アルベルトくん14歳。風の女神(3)
風の女神との謁見の間は、ひたすらに神秘的な雰囲気だった。
謁見の間は天井の高いドーム状の広間となっており、柱や梁、壁等の至る所に翡翠石を使用した煌びやかな細工が施されていた。
その他にも、緑を基調としたタペストリーが旗のように飾られており、荘厳さを一層高めていた。
(だけど一番驚くのは女神の姿だな……)
そんな神殿のようなつくりをしている謁見の間の中央には。
空から伸びている無数の鎖で雁字搦めに縛られている、一目で天上の存在であると分かる緑髪の美しい女性がいた。
『ふむ……ずっと様子を窺っておりましたが、やはりあなた方は外の世界から来られた方々だったのですね』
何もかもを見透かすような眼差しで俺達に視線を向けてくる女神。
流石ゲームのラスボスと同格の存在である。迫力が半端ない。
「女神よ!それはつまり、彼等はここ以外の別の世界から来たということなのですか!」
サルヴェリウスさんが最初に女神の言葉に反応した。
しかし、女神様。普通の会話と違って心に直接話しかけてくるような感じだったな……
『我が親愛にして忠実なる僕、サルヴェリウスよ。あなたが気にするような事ではありません。
あなたはこれまで通り、サル・ロディアスの民のために尽くしていればよいのですよ』
女神はサルヴェリウスさんの質問をやんわりと無視しようとしている。
しかしサルヴェリウスさんは引かない。
「女神よ。私はずっと疑問に思っておりました。私はこのような都市を預かる者として何度も”帝国の余所の地域”に連絡を送ったのです。
しかし使いの者はある程度サル・ロディアスから離れると皆一様に謎の霧に巻き込まれ、気がついたらサル・ロディアスに戻ってきていたと証言していたのです」
俺達が口を挟む暇を与えず、サルヴェリウスさんは女神に詰め寄っている。
「その他にもあちらこちらの地域にて人が消えたり、謎の砂嵐が起こったりと異常な報告が数多く舞い込んでまいりました。
そしてそんなとき、彼等は貴女が創った神殿の奥から現れたのです」
サルヴェリウスさんは俺達を指差す。
「彼等は初めて、このサル・ロディアスの外から来た客人だったのです。
そして彼らと話をしていて拭えぬ違和感を私は感じたのです」
『……つまり卿は何を私に聞きたいのですか?』
無表情な眼差しでサルヴェリウスさんに質問する女神。正直怖い。
「風の女神よ、私は真実が知りたいだけなのです。結局、ここはどこなのですか?
私は民を導く者として、それを知る義務がある!」
完全に女神vsサルヴェリウスさんの構図になってしまっている。
サルヴェリウスさんの質問に瞑目して考え込む女神。
『真実は残酷です。それでも聞きますか?』
「是非もなし。覚悟はできております」
女神は数秒ほど考え込み、やがて決断した。
『……ならば答えましょう我が愛しき子よ。
ここはサル・ロディアスが蛮族に攻め滅ぼされる直前のあなた達の魂を集めて私が作り上げた理想郷。
現実に立ち返り絶望を味わうことのない、永久に皆が平和に暮らせるよう設えた箱庭の楽園なのです』
慈愛の眼差しで残酷な事実を告げる女神様。
俺が恐れていた真実がついに明らかになってしまった。
俺達にとってサル・ロディアスはただの作り物の世界にすぎないわけだが、ここに今、生きているサルヴェリウスさん達にとってはこここそが現実なのだ。
「ははは、なるほど。
つまり我等はあなたの人形だったのか」
皮肉は言うがその表情を変えないサルヴェリウスさん。強いな。
『私自身も含めて、全ての者は創造神の人形ですよ。
そこに一体なんの違いがあるのです?』
確かに創造神と女神様という術者の力量差はあっても同じ魔法だ。そういった意味では女神の言もあながち間違ってはいない。
「ならば女神よ。私は元の世界への帰還を求めます!」
『あなたが戻ろうとしている世界は、私が召喚されず蛮族どもにあなた方が蹂躙される破滅が約束された世界なのですよ?』
なんとか説得を試みる女神。段々と無表情の仮面が剥がれ、感情の兆しが窺えてくる。
「私は為政者です。今までずっと最善を尽くそうと努力してまいりました。
結果的に我が都市が滅びたのだとしても、私は自分の過去を恥じることはありません」
深い深いため息を女神は吐き、悲しそうな眼差しで小さく言葉を零す。
『……そうですか。では仕方がありませんね』
そう女神が言うと手をそっとサルヴェリウスさんの方に向ける。
直後、サルヴェリウスさんは雷に打たれたかのように硬直し、膝から地面に崩れ落ちた。
『あなたがなんと言おうと、私はこの世界を手放すつもりはありません。
私はあのような悲劇をもう見たくないのです……』
女神はスッと目を伏せた後、こちらに視線を向ける。
『どのようなカラクリでこの世界に迷い込んだのか分かりませんが、異邦人よ。あなた方も帰還を諦め、この世界で生を全うしなさい』
「まぁ本当に生を全うできるならそれも選択肢の1つだと思うんだが、女神様、あんたもう限界なんじゃないのか?」
『……なんですって?』
「あんたは自分が考えている以上に限界なんだよ。だからもうこの世界の維持は諦めて天の座に戻ってくれ。
それがあんただけじゃなくて世界のためだ」
『……うるさい』
「サルヴェリウスさんが言っていた通り、過去を無かったことにするのは神様にだって無理さ。
創造神が創ったシステムはそういう風にできているんだ。
そんなことはシステム管理者である女神様自身が一番よく知っているだろ?」
俺の説得に顔を伏せる女神。このまま納得してくれればいいんだが……
ずっと俯いたままの女神。だが暫くすると肩を震わせて嗚咽を漏らした。
『それでも……
それでもっ!
私は無かったことにしたいのよっ!!』
ついに無表情の仮面をかなぐり捨てて、泣きながら絶叫をする1人の女性が現れた。
『彼らは私を頼った!でも私には何もできなかった!
私は女神なのになにもできなかった!
あなた達に私の気持ちが分かるわけ無いわっ!』
無感情の仮面を取り払った女神の慟哭は続く。
『私はあんな思いをするのは二度とごめんよ。だからもし、あなた達が私の邪魔をするというのなら……』
今までの悲しみだけだった雰囲気からピリピリとした殺気が徐々に女神から湧き出てくる。
『あなた達を排除します』
女神から、宣戦布告の言葉が放たれたのだった。




