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閑話 翡翠の剣士(2)

「リーダー、結局俺達は何をすればいいんですかい?」


 メンバーの1人、アクスがラルフに訊ねる。

 彼はメンバーの壁役の役目を担うファイターで、大柄な身体を持っているが、あまり頭は働かないタイプだ。


「……俺達はここから観戦だ。

 灰色(アッシュ)ドラゴンとは、依頼主が1人でやりあうらしい」


「マジっすか!?

 バカなのかすげぇのか、ちょっとわかんないっすね」


 アクスらしい率直な物言いだが、正直ラルフも同感だった。


「お、麓の方から人影が登ってきているな。

 ……あれが”大物斬り”か?」


 遠眼鏡をシュミットが指し示す方向に向けるラルフ。


 捉えた。


(……女?)


 遠いので細部は分からないが、異国情緒のある裾の長い独特の衣装に口元をすっぽりと覆う長いマフラー。


 そして長い翡翠色の髪を後頭部にて無造作に束ね、背中には東の国の連中が好んで使うという曲刀を背負っている。


 女は気安い感じで、軽快に灰色ドラゴンの巣穴へと近づいていく。


 すると接近に気づいたのか咆哮(ほうこう)を上げながら灰色ドラゴンが巣穴から出て女の方に突進していった。


 灰色ドラゴンは4足歩行の巨大な蜥蜴(トカゲ)のようなスタイルをしており、全長が5~10m程度の巨大な肉食モンスターだった。


 近づけば近づくほど、巨大なドラゴンとちっぽけな女との対比が酷くなる。


(本当にやれるのか?)


 さしものベテラン冒険者のラルフといえども、この勝負の行方についてはとんと予測することができなかった。


「ギャァァオォォォ!!」


 灰色ドラゴンは、相当距離を離している”駿馬の稲光”のメンバー達にもよく聞こえる程の大きな咆哮を上げて、女を威嚇している。


 女は灰色ドラゴンの迫力のある突進にも欠片も動じずに、ゆっくりと背中に括り付けられていた曲刀を外し、両手で構える。


 その直後、それまで威勢良く突進していた灰色ドラゴンが急に制止した。


 女は正眼の構えのまま動かない。


「ギャッ、ギャァァオォォォッ!!!」


 何かを振り払うように、灰色ドラゴンはひときわ高く吼えると、突進を再開。そして女の眼前に迫ると大きな顎門(あぎと)を開き、女に牙を突き立てる!


「ふっ……」


 女はその高速度で迫る竜の顎門(あぎと)を、後方に軽くバックステップする事で難なくかわす。


 ガキン、と竜の牙の噛み合いで鋼同士をぶつけたような大きな音が周囲に甲高く響く。


 そしてその残響の余韻に浸る間もなく、一転して灰色ドラゴンの上空へとひらりと舞い上がった女は、撫でるようにその曲刀を竜の(くび)へと添えた。


 ブシャッ!!


 刹那、間欠泉の如き血飛沫が冗談のように竜の頸から溢れ、重力に負けた竜頭が首から滑り落ち地面を殴打する。


 流れ落ちる大量の血液と自身の首が地面に倒れ伏しているのをようやく認識したのか、残った胴体も、そのコントロールを喪い、重たい地響きを立てながら地面に這い蹲るのだった。


ーーーーー


(嘘だろ……?)


 目の前で見たにもかかわらず、ラルフの脳は眼前の光景を受け入れるのが難しかった。


 灰色(アッシュ)ドラゴンは竜種の中では劣等(レッサー)種に分類されるものの、それでも人間が簡単に太刀打ちできるレベルのモンスターではない。


 それをここまで易々と(ほふ)られるのを見ると、自分のこれまでの常識がガラガラと崩れてしまうのを感じた。


 ラルフだけではなく、他のメンバー全員も暫し呆けてしまっている。


 そんなことはつゆ知らず、女はその後、灰色ドラゴンの心臓を曲刀でえぐり出すと、何かの儀式を始めていた。


ーーーーー


 少しの時間を置き、多少は自分を取り戻した”駿馬の稲光”のメンバー達は、己の職責を全うすべく、ぞろぞろと女に近づいていった。


 女はちょうど何かの儀式が終わったところらしく、崩れた竜の心臓から何か光るものを取り出している。


(……魂宝石?)


  魂宝石とは、生きのいい大型の魔獣の心臓(コア)から魔法で精製される魔力結晶の事だ。

 大きな魔力を内包しており、これを動力とした魔法装置等が古代帝国時代にはよく作られたらしい。


 つまりこの女は魔法剣士なのだろうか。


 冒険者達の接近にはとっくに気づいていたらしく、女はゆっくりと彼等に向き合い、軽く会釈をしてくる。


 儀式の邪魔になったのかマフラーを外していた。だから顔をよく確認する事ができた。


 やはり女だった。しかもすこぶる美人だ。


 年齢は分からないが、10代後半の少女にも見えるし、もっと上の女にも見える。


 服越しにも分かる蠱惑的なスタイルや、大きく吸い込まれそうな緑の瞳がとても印象的だった。


「お、おいリーダー!」


「……!っとすまねぇなお嬢ちゃん」


 年甲斐もなく見惚れていたらしい。


「……いえ」


 鈴を転がすような小さな、ただし可憐な声だ。冒険者なんてさっさと辞めて色街にでも出れば、大夫としてさぞ人気が出るのではなかろうか。


(おっといけねぇ)


 まだ半分毒されている。頭のスイッチを切り替えて仕事モードに移る。


「お嬢ちゃん。ギルドの方から話がいっていると思うんだが、俺達はここの後始末を任された”駿馬の稲光”だ。

 灰色ドラゴンの討伐はしっかりと確認させてもらった。

 なんか他に俺達に聞いておきたいことはあるかい?」


 ラルフの言葉を聞き、暫し黙考していた女だったが、やがてふるふると首を横に振る。


「……そうかい。そんじゃお嬢ちゃん達者で……」


 ギャァァァオォォォォウゥゥゥゥゥ!!


 ラルフは言葉を最後まで言えなかった。

 何故ならば、一瞬でそんな余裕が無くなったからだ。


「あ、あれは紅玉の(ルビー)ドラゴンッ!!」


 突然、災厄とも表現されるモンスターが襲来してきたのだった。

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