学園トーナメント(7)
クリスの謎の逃亡からおよそ1時間後。
勝ったほうがクラス代表に選ばれる、4回戦の開始時間が間近に迫っていた。
3回戦での俺とクリスの一戦は、審判を含めて詳細は見られていなかった……はず(審判のシミラー教授には見られていたかもしれないが、何も言ってこないので気にしない)。
だから周りのギャラリーの視点では、『よく分からないが、クリスがアルベルトから逃げた』という結末の部分しか分からないわけだ。
そして当然だが、なぜ俺が勝利しクリスが逃げたのかを、皆が想像するのだが、その想像は大抵酷いものばかりだった。
………
………………
「アルベルトとクリスの試合の時に、すげー風吹いたじゃん。そん時にアルベルトがクリスを押し倒したらしいぜ」
「ゲッ、マジかよ。アルベルトってやっぱり男もイケる口だったんだな……」
「んで、急に襲われて動転したクリスが逃げたらしいぜ」
「でもクリスの方も満更じゃねぇって噂なんだがなぁ……」
「まぁどっちにしろ、あいつが男に転んでくれれば、俺にもサキさんやフェリシアさんとお付き合いできるチャンスが回ってくるかもな」
「お前……鏡見ろよ、鏡」
………………
………
俺の地獄耳には、そんなクラスメイト達の会話が飛び込んできた。
ちょっと待て!『やっぱり男もイケる口』ってなんだ、やっぱりって!
俺はノーマルだっつーの。
まぁ、色々あって4回戦まで来てしまったが、試合が始まる前に何かしらの理由を作って試合を棄権しよう。
ゲームでは、アルベルトは決勝に行ってなかったハズだ。もうすでにゲームとは大分違う選択肢を選んでしまっているっぽいので、こんな自分のバッドエンドに関わりが無さそうなイベントは、さっさとトンズラするに限る。
幸い4回戦の相手は、あの優等生のロベルトだ。
俺が試合を辞退しても誰からも怪しまれないだろう。
俺は意を決して教授に直談判するために教員控室の方に足を運んだ。
ーーーーー
「シミラー教授、お忙しいところ済みません。実は4回戦の事なのですが……」
シミラー教授は俺の予想通りに、教員控室にて煙草をふかして待機していた。
「お、アルベルトか。ちょうどお前に伝えなければならない事があったんだ」
「はい?」
クリスとの試合の事か?
俺は少しだけ身構えたが、シミラー教授から出た言葉は正直予想外のものだった。
「ロベルトから4回戦辞退の連絡が有ってな。理由を聞いても体調不良の一点張りだ」
「はい?」
「だからロベルトの不戦敗でクラス代表はお前に決まりだ。おめでとう」
「……………!?」
ば、馬鹿なッ!俺が辞退する前に相手に辞退されてしまった、だと!?
「周りの連中はごちゃごちゃ言うかもしれんが、俺は妥当な人選だと思っている。
まぁ、本戦にはあと数日の猶予があるから、心の準備だけはしておけよ」
こうして俺は、気がついたらクラス代表に内定してしまったのだった。
ーーーーー
この日の放課後。
サキの発案で、俺のクラス代表決定を祝うために、仲間内だけでささやかな祝賀会を開くこととなった。
参加メンバーは俺、サキ、フェリシア、クリス、そしてウィンディだ。
最初エドワードにも声をかけたのだが、用事があるとのことで断られてしまった。
意外とあいつ、付き合い悪いよな。
「御主人様のクラス代表決定を祝して……かんぱーい!」
サキの音頭でグラスを打ち付け合う。もちろん中身はノンアルコールだ。だって俺達未成年だし。
「御主人様、本当におめでとうございます!当日は二人で頑張りましょうね!」
圧倒的な実力でクラス代表の座をもぎ取ったサキが、ニコニコ笑顔で俺に酌をしてくる。
「私も一応代表なんだがな……まぁ話なんて聞いてないな」
ちょっと眉根を寄せたフェリシアが、サキの暴走にツッコミを入れている。
「あはは。あ、ぼくの方は今日友達とパーティーやるって言ったら、下宿先のおじさんがケーキを焼いてくれたんだ。良かったらみんなに食べてほしいな」
クリスは下宿先からケーキを貰ってきてくれたようだ。ラッピングされた色とりどりのケーキは実に華やかな感じだ。
先程、クリスに今日の3回戦での逃亡の話を聞いたら、なんでも戦闘服の衝撃吸収の部分に不具合があり、それが破裂したため、急いで修理に向かったとのことだ。
逃げるより先に、戦闘服を脱いだ方が早かったんじゃないかとも思ったが、まぁ、クリスにも色々と考えがあったんだろう。
「ん?どうしたのアルくん?」
クリスがこちらをジッと見てくる。
クリスの顕著な変化として、光属性に目覚めたことで、なんとなく髪の色が以前より青っぽくなった気がする。
まだ光属性のコントロールについては万全ではないみたいだが、上手く属性を手懐けられれば、サキやフェリシア並の魔法の使い手になれるだろう。
「……あら?このケーキってビストロ・フラッテのものじゃないかしら?」
フェリシアの質問にクリスがびっくりしている。どうやら当たりのようだ。
「フェリシア、そこの店って有名なのか?」
俺の疑問にフェリシアは首肯する。
「そうねぇ。クラスの子から聞いたのだけれども、基本は街の大衆食堂なんですけど、新しく入ったパティシエの娘が凄くケーキを作るのが上手みたいなのよ。
私も何回かクラスの子が買ってきたものを頂いたことがあるのですけれども、とても美味しかったと記憶しているわ」
そのフェリシアの賛辞に、クリスはちょっと困った感じに答える。
「あはは、新しく入ったぼくの同僚の女の子がとてもケーキ作るのが上手いんだよね!
まぁ、とにかく食べてみてよ。……あとできれば感想もほしいなぁ」
俺はとりあえずぱくりと食べる。
もぐもぐもぐ……うん、美味い。
モンブランのようなケーキで、口当たりのよいクリームの食感が最高だ。
「とても美味い!うちの家で毎日作ってほしいレベルだな!」
下町恐るべし。貴族でもあまりお目にかかれないレベルでのスイーツを提供するとは侮れないものだ。
うちの実家でパティシエとして採用してもよいレベルだと思う。
感想を述べたのに、クリスからの相槌がないなとふと思って、クリスを見てみると、顔を真っ赤にさせて、金魚のように口をぱくぱくと開けて驚いていた。
「ん?どした?」
俺の疑問にいち早く反応したのはサキだった。
「御主人様!そうポンポンとご実家の料理人を増やされても困りますよ〜!
一人増やすという事は、誰か一人には辞めてもらわなければならないんですからね!」
言われてみればサキの言うとおりだった。俺が浅はかだったな。
「アルくん!もうケーキは終わりだよ!」
驚きの表情から、今度は一転して、なぜか顔を真っ赤にして怒るクリス。そしてそれをみてガッツポーズをしているサキ。
一体何なんだこの状況は。
「うっまいのじゃ〜、うっまいのじゃ〜♪」
そんな騒動を無視して、唄を歌いながらケーキをぱくぱく食べるウィンディ。
こいつは本当に幸せそうだな。
しかし、サキはちょっとクリスを邪険にしすぎではないだろうか。
まぁ、お互いの仲が悪ければ、サキルートは消滅し、俺の死亡フラグが1つ消滅するメリットはあるのだが、それでもできれば2人には仲良くやってほしいなぁと思うのは、俺のワガママなのだろうか。
悩み事はあるものの、なんやかやで騒がしくも楽しいパーティーは、クリスが家の門限に危なく間に合わなくなるまで続いたのだった。
書き上がるそばから掲載しているので、整合性に不安が。
でも書かないと先に進まないジレンマ。




