アルベルトくん14歳。エピローグ(2)
サル・ロディアス遺跡(?)の入り口は施錠されていたものの、きちんと警備のおっさんが立っていた。
「良かった、人がいた!
おーい、おっちゃん。ここはサル・ロディアス遺跡で、今は聖王国暦の256年で合っているかい?」
笑顔で問い掛けたにもかかわらず、呆然とこちらを凝視するだけで、おっさんからの返事がない。
あれか。女からの声掛けじゃないと反応をしないタイプの人なのか。
仕方がない。ここはサキにお願いしてお色気路線で話しかけてみるか。
そんなことを考えながら次の一手を考えている時、
「で、出たぁァァァッ!!」
と、俺たちを見て固まっていたおっさんが、一瞬で表情をひきつらせ、一目散に入り口横にある施設の中へと駆けだしていった。
おいおい、逃げられると困るだろうが。
その後は、待てど暮らせど警備のおっさんは戻ってこない。
仕方がないから扉をぶっ壊して遺跡の外に出ようかなと考えていたら、なんと俺の屋敷で働いているはずの執事が、先ほどのおっさんと一緒に施設の中から現れたのだった。
「坊ちゃま~!ご無事でなによりですぞ~!」
おいおいと泣き始める執事。そしてフェリシアの方も家の人が来ているみたいだな。
泣いている執事をなだめすかし、何とか話を聞いてみると、どうやら俺達が遺跡に取り込まれた後、元の世界では大事になっていたらしい。
詳しい話を聞いたら、こちらの世界もあちらの世界と同じだけ時が進んでおり、大体1ヶ月間くらいの時間が経過していたとのことだ。
そして一向に帰ってこないフェリシアの安否を心配したローティス家では、別の冒険者グループを新たに雇い、彼女の行方を探索させたのだが、見つかったのは護衛の金等級の冒険者達の遺体だけだったというわけだ。
その結果、事態を重く見たローティス家では、遺跡全体への冒険者の立ち入りを禁止にし、自領の軍を派遣する方向で調整していたとのこと。
仮に軍隊がこの遺跡に投入された場合、相当な死傷者が出ていただろうな。
このタイミングでの俺たちの帰還は、ギリギリでムダな殺生を抑える事ができたと解釈すべきだろうか。
しかし解せない。箱入りっぽいフェリシアんとこはともかく、サルト家では今までも1ヶ月以上放浪していたことなんてザラにあったのに、どうして今回だけこんなに手厚い対応なのだろうか。
サキに理由を聞いてみたら、簡単にネタ晴らしをしてもらえた。
どうやら俺が放任主義だと勝手に思っていただけで、実際はサキがこまめに実家へと俺の動静確認のレポートを送っていたらしい。
まるで外付けのモラル判定装置のように、俺がどんな女に声をかけていたのか等、プライバシーなんて知ったことではないとばかりに、赤裸々な活動報告をあげていたようだ。
「サキ。今後は報告内容について俺に一度確認をとるように」
「善処します」
俺は真顔でサキに注意を促し、サキも真面目に返事をする。
だが長年、一緒に行動している俺には判る。こいつ、改める気がないな、と。
これ以上問答しても暖簾に腕押しだろう。仕方なく俺は別の話題を出した。
「しかし、本当に今回は大冒険だったな。
終わってみると、もう女神様やウィンディに会えない事を淋しく感じるよ」
「女神はともかく、ウィンディさんと会えなくなるのは今となってはちょっと寂しいかもしれないですね」
「まぁ、翡翠丸もパワーアップしたし、あちらでの経験も無駄にはならなか……んん?」
刀がやけに小さくて軽い。しかも細かく見ると、ディテールがかなり適当なのだ。
何というかそこはかとなくバッタもの臭い。
「おかしいな。翡翠丸ってこんな刀だったか?」
「……私、あまり翡翠丸さんに興味がなかったものですから、違いは分かりませんね」
不思議に思い、翡翠丸に繋がっている魔力鎖に魔力を通してみるが反応が返ってこない。
これは絶対におかしい。
今度は刀を撫でてみる。すると「うひゃっ!」っと子供のような声が刀から聞こえてきた。
「………………」
「………………」
刀から謎の汗が出ているが俺は気にしない。
俺は刀をひたすらくすぐり続けた。
「あ、あひゃ、あひゃひゃひゃひゃ!
や、やめ!止めるのじゃあッッ!!」
ボンッと音がして刀が姿を消し、替わりに緑髪の幼女が現れた。
「お前、途中から分かってたじゃろ!
分かっていながら、くすぐりを継続したじゃろ!!」
ぷんぷん怒るウィンディ。そう、翡翠丸ではなくウィンディだ。
「……おい、ウィンディ。なんでお前ここにいるんだよ。
お前、女神様に天界へと連れて行かれただろうが」
「ふふん。ボンクラ女神は確かにワシを天界へと引っ張って行きおうたわい。
じゃが……誰が『全ての』ワシを天界へと連れて行かれたと言った?」
「何?」
「そう。ワシこそ風の精霊王の1%の分御霊ウィンディである!
ワシクラスの大物になるとこんな高度な技も使えるのじゃよ。さぁ、存分に褒めるが良いぞ!」
無い胸を反らし、高らかに笑っている幼女に対して、俺は静かな声音で問いかける。
「なぁ、ウィンディ。一つ聞きたいんだが良いか?」
「うむす。ワシとお主の仲じゃ。聞いてやろうぞ」
「1%の分御霊ってことだが、能力的には完全体と較べてどうなんだ?」
「無論、精霊力も比例して1%くらいじゃし、完全体の時ほどには自然への干渉とかもできんのぉ。
しかしマイナス面ばかりではないぞ。何と言っても維持に必要な魔力は小さいし、ワシのこの明晰な頭脳は変わりなく使えるのじゃから、まさに鬼に金棒!
お主は本当に幸せ者じゃのう」
何が楽しいのか、コロコロと鈴が鳴くように笑うウィンディ。
こいつに残されたのは小さな精霊力と空っぽの脳味噌だけか。
完全に穀潰しじゃね?
とはいえ、野放しにするとどんな騒動を起こすか分からないし、腐っても精霊王だからどんなイレギュラーな事態を引き起こすかも分からない。
「というわけで、我が相棒よ。これからも頼むぞい」
……まぁサル・ロディアスでは世話になったからな。仕方がないので宿主としてこいつが飽きるまでは面倒を見てやるか。
隣からサキの無言の圧力を感じるが、気にしない。
悪いのは俺ではない。コイツである。
「そういえばウィンディ。翡翠丸はどうしたんだ?」
「んー、あやつはこの世界に戻る時に、お主の鞘から勝手に出て行ったぞい。
じゃからワシがちょっと失敬してお主の刀に成りすますことができたんじゃがな」
「あー、そうかー。そういえば人工精霊は意思がないから刀に留まっていたんだったな。
つまりアイツは意思を持ってしまったから、俺の下から離れたって事なのかな?」
「んー、一概にそうとは思えんかったが、まぁ、ワシにも分からん。
精霊は気まぐれじゃからな」
「お前が言うと説得力あるな」
ウィンディはうーんと伸びをすると、唐突に俺の肩によじ登ってきた。
「さて、再会祝いに美味しいものが食いたいのぉ。お前様、頼むぞい」
「いきなり食い物の催促かよ……」
こいつは本当に自由だな。珍しくサキも何かを言うのを諦めたようだ。
執事からは、どこでそんな子供を連れてきたのかと訝しげに聞かれたが、俺は曖昧に答えを濁した。
だってこんな所に精霊王がいるなんて普通言えないだろう。




