閑話 天の座にて
「恥ずかしながら自分、帰ってまいりました」
天の座に戻った風の女神は、その場にいた他の女神達に頭を下げた。
「あ~、べるべる帰ってきたぁ~」
そう言ってヴェルテに抱きつく水の女神。
「本当に迷惑かけられたんだから、今後はしっかりしてよね!」
腕を組んでそっぽを向くのは火の女神だ。
「でも~、イグニさんはヴェルテが居なくてとっても寂しそうでしたよ~?」
ぽやや~んとしている割には、結構鋭い突っ込みを入れる土の女神。
「ソーリ、イグニはツンデレ。可哀想だから黙っていてあげて?」
「思いっきり、言ってるじゃないの!」
ぼそぼそと追い討ちをかける闇の女神に、頬を朱くして突っ込みを入れるイグニ。
「まぁまぁ、これで私達全員が揃ったんだ。良かったじゃないか!」
はっはっはと朗らかに笑うのは光の女神だ。
この6人の女神こそが、父たる創造神がいないこの世界を支えている、6大女神そのものだった。
「んで~、べるべる~。地上はどだったの~?」
エミューは旅行から帰ってきた人に聞くように、軽い感じでヴェルテに直球の質問を投げかける。
「そうねぇ……とりあえず素敵な彼氏ができました!」
「え?え?恋バナぁ~?恋バナなのぉ~!?」
ヴェルテとエミューの会話に、唐突に横から興奮気味に食いついてくるソーリ。
「……まさかあの面食いで奥手のヴェルテが男をゲットしてくるなんてあまりに予想外。これはきっと天変地異の前触れ」
基本的に無表情なオスクも流石に驚いている。見た目はあまり変わっていないが。
「彼ね、落ち込んでる私を優しくハグしてくれたり、時には力強く『俺を信じろ』って、
情熱的にキスしてくれたりして最高だったの!
……そしてね、エッチの時は……もぉ~恥ずかしすぎてこれ以上は私の口からは言えないよぉ~!」
ヴェルテは顔を真っ赤に染めて伏せってしまう。
「なにそれ、なにそれ~!しんどい!しんどいよぉ~!!」
ゴロゴロと床を転がるエミュー。彼女はこういう話が大好きだった。
「ちぇー、俺達が心配してたのに、ちゃっかり男作ってくるなんてヴェルテは意外と抜け目のないヤツだったんだなぁー」
イグニは色気よりも食い気な、お子様な性格なので、あまり男の話題には興味がなかった。
「でも、男作っても天の座には連れて来れないだろ。どうすんだよ?」
それでもやっぱり少しは関心があるようだった。
「まぁ、プランは2つね。
1つ目の案は、1回私が受肉して、地上に1人の女として降り立って、彼の子供を産んで、ラブラブに過ごして、彼の最後を看取ったら、一緒に魂を天界に持ってくるの。
天の座は私達6人しか入れないけど、下の方だったらまだまだ一杯区画があるからね」
夢を語るヴェルテに対して、眉をひそめたラナが注意する。
「精霊界とかを下の区画とか表現してしまうヴェルテの絶望的な言葉のセンスには脱帽だね。
でも1つ目の案は却下。ヴェルテが地上に行っちゃったら、私達がまた困るだろ!みんなしばらくは下界へ行くの禁止だからね!
……で、2つ目の案は?」
「諦めて彼が死んだら魂だけゲットね」
「まぁ、そこらへんが無難な線なんじゃないかなぁ」
「そうね」
「私もそう思う」
女神達にとっては、人間の生死というのはただの状態変化に過ぎないわけであまりこだわりがないらしい。
「しかし不思議。ヴェルテ、なんで彼にそこまで惹かれたの?
彼氏がイケメンだった事や、状況の吊り橋効果は関係ありそうだけど、以前のヴェルテを考えると決定打とは正直思えない」
オスクが冷静に突っ込むと、ヴェルテは腕を組んでうーんと考え、はたと何かに気づいたように手をポンと叩く。
「んー、彼とくっついているとね、何か懐かしい感じがしてとっても落ち着くんだよね」
「懐かしい感じ?」
「よくはわからないんだけど、何かそんな感じがするの。……多分、お父様の感じがちょっとする……みたいな?」
「そういえば~、べるべるはファザコンだったね~。
ふ~ん……でも不思議~人間なのにお父様の気配があるなんて~」
「はっはっは、まぁいいじゃないか。とりあえず全員揃って無事に世界の結界は万全な状態に戻ったんだ。
……結界の外でずっとこちらの様子を窺っていた誰かも離れたようだし、今日はヴェルテの帰還パーティーと洒落込もうか!!」
「「「「「いーぎなーし!!!」」」」」
エミューはアルベルト自身に少し関心を持ったようだったが、ラナのとりあえずパーティーしよう宣言で有耶無耶になってしまった。
この時、もう少しアルベルトの素姓について女神の力で調べておけば今後の展開が変わったのかもしれないが、女神はあまり人間に興味がないためスルーされてしまったのだった。
ーーーーー
天の座より遙か彼方のとある空間にて、フードを深く被った者が腕を組んで佇んでいた。
「天の座が安定状態に戻ったか。これは父上の遺した預言の書にはない事態だな。
これでは天の座の結界を破って地上に顕現するのは難しいか」
フードの中からは若い張りのある女の声がした。その口調にはどこか傲岸不遜の響きがあり、王者の貫禄が漂っている。
「だが……ふむ、我の撒いた種と複雑に運命の糸が合わさり、世界の行く末は我の力をもってしてもこの先を見通すこと叶わぬわ」
フードの女は踵を返すと、空間に溶け込むように姿を消していく。
「まぁ、いい。今はこのもつれた糸がどう進むのか見届けようぞ。何と言っても我は時を司る女神であるからな」
くっくっくと不敵に笑い、時の女神を名乗る女は、完全に空間の中へと姿を消すのであった。
来週もう一つ閑話を投下します。
 




