図書館にて
俺が秘密結社憂国青年騎士団のリーダーを脅しつけ、結社を壊滅させてから1週間が過ぎた。
「アルくん、今日の放課後はどうしようか」
「アルベルト氏〜、落ちこぼれ同士、図書館で課題しようず」
俺の芝居が効きすぎて、クリスとエドワードが鬱陶しく俺に絡むようになってきた。
俺はぼっちではない。あくまでもぼっちの演技をしているだけだ。
「アルくん。ぼくが課題の手伝いをするよ」
クリスは落ち着いた穏やかな笑みを浮かべながら親しげに話しかけてくる。
カヌー沈没事故の後、クリスに対する結社の脅しは影を潜めたとのことだ。
クリスはどうもその事で俺に恩義を感じているらしい。
俺は確かに奴らと決着をつけるとは言ったが、別にクリスにその現場を見せた覚えはない。
結社の連中はどうも勝手に瓦解したようだ、とクリスには説明したのだが、あまり信じていないみたいだな。
まぁ、特段こちらに不利益はないから問題ないか。
「ではキマリであるな。いざ、図書館へ〜!」
中二病のエドワードがお腹を張り出して芝居がかった動きをしている。
ええい、恥ずかしい奴め。周りからくすくす笑いは聞こえてくるし、クリスは顔を羞恥に染めて俯いているし。
さっさと図書館に行くとするか。
ーーーーー
学園の図書館は、広大で威厳があった。
音楽堂の舞台を思わせる高い天蓋を持ち、背の高い壁面には所狭しとウォールナット材のような見た目の重厚で装飾性に富んだ書棚が並んでおり、多くの学生が梯子を登って本の抜き出しを行っていた。
俺達は閲覧コーナーの一角を占拠し、雑談をしながら、課題へと向かう。
「へー。クリスの母親は光属性の魔法使いだったのか」
雑談の中でクリスの実家についての話が出た。モブキャラといえどもそれぞれに人生があるのだ。
「……うん。ぼくの母さんと、数年前に家を出ていってしまった兄さんは、国内でも稀少な光魔法の使い手だったんだ。
でもぼくは光魔法を使えないし、普通の魔法もそんなに得意じゃないんだけどね」
まさかこんな近くに光魔法の関係者がいたとは驚きだな。
そう言えばゲーム主人公の母親も光魔法の使い手という設定だったはず。
ひょっとして、意外と光魔法の使い手っているのかもしれないな。
「アルベルト氏、アルベルト氏〜。我輩は闇属性に秀でているのダゼ」
「……まじ?」
今明かされる衝撃の事実。お前、闇って顔じゃねぇだろ。
ーーーーー
そんなこんなで俺は、悪役というよりかはモブみたいな扱いで学園生活をだらだらと、しかしそれなりに楽しく過ごしたのだった。
そして季節は水隠月(6月)に移る。
俺は未だにゲーム主人公に出会う事もなく、ゲーム開始1年目の重要イベントの1つである『学園トーナメント』を迎える事になってしまった。
「ご主人様、難しい顔してどうしたんですか?」
学園への登校中にサキが俺の顔色を窺ってくる。コイツはなんやかんやで、俺の気持ちを察してくれるからな。
「あ、もしかして男子寮で朝食のデザートにプリンが提供されない事を気にしているんですか?
アレって今年の生徒会長(女)が、いっぱいプリンを食べたいからっていうしょうもない理由で、無理矢理男子寮の分を女子寮に回しちゃったみたいですね。
……もしもご主人様がプリンを食べたいのでしたら、私の柔らかいプリンを提供しますよ……ベッドの上でですけどね!」
訂正。全く察してなかった。この脳内ピンク娘がッ!
「ちょっと貴方達、朝からなんて破廉恥な会話をしているのよ!
もっと学生の本分を全うして清く正しい学生生活を心がけなさいッ!」
後ろから俺達の登校に追いついてきたフェリシアが、サキとの先程の会話をこっそり聞いていたようで顔を真っ赤にして怒っている。
しかしフェリシアよ。かばんで俺をバシバシ叩くのは止めろ。ツンデレっぽい絵面のくせに、高い筋力が災いしてめちゃくちゃ痛いぞ。
「おい、フェリシア痛いぞ、止めろ、マジで、痛い!痛い!」
フェリシアに攻撃されている俺を尻目に、サキは周りをキョロキョロと警戒している。
「よし、今日はあの人来てませんね」
そう言って、ほうと胸をなでおろしている。
「あの人?……ひょっとしてクリスの事か?
あいつは今日日直当番だから先に行っているぞ。昨日帰り際に言っていたからな」
クリスは貧乏学生らしく、男子寮ではなく街で親戚の家に下宿しているらしい。
一度遊びに行っても良いかとエドワードと共に尋ねたことがあったが、断固拒否されてしまった。
なんでも下宿先で毎日バイトしているから、あまり自由時間がないとのこと。
今度こっそり冷やかしに行くかな。
「……私、あの人嫌いです」
サキが暗く呟く。
珍しいな。サキは人見知りをするので基本的に他人に対して無関心だ。だから明確に相手を嫌いと言うのはとても珍しい。
それにクリスは見た目も女顔の美少年であり、性格も人懐っこいわんこ系なので嫌われる要素は少ないと思うのだが。
「へぇ、サキが他人を嫌うなんて珍しいわね。あの子、私の目から見ても可愛くて良い子だと思うのだけれども」
フェリシアが不思議そうにサキに聞いている。俺も全く同感だ。
そんな俺とフェリシアに対して、サキは暗い目で呟く。
「乙女の勘と言いましょうか、何かが引っかかるのですよ。私にもなぜだかよく分かりませんが」
サキの口から乙女という単語が出てくるとは思わなかった。
しかし考えてみると、この世界って元は恋愛シミュレーションゲームなのだからそういった単語の方が自然なのかもしれないな。
「まぁ、俺の数少ないクラスでの仲間なんだ。あまり邪険にしないでやってくれ」
俺はサキとフェリシアとおしゃべりをしつつ、クラスへと向かうのだった。
次回更新は来週の予定です。




