アルベルトくん12歳。暗き森の死闘(後編)
ドゴーンッ!!
「ちっ!」
威勢良く啖呵を切ったはいいが、やはりキングベアは強敵だ。
カンテラを持つ俺が狙いやすいと踏んだのか、キングベアは目標を俺に変えてきた。
そのため今は俺と1対1でやり合っている状況だ。
「”風刃”!!」
牽制で風の刃をキングベアに叩きつけるが、その硬い毛皮に阻まれて表面を浅く傷つけるだけだった。
もう少し落ち着いて呪文詠唱できるならば”風刃”の上位魔法である”烈風刃”が使えるのだが、それでも急所に当てなければ一撃で倒すことはできないだろう。
もし、しくじれば単に大幅に精神が削られるだけで逆にこちらが苦しい立場になってしまう。
向こうも知能はあまり高くなく、本能で鉤爪を振るうだけなので今はまだその攻勢を小剣か魔術で充分に凌げている。
だが、怪物と俺とではその体力の差や緊張状態に対する耐性の違いから長期戦は俺の側に不利となるだけであり、なんとか活路を見出そうと気ばかり焦る状態だった。
─────
(このままじゃお兄さん死んじゃう!)
出会ったのは短い時間だったが、その少年の誠実な行動と言葉に少女は胸を焦がす想いがあった。
強力なキングベア相手に一歩も退かず、彼女の国に伝わっていた伝説の戦士さながらに少年は小剣と魔法を駆使して戦っていた。
しかし現在はなんとか均衡を保っているものの、徐々に少年が紙一重で回避するケースが増えてきており、援軍のない現状では長期戦はこちらに不利になってしまうのは明白だった。
少女は少年と同じ懸念を持っていた。
(明らかにお兄さんは何かを狙っている。でもきっとそんな余裕がないからジリ貧になっているんだ。だったら私がなんとか隙を作らなきゃ……)
決意を固めた少女は胸元にある小さな宝石を握りしめる。
(天国にいるお母様。どうか私に少しでもいいから力を貸してください)
少女は駆け出した。
─────
(クソ、ジリ貧だ)
キングベアとの戦闘を始めてすでに10分は経っていた。息が上がっている。
ふと一瞬意識が横に逸れた瞬間にキングベアは突進してきた。
太い木々も簡単になぎ倒すキングベアの鉤爪を、魔法で強化した腕力に握った小剣でなんとか受け流す。
だが総てを流しきれず、胴体に小さなひっかき傷を貰ってしまう。
体勢が崩れたこちらに追い討ちをかけるべくキングベアが逆の手で更なる鉤爪を振るってくる。
「”風刃”!!」
たまらずゼロ距離で風の魔法を叩きつけ、キングベアとの距離を無理やり大きく開けた。
(今のは危なかった。ちょっとでも対応が遅かったら死んでいた……!)
もうあまり魔力が残っていない。
キングベアも大きく息を吐いており、身体からも多量の出血が見られるが、こちらに較べればまだまだ余力がありそうだ。
長い小競り合いの間に相手の急所を見つけることはできたが、今度は魔力に余力がなく、恐らく”烈風刃”を放った場合、精神が限界を迎えて俺は気絶してしまうだろう。
今ならまだ俺だけなら逃げられる。
そう考えた直後、苦笑が漏れる。
なぜならばそれは言葉だけで全く実行する気にならなかったからだ。
彼女の村のことは知らないし、多分少女と出会わなければ気にも留めなかったし、今でも多分大して思い入れはない。
だが少女のことは?
答えは簡単だ。何としても助けなければならない。
だから一か八か。
差し違える覚悟で”烈風刃”を放とう。
まさかゲーム以前にこんなとこで死ぬ運命が待っているとは夢にも思わなかった。
でも後悔はない。
少女を助けるために命を懸けることは、多分正しいことだ。
そうして覚悟を決めた俺は詠唱を始めた。
─────
(届け!届け!届け!)
私が隙を作ろうと飛び出した直後、お兄さんは目を瞑り呪文の詠唱を始めた。
大きな魔力のうねりを感じる。
(お兄さんは死ぬ気だ!)
私は全力でお兄さんに向かって駆け出す。
(バカ!さっきは死ぬつもりはないとか言っていたのに嘘つき!)
お兄さんとキングベアの間には結構な距離があったけど、多分呪文の詠唱は間に合わない。
だからお兄さんはきっと刺し違えてでも魔法を使うつもりなんだ。
私は魔法の訓練を受けてないから充分な威力の魔法を放つことができない。
でも死んだお母様から譲り受けたこの宝石を使えば少しだけ魔法を使うことができる。
(お母様、私に力を!)
「”氷壁”よッ!!」
それはとてもとても小さな氷の壁だった。
それでもキングベアの脚を引っかけるには充分な大きさと強度を持っていた。
ドガシャーンッ!!
急に現れた氷壁に躓き、派手に地面を転がるキングベア。
(やった!)
砕け散る宝石をそっと胸に抱き締めながら、少女は自分の魔法の成果を見届けた。
(お兄さん、後は頼みます!)
少女は熱い信頼の眼差しで少年を見つめ続けた。
─────
派手な音にも集中力を乱すことなく”烈風刃”の詠唱を続けたアルベルトは、詠唱の終わりが近づいたことから、そっと目を開けた。
一撃貰う覚悟を決めていたのに何故か無傷なのを不思議に思いつつ、標的のキングベアを凝視する。
そこには無様に転けているキングベアがおり、何故転けているかは解らなかったが、チャンスであることには変わりない。
ヨロヨロと起き上がるキングベアは、俺の至近で急所である喉を曝していた。
「”烈風刃”ッッ!!!!」
音速を超える暴風の弾丸がキングベアの喉を容赦なく抉る。
余りの至近からの一撃にキングベアは腰を浮かして仰け反る。
「でやぁぁぁぁァァッッ!!!」
俺はまだ体に残っている筋力増強の魔術の残滓を振り絞り、全身全霊で小剣をキングベアの喉に突き刺した。
キングベアは一瞬ビクッと身体を痙攣させたあと動かなくなった。
それを確認した俺は一気に身体から力が抜けてしまい、そのまま倒れ込んだ。
その時、少女の声が聞こえたような気がしたがもう力が入らず、すぅっと意識を失ってしまった。




