、親父の隣の方からこちらに視線を向けられているのを感じた。
そちらをちらりと見てみると、俺達とそんなに歳が変わらない黄金の髪の少女がこちらをジーッと眺めている。
「あの……すいませんがどちら様でしょうか?」
そう言うと少女はショックを、親父はやれやれとアメリカ人のように首をすくめていた。
「おい、アルベルト!こちらは我が国の第二王女であるエリカ・ソル・フレイン様だぞ!
いくら社交音痴のお前でも、知らないのは流石に失礼だろう!」
え、エリカ王女!?
フェリシアからの叱責を受けて、俺はマジマジと少女を凝視する。
「初めましてエリカです。お会いするのは初めてですが、お噂は宰相殿から聞いておりますよ。
とっても変わり者だけれどもお強い、のですよね?」
鈴を転がすような綺麗な声の持ち主だった。
「いやぁ、大した事はないのですけどねぇ」
あれ、おかしいな。俺の知っているエリカ王女とかなり違う顔をしているのだが。
大抵の人物はゲーム絵の面影が残っているもんだが、エリカ王女はあまり似ていないような気がする。
だが、フェリシアや親父が普通に接しているのだから、やはりこの娘が替え玉とかではない本物のエリカ王女なのだろう。
それともゲームに登場していた方が替え玉だったのかもしれない。
まぁ、考えてもしょうがないから思考を中断する。代わりに、来賓に対する警護状況をチェックする事にした。
警護員は、王宮から派遣されている騎士達だった。
専門に訓練を受けているだけはあり、身のこなしにそれなりの練度を感じる。
相手が暴漢程度なら一蹴できる実力はあるだろうな。
もっとも、本物の凄腕を相手にするには少々実力不足だとは思うがな。
さて、これ以上ここにいても、あまり面白いことはなさそうだ。
「……では父上。失礼いたします」
これ以上親父達に関わるのは面倒なので、三十六計逃げるに如かず。俺達はさっさと退散することにした。
ーーーーー
学園トーナメントの開催時刻となった。
総合運動場は、中央にある楕円状の試合会場を囲むようにして、立体的に客席が連なる大きな施設だった。
俺達8人のクラス代表が会場に姿を現した瞬間、地鳴りのような歓声が鳴り響く。
「結構お客さんが入っているんだな……」
クラス代表8人として登壇した者のうち、ゲーム関係者は俺を含めて5名だ。
俺、サキ、フェリシアのいつもの面子に加えて、今でもサキやフェリシアに動向を追ってもらっている未登場ヒロインこと、メアリーとリーゼだ。
そういえば直接顔を合わせるのは今回が初めてな気がするな。
俺はちらりとリーゼを見た。
眼鏡をかけた小柄な少女で、シャギーの入ったショートの髪と薄い肉付きが特徴だ。
「おい、今私の胸を見ただろう。薄いからってバカにするな。喧嘩ならいつだって買ってやるぞ!」
俺がちらりと見ている事に気づいたのか、被害妄想全開でいきなり俺に喧嘩を吹っかけてくる狂犬眼鏡っ娘。それがリーゼだった。
闇魔法のエキスパートで支援系魔法に優れているゲームヒロインの1人だが、このように人見知りが激しく、慣れていない相手にはすぐ喧嘩を売ろうとする欠点がある。
「リーゼ、駄目よ。もっと淑女らしくしないと」
「は、はい!フェリシアお姉様ッ!」
そんな狂犬をフェリシアが優雅に宥めている。
そして俺のときとは違い、目をキラキラさせて笑顔で素直に返事をしている狂犬。
リーゼの動向チェックはフェリシアに任せていたのだが、遠くから見守るよりも仲良くなった方が早いという判断で、姉御肌のフェリシアが自分の取り巻きにリーゼを組み込んでしまったのだ。
今は組織の情報参謀として楽しく働いているらしいのだが、ゲームヒロインの一角なのにそれでいいのだろうか。
(ゆくゆくはクリスと懇ろにさせなければならんのに、フェリシアは何をやっているんだか)
一方のメアリーの方は精神的に余裕がありそうだ。
「パン・パカ・パ〜ン!初めまして〜、メアリーちゃんだよ〜。
お話はサキちゃんから聞いてますよ〜。アルベルト君やったかな〜?」
どんな話を聞いているのか理解不能だが、両手を無意味に万歳させながら満面の笑みを浮かべているメアリーは、ポワポワしている感じのおっとりとした少女だった。
茶色の緩いウェーブのかかった長い髪が、ふわふわと揺れている。
そして彼女の誇る最大の外見的特徴は、その驚異的な胸のサイズだ。
恐らく脳に行くはずだった栄養が、全て胸に流れ込んだ風に見えるほど、サキのそれを凌駕する超弩級のメロンだった。
「ん、ん、ん〜?アルベルト君、いっけないんだぁ〜。女性の胸ばかり見るのはセクハラなんだよ〜」
べ、別に!み、見てねーし!
しかし、避けたはずの視線が気がつくとメアリーの胸部にロックされている。
なんという悪魔的な呪い!
ゾクッ!
近くから物凄い殺気を感じて振り向いてみれば、隣でサキが殺し屋のような目つきをして、俺とメアリーの方を睨んでいた。
こ、怖い。
そんな感じで、俺達が代表者同士で顔合わせをしていると、場内に魔法道具の拡声器を使ってアナウンスが流れてきた。
「レディースアーンド、ジェントルメンッ!これより、学園トーナメント一般公開試合を始めます!」
そして、状況は動き出した。
そういえばメアリーとリーゼの説明ってした事なかったなと思い出して慌てて追加描写です。




