アルベルトくん14歳。風の女神(8)
今回、切り場所の関係で短いです。
代わり映えのしない風景に目もくれず、俺は黙々と歩き続ける。
すでに何日歩き続けたのか分からないほど、ただひたすらに前だけを見据えて歩いてきた。
ずっと歩き続けているにもかかわらず、空腹や睡眠欲は感じない。
多分精神だけの存在になっているからなのだろうか。
ただし精神的な疲労が酷い。目を瞑って倒れ伏したくなる。
だが俺は疲労を無視し、ひたすらに歩き続ける。
ーーーーー
…
……
………………
一体どれだけ歩いたことだろうか。
歩き始めて何日か経過していると思うのだが、時間の感覚が薄れてきており、もうすでにどれほど歩いてきたのか見当もつかない。
ふと自問する。
俺は果たして、本当に死にたくないという理由だけで、こんなに頑張っているのだろうか、と。
そして即座に否、と考える。
走馬灯のように、旅の仲間達の顔がよぎる。
腰に手を当て、偉そうにふんぞり返っているウィンディ。
こちらを指差し、風紀委員のようにガミガミと説教をしているフェリシア。
ぼうっとしつつこちらに薄く笑いかける翡翠丸。
そしてピーンと黒髪の中から獣耳をそばだてて、ニコニコ笑いながら駆け寄ってくるサキ……
彼女等をこの世界で失いたくない。
……そうか。結局俺は彼女達を救いたいと思ってこんな無茶を今しているのか。
彼女達のことを”死亡フラグ”とか言っている割に、一緒に行動を続けているのは、つまるところ好意に根ざしているというわけか。
己の行動指針が明確になったため、足取りは軽くなった。
さぁ、再び歩き続けよう。
俺達の未来のために。
ーーーーー
とぼとぼと歩く。
周囲はすでに牧歌的な風景が消え、ただ闇だけが広がっている。
とぼとぼと歩く。
足下にもすでに道はなく、方向感覚もなくなっていた。
それでもとぼとぼと歩く。
何もない虚無が世界に広がっている。
でもやはり、とぼとぼと俺は歩くのだ。
そして幾星霜、那由多の旅路の果てに。
俺は再び女神と会えた。
「………………」
俺の目の前には女神がいる。
ただし、以前のような強烈な魔力は感じない。
薄暗い空間の中で、あまり大きくない身体を小さく丸め、膝に額を押し付けて体育座りをしている。
長い緑の髪が簾のように、生まれたてのままの姿をしている女神の白い肌に沿って流れていた。
「女神様」
俺の問い掛けにビクリ、と反応するものの女神は姿勢を変えない。
「女神様」
再度の呼びかけにも反応しない。
「女神様」
三度目の呼びかけで、おずおずと頭を上げこちらをぼんやりとした眼差しで見つめてくる女神。
その表情は暗く、涙でぐしゃぐしゃになっており、目許が涙で真っ赤に腫れ、元の美貌が台無しだった。
「……どうしてここまで追ってきたの?」
女神が小さな声で俺に問うてくる。
「そりゃあ女神様に魔法を解除してもらって、俺達を元の世界に戻してもらう為ですよ」
「そうね、そうよね……それが正しい選択、だよね……
……でも……それでもやっぱり、私……怖いの。魔法を解除したあと、都市が滅ぶのを見るのが凄く……怖い」
サル・ロディアス市で初めて出会った時のような威厳は最早なく、幼い女の子のように、弱々しい声音で女神は素直な心情を吐露している。
「では俺が一緒に見ていてあげますから」
そんな女神を俺は演技ではなく、助けてあげたいな、と思った。
「あなた……」
「1人で見るのが辛いなら、俺が一緒に見届けます。
もし俺だけでは不満だったなら、他の連中も呼べば良いんです。
女神様はちょっと、色々独りで背負い込みすぎだと思いますよ」
女の子1人で色々と背負い過ぎなのだ。だったらその重荷をみんなで分ければいい。
「………………」
「あ、あと俺の名前はアルベルトでいいです。女神様。
アルベルトって呼んでください」
「あ、アルベルト……
あの……私も風の女神ではなく……その……ヴェ…ヴェルテって呼んでください。
……親しい人はみんなそう呼びますので」
ちょっとフランクに接しすぎたかなぁと思ったが、女神様には丁度良かったみたいだ。
「はい、ヴェルテ」
そして俺はサル・ロディアスが滅びた日の真相を女神と一緒に見ることとなった。
ではあの日実際に何が起こったのか。見てみよう。




