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アルベルトくん14歳。風の女神(10)

 気を取り直して、俺とヴェルデは、サルヴェリウスさんの戦いの場面の続きを見ることにした。



 赤毛の大男にけしかけられた蛮族の兵士2人が、同時にサルヴェリウスさんに襲いかかる。


 サルヴェリウスさんは、左の兵士の剣を自身の細剣で弾き飛ばし、同時に右の兵士の剣を頑丈そうなブーツで蹴り上げていた。


 そして、たたらを踏む左の兵士の喉に流れるような動作で細剣を差し込む。


 左の兵士は痙攣を起こし倒れたが、同時に細剣も持って行かれてしまう。


 無手になってしまうサルヴェリウスさん。


 それを好機と見てとったのか、先ほどブーツで蹴られていた右の兵士が、両手で長剣を握り振り下ろしてくる。


 サルヴェリウスさんは咄嗟に重心を前に倒し、兵士に接近する。


 剣の間合いが外されて、兵士は軽い裂傷しかサルヴェリウスさんに与えることができなかった。


 そして直接相手の息がかかるほどの近接の間合いに接近したサルヴェリウスさんは、脚の頑丈なブーツを相手の膝関節に蹴り込み、無理矢理兵士のバランスを崩すと、掌底で相手の顎を強打し、地面に叩きつけていた。


 瞬く間に兵士2人を無力化してみせたサルヴェリウスさんの技量を見て、ニヤニヤ笑いしていた赤毛の男は表情を引き締める。


「すげぇな兄ちゃん。戦場でこんな曲芸じみた業を実際に使いこなせるなんて大したヤツだぜ」


「なに、大したものではないさ。戦場というものは一寸先は闇だ。その事を忘れ慢心し、魔法の武器に頼り切って敵を侮り、滅亡の危機を迎えている今の我が帝国では、なんの自慢にもならんよ」


「じゃあ帝国じゃなくてあんたに敬意を表して名乗らせてもらおう。

 ……ラ・ゼルカ国騎士団ミジュール先遣隊副長”獣戦車”バルガス。推して参る!」


「サル・ロディアス市政庁主席執政官サルヴェリウス・ローティス。いくぞ!」


 剣の儀礼的な構えを解いた2人が激突する。


 まさに剛と柔のぶつかり合いだ。肉厚の両手持ちの大剣をその(りょ)力でもって自在に振り回すバルガス。


 一方サルヴェリウスさんは、細剣と大剣とが直接ぶつかり合うのを避けて、相手の重心を逸らす動きに注力し、闘牛士(マタドール)のように巧みにバルガスの攻撃をいなしている。


 そして時折鋭い突きを放つものの、バルガスのその身体の大きさに見合わない素早い身のこなしと厚い筋肉の鎧のせいで、有効打を与えることができていなかった。


「へっへっへっ、嬉しいねぇ。最近の帝国のなまっちろい連中は歯応えがなくていけねぇ。

 本当に藁を斬っているみたいに面白くなかったんだが、あんたは違う。

 実に噛みごたえがある嬉しい獲物だぜぇ」


「私は君の話が不快だよ、バルガス。君の話は常に誰かを殺したという話しかないからね」


 お互い必殺の間合いをさぐり合っている。こちらにまでじりじりとした殺気が伝わってくるようだ。


 ヴェルテはビビって完全に腰を抜かしているような状況だが、視線は逸らしていない。良い子だ。


 幾合かの打ち合いの後、サルヴェリウスさんが長い詠唱を始める。そしてバルガスも剣をトンボの構えにして、闘気を高めている。


「これだけの期間俺と打ち合えたあんたを讃えよう。だが見たところその細い剣は間もなく折れそうだ。

 ならば邪魔が入らない内に必殺の剣にて決着をつけさせてもらう!」


「私ももっと余裕で事を為す予定ではあったが、些か時間をかけ過ぎたようだ。

 地下に避難している市民の安全のためにも早急に決着をつけるとしよう」


「おいおい、そんな重要な情報を俺に教えて良いのかい?

 有り難くあんたを殺した後で、楽しませてもらうとするかねぇ」


 下卑た笑いを浮かべるバルガス。


 それを不敵な笑みで迎えるサルヴェリウスさん。


 先に勝負を仕掛けたのはバルガスだった。


 野生の肉食獣さながらに、獲物へ向かって一直線。


 動きは単純だが、それ故に小細工で避けることが困難な必殺の動きだ。


 サルヴェリウスさんは動かない。


 そして────交錯!!


 ザシュッッ!!


「あっ!」


 思わずヴェルテが声を挙げる。


 空中に舞う、バルガスによって斬り飛ばされたものは、細剣を握り締めたままのサルヴェリウスさんの右腕だった。


 サルヴェリウスさんは紙一重の動きで正中線を避けて右腕だけを斬られたようだ。


 正直、回避に全力を注げば今の攻撃は避けられたはず。


 つまりサルヴェリウスさんの狙いは───


「ふふ、捕まえました……」


「ぐっ……ガガッ…………」


 紫電を纏ったサルヴェリウスさんの左手(・・)が、がっちりとバルガスの頭部を掴んでいる。


 切断された肩口から大量の血を滴らせ、脂汗を浮かべながらも壮絶な笑みを絶やさないサルヴェリウスさん。


「この魔法は相手と接触をしないと使えないものでしてね。

 余力もありませんからさっさと勝負をつけさせてもらいます。

 ……ローティスの名において命ず。闇の精霊よ、彼の者の心を奪え”精神奪取”!!」


 サルヴェリウスさんが魔法を唱えた瞬間、サルヴェリウスさんの精神体が魔法の蛇に変化して、サルヴェリウスさんの左手を経由してバルガスの身体の中へ侵入していくのが幻視された。


 どさり、とサルヴェリウスさんの身体が地面に倒れ込む。

 だがそれはすでになにも入っていない肉の器に過ぎない。

 何故ならばサルヴェリウスさんの魂は、今バルガスの身体の中で激しくバルガスの魂をむさぼり食っているところだったからだ。


 仁王立ちして激しく痙攣していたバルガスが静かになる。

 彼の身体の中でなにかしらの決着がついたようだ。


「ふう。なんとか成功しましたね。制約も多く色々とリスクが高い魔法でしたが、賭けには成功したみたいです」


 誰にともなく呟くバルガス。


 その時、丁度扉が開き、蛮族の別の兵士達が部屋に入ってくる。


「バルガス様!建物の中はもぬけの殻っす。どうしましょうかね?」


「……よし。

 ここまで来るのにチョイと俺達の部隊の補給線が延びきっちまった。

 襲われたらたまらねぇから一度本隊に合流するぞ!」


「へいっ!」


 そうして慌ただしく部屋から出て行く兵士達。


 室内には倒れ伏したサルヴェリウスさんの遺体があるだけで静かなものだった。


「執事よ。もう出てきて大丈夫だ」


 ごつい声質に不似合いな紳士的な声で、誰かに呼びかける。

 すると部屋の隅にある暖炉の中の隠し扉から、1人の老紳士が出てきた。


「おいたわしやサルヴェリウス様……我等が不甲斐ないばかりにそのようなお姿になることに……」


 さめざめと泣く執事に対して、バルガスの姿をしたサルヴェリウスさんはピシャリと言う。


「泣くのは後だ。私はこれから蛮族どもの指揮官として行動し、なんとかお前達の脱出の時間を稼ごう。

 お前達は事前の打ち合わせの通り、都市のセキュリティ設備を稼働させた後に夜を待ち、東門から脱出するように」


「ははっ!……それとサルヴェリウス様、御身の身体はいかが致しましょうか」


「……これはバルガス()の手柄として利用する。回収はなしだ」


「無念……誠に申し訳ありませぬ」


「だから泣くのは後だ。迅速に行動しろよ」


「はっ!」


 そしてサルヴェリウスさんは部屋の外に、執事は隠し扉の中へと進み、それぞれ行動を開始したのだった。

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