アルベルトくん14歳。閉じた世界(7)
「アルベルト、大丈夫なの?!」
要石に封印されているウィンディの精霊力を、俺の魂に同居させるという荒業に対して心配してくれるフェリシア。
優しいフェリシアの反応に、思わずホロリとくる俺。
「安心せい、娘っ子。見たところ、アルベルトの魂の器はかなり頑丈じゃよ。ワシの精霊力を収めても多分、平気じゃろうてな」
安堵するフェリシア。
因みにサキは反応なし。初めから俺の判断に欠片も疑問を差し挟まない子だからね……
「それでは実行するぞい。
…
…………
……よし終わりじゃ」
「え、もう終わり!?」
ウィンディはただ手を緑色の要石の方に向けた後、俺の方にそれを振っただけだった。
「うむ、作業自体は終わりじゃ……じゃが、もうちょっとすると……」
あれ、急に胸のあたりが熱くなってきたな。ぐ、ぐぬぬ……これは中々に苦しいぞ!
「……とまぁ、無理矢理お前様の使われていない魂の空間にワシという異物を押し込んだんじゃ。
慣れるまで少し苦しかろうてな。我慢しておくれ」
それから1時間位、この胸の苦しみにじっと耐え、今は何とか違和感がある程度にまで落ち着いた。
俺の魂への精霊力の移動がなんとか無事に済み、安堵していたところで、今度は突然ウィンディが俺の背後を指差してきた。
「実はもう一つ、ずーっと気になっておった事があるのじゃがのう。
ほれ、お主の後ろにおる、その人形のような精霊は一体誰なんじゃ?」
俺はウィンディの質問の意図が理解できなかった。人形のような精霊?
後ろを振り返ってみるが当然誰もいない。
「すまんが、言ってる意味が分からん。どこにそんな精霊がいるって?」
「ああ、そやつの精霊力があまり強くない故、普通の人間には可視できんのじゃなぁ。
そやつは、お主の持ってる剣から延びておる細い鎖につながれておるようなのじゃがのぉ……」
俺の翡翠丸から?
「……ああ、なるほど。その呪いの細工が施された細い魔法の鎖で精霊を拘束し、力を吸い取っておるのか。
普通の精霊じゃとそれを嫌がって逃げるのじゃろうが、その人形のような精霊じゃったなら抵抗する気も起きんというわけじゃな」
ふむふむと1人納得しているウィンディ。
「まぁよいわ。とりあえずお主等にも見えるようにしてやろう」
ちょちょいとウィンディが空中に紋様を書き、それを俺の後ろの方に誘導すると、”ソイツ”は急に現れた。
そしてみんなで絶句する。
そいつはぬぼーっと無表情に突っ立っている影の薄い若い女だった。
年の頃は俺達と同じかちょっと上くらいか。
薄い緑の長髪と綺麗な顔立ちは、ウィンディが外見年齢をもう少し上げると似たような感じになるのかも知れない。
スタイルも均整がとれておりとても魅力的で、同性でも見とれる程だろう。
と、真っ裸な精霊を凝視しながら俺は思った。
「ちょ、ちょっと風の精霊王様!服を!何とかなりませんか?!」
俺の視線を遮るように精霊との間に立ちながら、フェリシアは慌ててウィンディに頼みこむ。
「ワシを呼ぶ時はウィンディちゃんで良いぞい。ではこんなんでどうじゃ?」
また空中に何か紋様を書くウィンディ。すると刀に憑いてるその精霊は、ネグリジェっぽいスケスケの服に変わった。
これはこれで良いな。
「ウィンディちゃん!もっと!もっと、肌の見えないヤツにして!」
更にヒートアップするフェリシア。明らかにウィンディはからかっている。
この後、数回似たようなやり取りをした後、ウィンディは満足したらしく、刀の精霊は、普通の精霊が着ているようなひらひらした服に変わった。
一方、からかわれたフェリシアはげんなりしている。
しかしそうか。翡翠丸は精霊を魔法の鎖でつないだ刀だったのか。
つまり俺は魔力をこの鎖に込めて、彼女を縛り上げてその力を吸収していたんだな。
すげぇ、SMっぽいぞ。
「こいつそんなにヤバい刀だったのか。
……ちょっと待て。そうすると翡翠丸ってこの精霊の名前になるのか。
しまったな。刀の名前じゃなくて女の子の名前だと初めから分かっていれば、もっと可愛らしい名前を付けてやれたのに」
俺はそう言って悔やむ。
「精霊はそんな事にあまり頓着せんし、そもそもそやつは意志が希薄じゃからそこまで気にすることもないと思うぞい」
ウィンディは事も無げに言う。精霊様は意外とドライだな。
「じゃが、その魔法の鎖で拘束するというアイデアは面白いのぉ。
その刀に施された術式じゃと、魔力を込めたら精霊の力を奪う、という事しかできんが、そこを上手く改良すれば、魔力で精霊を実体化させたり、一時的にその剣を遠隔で行動させたりとアイデア次第で色々とできそうじゃよ?」
「ものは試しじゃ!」とウィンディは言うと、彼女は何やら空中に複雑な魔法の術式を書き始めた。
あーでもないこーでもないと呟きながらその術式をどんどん複雑化・巨大化していく。
「刀など経由して縁を結ぶより、お主と直接縁を結んだ方が効率も良いじゃろうてな」
すると突然に何の事前説明もなく、ウィンディは、ほいっと魔法で鎖を作り出すと、それをいきなり俺に突き刺してきた。
「わわっ!」
鎖は音もなく俺の中に突き刺さり、ピーンと固定される。
光景はシュールだが、特段痛みは感じない。
「よし、これでOKじゃ。お前様よ、ちょっと魔力を流してみるのじゃ!」
俺は恐る恐るウィンディの鎖に魔力を流してみる。
すると今まで翡翠丸から得ていた力とは比較にならない程の強い力が身体に充ち溢れてくるのを感じた。
(やりすぎると、俺の身体が吹き飛ばされそうだな)
「次は、魔力を撃ち込むようにしてこちらに流しておくれ」
言われたとおりにしてみる。
「よし!どうじゃ?」
俺の近くにいたウィンディが物凄い速度で俺から距離を取る。
そして遠くの方で色々カンフーアクション(?)を取っていると、突然目の前に戻ってきた。
「ふむ、これで大体の持続時間と離れられる距離は掴めたのぉ。
よし、最後はワシ全体をコーティングするように魔法を流しとくれ!」
もう相手にするのも面倒くさいんで、ウィンディに言われたことを淡々と実行する。
そうすると、さっきまで半透明だったウィンディの身体は、徐々に透明性を無くし輪郭がはっきりしてきた。
そして今まで空中にふわふわ浮いていたのがしっかりと地面を踏みしめるように変わった。
「おお、やはり現世側の魔力を使うと、実体化しても世界の法則と反発せんのじゃな!」
そう言って満面の笑みを浮かべながら、俺の身体を遠慮なくペタペタ触ってくる幼女。正直うざい。
「何か良い飲み物か食べ物はないかのぉ。ワシは実際の飲食というものを試してみたいのじゃ~」
「実験じゃあぁぁぁ!」とテンション高めに騒ぎながら、今度はゴソゴソと地面に置いてあるバックパックを漁って、食料を探している。
しばしの格闘の末、どうやら幼女は糖分を補うために俺が持ってきたチョコレートの入った袋を発見したようだ。
ビリッと包装紙を破り、しげしげと黒い固まりを眺めること暫し。そして意を決してパクリ。
「お、お、おぉぉぉぉっ!こ、これが食べ物かっ!」
ずっと顔を伏せていたウィンディがぐいっと顔を上げ、目をカッと見開きながら大声で叫ぶ。
「うぅぅぅまぁぁぁいぃぃぃのぉぉぉじゃぁぁぁぁっっ!!」
風の精霊王、チョコレートを大絶賛。
……味覚は多分、お子さまなんだろうな。
「よし、元気百倍、勇気凛々じゃっ!
では、そろそろ山を降りるかのぉ~!」
そういってまたもや俺達に何の事前通告をする事もなく、空中に何か紋様を描くと、途端に俺達の身体が宙に浮いた。
そして俺達の身体は突然、山から下界へ向けて山沿いを高速で滑空し始めたのだった。
「「きゃあぁぁぁぁぁっ!」」
「うわわわわ!」
「はっはっは~、なのじゃ~!」
斜面に沿ってものすごい勢いで滑落していく俺達。
まさにレールなしのジェットコースター状態だ。
(そういえば、位置エネルギーは速度の2乗に比例するんだったな)
と、どうでも良い前世の知識を走馬燈のように思い出しながら、俺達はウィンディの導きに従って、山を物凄い速度で下って行くのだった。
これまで毎日更新してきましたが、ストックが切れてしまいました。
次回更新は6月10日頃を予定です。




