アルベルトくん14歳。風の女神(2)
外湯の温泉場は、評判に恥じない立派な造りをしていた。
壁には色とりどりのタイルで描かれた風景画の大作が飾られ、見るものの目を楽しませている。
また、大理石造りの床には丁寧に磨かれた木の薄板がすのこみたいに敷き詰められており、滑って転ばないような工夫がなされていた。
温泉自体も若干乳白色の色合いとあまり熱すぎない温度で、その柔らかい水質と相まって肌にちょうど良い感じだった。
「はぁ~、極楽~♪」
前世が日本人だった俺にとってはまさに極楽浄土だ。
さらに嬉しい事に、この広い男湯が独占状態だったことだろう。
時間帯が夜遅くだったため、たまたま他の客がいないみたいだ。
垣根の向こう側には女湯があるようで、ウィンディのはしゃぎ声とそれを注意するフェリシアのキンキン声が聞こえてきていた。
「確かにこの温泉だったら、無理してでも来る価値あったかもなぁ」
誰もいない男湯で独りごちる俺。
「そうじゃろう、そうじゃろう。ワシも話だけ聞いておったが、実際は話以上に素晴らしいもんじゃな!」
突然、俺の真後ろから女湯にいるはずのウィンディの声が聞こえてきた。
まさかと思い振り返ってみると、そこには髪の毛をぐるぐると結んである頭にタオルをちょこんと載せたウィンディと翡翠丸が、俺と同じ温泉の中でくつろいでいた。
「お、お前らいつの間に!」
「ふん、ワシ等は精霊じゃよ?こんな芸当お茶の子さいさいじゃ!」
俺が言いたいのはそんな事じゃない!
「阿呆か!ここは男湯!お前達は見た目だけなら普通の女なんだから、ちゃんと女湯に入れ!」
「えぇー、わたしぃーお兄ちゃんと一緒に入りたいなぁー(くねっくねっ)」
不思議な踊りをしながら、完全に児ポ法違反のふるまいをする幼女その1。
「…………」
まぁ、俺はそんな貧相な身体の幼女よりも、その後ろで無表情ながらバインバインと全身を揺すってウィンディと同じように不思議な踊りを行っている翡翠丸の大人ボディの方に目が釘付けなのですが。
「……と、とにかく!他の男客が入ってくる前に頼むから女湯へ戻ってくれ!」
「まぁ、ワシよりこの小娘に目が入っておるのがちょっと癪じゃから今日はこの程度で勘弁してやるわい。くくく」
片目を隠すように片腕を掲げる謎の中二病ポーズをとったまま、ウィンディと翡翠丸は陽炎のように姿を眩ませて女湯へと帰って行った。
その後、女湯の方でサキとウィンディの間で物凄い白熱したバトルが有ったようだが、現場を見ていないので説明はカットする。
なお、今日の出来事を一言で表すと、翡翠丸はサキに負けず劣らずな良い肢体の持ち主だという事が分かったことだろうか。
俺の思い出データベースが充実していくぜ……
ーーーーー
心機一転した翌日。
俺達は乗合馬車に揺られながら一路、サル・ロディアス市を目指していた。
サル・ロディアス市についてからの行動を綿密に検討するため、俺達は馬車1台を貸し切って、あーでもないこーでもないと作戦を練るのだった。
「時代は”見敵必殺”じゃ!
女神が油断しているうちにお主の中に隠れたワシが急襲して女神を無力化させてやるぞい!」
「おい、ウィンディ。話し合いはどうした?」
「それはお主の仕事じゃ。
話し合いだけで女神が”世界創造”の魔法を止めてくれるのが上策じゃ」
そこでウィンディは瞑目して腕を組む。
「じゃが恐らくは応じんじゃろうてな。そもそも話し合いに応じるような状態じゃったなら、ワシがあんな山に遠ざけられておらんわい」
作戦としては俺と女神が話し合っている隙に、ウィンディが女神を奇襲して無力化する。
サキとフェリシアはそのバックアップといった役割分担が決まった。
実は誰も触れていない隠された厄介な問題が1つあるのだが、そこには誰も触れなかった。
(くそ、こんなことならサル・ロディアスに長居するんじゃなかったな)
俺は自分の悩みを他の連中には語らなかった。
そうして、話し合いをひとまず終えて、俺達はサル・ロディアス市までの残りの道中を和気藹々と過ごした。
ーーーーー
行きと同じく2日程で俺達はサル・ロディアス市内に帰ってこられた。
ここまで来ると女神のお膝元のため、いつウィンディの存在が女神にバレてもおかしくない。
そのため、ウィンディは俺の魂の中に隠れ、俺達はなるべく早く女神に会うべく、サルヴェリウスさんのところに急ぐのだった。
「おお、アルベルト殿。無事の帰還まずは何より。
……ところで、アルゼ山では無事に”あった”かな?」
「ええ、お陰様で」
主語をワザとぼかした会話でやりとりをする俺とサルヴェリウスさん。
だがお互いの言いたいことは伝わったようだ。
「よし。これだけ我らの依頼を果たしてくれたのだ。我がサルヴェリウスの名において君たちに女神への拝謁の許可を出そう」
「やったぁ!」
「やりましたね、ご主人様!」
「やっと会えるのね!」
俺とサキ、フェリシアは大仰に喜んでみせる。
どこに女神の監視があるか分からないからな。
「では謁見の手筈を整えるので、しばし控えの間にて待っているように」
俺達はサルヴェリウスさんの部下に案内されて控えの間に向かった。
控えの間は、周囲を絵画や彫刻に覆われていた煌びやかな部屋だった。
本来はいかに古代帝国が栄華を誇っているかを示す部屋だったのではないかと思うのだが、今更このような部屋を見ても哀しみしか浮かばないな。
そうしてぼーっと時間を潰すこと1時間。
ついに運命の扉は開かれた。
「では、準備は整った。来てくれ」
サルヴェリウスさん直々に俺達を先導してくれる。
「行くぞ」
「はい」
「ええ」
俺達3人はお互い声を掛け合う。ついに時は来た。泣いても笑っても一発勝負。女神との直接対決だ!




