アルベルトくん12歳。暗き森の死闘(中編)
目的地に近づくと、その音の大きさに驚いた。
遠くに、逃げている小さな人影を見つけた。
髪が長く小さい。
女か?
そして獣との距離はほとんどなかった。
獣の鉤爪が少女を狙っている。
一目散に逃げている少女はそれに気づかない。
俺は風魔法を自分にかけて爆発的な速度を得る。
そして抱きつくように横合いからその少女をひっつかみ、ギリギリで獣の攻撃から少女を救うことができた。
いきなり抱きつかれた少女は驚き混乱し、暴れようとする。
「い、イヤッ! は、放して!!」
暴れる少女を腕力で押さえ込み、俺は必死に伝える。
「静かに! すぐに目を閉じろ!」
そう言った直後、俺は腰のバッグから素早く野球ボール大の球体を取り出し獣にぶつけた。
キーーーンッ!!
その瞬間、物凄い音と光が森を照らす。
念のために持ってきていた”閃光”の魔術と”騒音”の魔術が詰まった使い捨ての魔術道具が役に立った。
こいつはまだ開発中のシロモノであり、えらいコストがかかっていたりする。今回はその運用評価をしようと試作品として一つだけ持ってきていたのだ。
俺は耳鳴りに顔をしかめつつ、カンテラに照らされた獣を見る。
間違いない。こいつはキングベアだ。ここいらの森ではまずお目にかかれない強力なモンスターであり、1対1では正直相手にしたくないヤツだ。
「おい、大丈夫か? キングベアが視力を回復する前にさっさと逃げるぞ!」
そう言って大人しくなっている少女を見やる。
子供だった。
俺と同い年くらいかもう少し幼いくらいか。綺麗な長い黒髪と少女ながらも品のある可愛らしい顔立ちの少女だった。
そしてその頭には大きな獣耳。
そう。この少女はこの国では奴隷の身分にあたる亜人の少女だったのだ。
よっぽど眩しかったのか目をグシグシしている。
赤くなった大きな目をこちらに向けながら、それでもはっきり言った。
「……ダメ。今私が逃げたらキングベアは私たちの集落に向かっちゃう。だから私はこれを連れてもっと森の奥まで行かなきゃダメなの」
カンテラに照らされた少女はあちこち擦りむいているのか小さな傷が身体中についていた。
どう見ても満身創痍。
そして1人で森の奥に向かうということは生還を考えていないってことだ。
「お兄さん、助太刀ありがとう。最期にこの国の人でもお兄さんみたいな良い人がいたって知れて良かったよ。私はもう大丈夫。だからお兄さんも早く逃げて」
透明な微笑を浮かべながら少女は俺に告げる。
普通に考えればこの国の貴族である俺が奴隷身分の少女のために命を張るのはバカなことなんだろう。
だけどそれがなんだ。
こんな小さな子を置いて逃げる?
それこそ有り得ない話だ。
「ガキが悟ったこと言うんじゃねぇよ。俺もガキだがお前よりかは年上だ。だったら俺だけ逃げる道理なんてねぇな」
「お兄さん……」
「そして一つお前の勘違いを訂正しとく。俺は死ぬつもりはない。あいつを倒してお前もお前の村も救う。いいか、これは確定事項だ」
俺はキングベアに正面から向き合い、宣言する。
「お前を倒す」