アルベルトくん14歳。閉じた世界(4)
見た目ロリと会った翌日。
事前に話を聞いていたとおり、サルヴェリウスさんから「アルゼ山脈の中腹に植生している高山植物を取ってきてほしい」という依頼があった。
政庁の応接室にてサルヴェリウスさんの口からアルゼ山脈と言う言葉が出た瞬間、ヒヤッとした風が頸もとを撫でたような気がした。
これがあの方の気配なのか?
まぁ何はともあれ、俺達は依頼を了承し、アルゼ山脈に登る準備を整えることにした。
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しかしこの世界、登山道具が意外と充実しているな。
最初は露店で使えそうな物を探そうかと思っていたのだが、なんと登山道具を専門に扱っている店があるというのだ。
流石は古代帝国だ。
早速、街で聞いたその専門店に行ってみることにした。
「これは……凄いわね」
店内に入った瞬間、フェリシアが驚きの声をあげた。
しかしその驚きも納得だ。確かにこいつはすごい。
前世のアウトドア系のショップで見たことがあるような様々な道具が狭い店内に所狭しと並んでいる。
しかも道具の質も高いな。
携帯ガスボンベを使ったバーナーはなくとも、魔法道具で似たような機能を再現したものが有ったりと、山で必要となる携帯性の良い道具が見事に揃っている。
しかし、モン○ルやスノー○ークみたいなメーカーのデザインを真似た製品が多いような気がするぞ。
ゲームに登場しない場面であるにもかかわらず、なんとなくゲーム制作者の趣味が透けて見える道具があったりするのはとても感慨深かった。
それはさておき、道具を吟味する。
まぁ標高は高いがこの季節のアルゼ山脈は雪も降らないそうだし、ビバーク用の装備も必要最低限で良いだろう。
数年前から訓練の一環で時々山の尾根を縦走したこともあるので、どのような装備を揃えるべきか経験として理解できていたのは大いに役に立った。
「私の住んでいた村も山腹の森の近くでしたので、何となく懐かしく感じますね」
そう言えばサキと初めてあったのもそういったサバイバル訓練の時だったな。
今となってはみな懐かしい。
数日かけてみんなの分の装備を揃え、いよいよ登山出発の日となった。
砂漠の時のように、乗合馬車にて街を出て、宿場町を渡り歩くこと丸3日。
俺達はアルゼ山脈の麓の村に到着した。
村は山にへばりつくような形で立体的に広がっていた。
更に観光がメインの産業なのか数多くの旅行者向きの宿があり、乗合馬車から降りる客に対して多くの宿の営業マンが群がっていた。
「お兄さん、お兄さん。今なら3人部屋安くするよ!
うちの宿の自慢は、なんと言っても3人で一緒に風呂が入れるくらいバカでかい湯船があることさ!
どうだい、お兄さん。お三方で一緒にお風呂、考えてみないかい?」
(……なん……だと?!)
ぽわわーん、と3人一緒にお風呂に入る姿を想像する。
頬を染めて恥ずかしそうに入ってくるフェリシアと、タオルを肩に掛け堂々と仁王立ちで入ってくるサキ……
思わずまじまじと残念な視線でサキを見つめてしまった。
「サキ。流石に仁王立ちは拙いと思うぞ、女として」
「何を想像されたのかは解りませんが、ご主人様にとっての私のイメージって一体……」
流石のサキもちょっと狼狽えている。
俺達は丁重にホテルへの誘いを断り、普通にサルヴェリウスさんが事前に手配してくれていた、特に何の変哲もない中規模のホテルへと泊まり、翌日から始まる登山に備えることにした。
ーーーーー
翌朝。
俺達は早速アルゼ山脈へ登るための登山口へと脚を運んだ。
登山口には意外と登山者が多くいたが、俺達以外の者は道がすでに切り拓かれている初心者~中級者のコースへと歩いていった。
サキはOD色を主体にした実用一点張りの登山服を着用しており、頭の獣耳が隠れるようなジャングルハットを目深に被っている。
黒い長髪をうなじあたりで縛り、動きやすさ重視といった感じだ。
一方フェリシアの方は、燈色主体とした鮮やかな色合いの登山服を着用している。
頭の帽子もデザイン重視のものを選んでおり、元の赤茶色の髪の毛に良くマッチしていた。
「ご主人様、どうでしょうか?」
くるりと一周回ってあざといポーズをキメるサキ。
本当にこいつ、ゲームの面影ないな。
「ああ、充分に長時間の登山に耐える良い装備だな。問題ないと思うぞ」
「ぶー、そういったことは聞いてませんー」
頬をリスのように膨らませて抗議するサキ。
すまんな。サキルートに入る可能性がある行動は中々とりづらいんだよ。
「ちょっと、アルベルト。そういった態度はレディーに対して正直どうかと思うわよ!」
ぷんすか怒るフェリシア。こいつ本当に委員長向きの性格をしているな。
「さて、とりあえず登り始めるか」
そんな2人を適当にあしらい、俺は登山開始を宣言した。
因みに俺はオーソドックスなカモ柄の登山服に大きなバックパックを背負った格好だ。
ちょっとシェルパっぽいな。
俺達は最上級コースと書かれた道を登ることにする。
なんてことはない。最上級コースとは道なき道を進み、アルゼ山脈最高峰のアルゼ山山頂を目指すコースの事だ。
この時代の登山コースには、前世の登山ルートにあったような、据え付けられた梯子や鎖場、ルート標識も何もない。
不完全な地図を頼りに、時には険しい崖道や崩れやすい岩場を進み、場合によってはテント泊も必要となるような一般人には中々に過酷なルートだった。
山頂目指して道なき道を進むイメージは、K2登山なんかを想像すれば分かり易いか。
もっともヒマラヤ山脈あたりと違い、そこまで標高は高くないし、吹雪もないし、酸素ボンベも必要ないし、雪崩も起きないから大分マシと言えば間違いはないのだが……
それでもフェリシアを狼狽えさせるには十分だったようだ。
「予想よりも随分と過酷な道筋よね……」
フェリシアはちょっと尻込みしているが、最終的にゲームパーティー1の脳筋キャラになることが宿命られている女なのだから、これくらいの山登りならきっと何とかするだろうさ。
俺達は覚悟を決めて山に分け入った。
登りはじめの頃は傾斜も緩く、周囲にも目を楽しませてくれる植物がたくさんあったので問題はなかった。
途中適度に休憩を入れながら山道を登っていくのだが、標高が上がるにつれて傾斜は険しく、道も獣道に近いものとなっていき、過酷さが増してきた。
そうなると最初は軽い雑談なんかをしていた俺達も段々と口数が減っていき、最後はだんまりのまま荒い呼吸の音だけが耳に届くようになってくる。
それでも登る脚は止めずにコツコツとその距離を伸ばしていき、午後の早い時間にはベースキャンプ予定地まで到達する事ができたのだった。
「無理してもろくなことにはならないから、今日はここでキャンプしよう」
俺はパーティーリーダーとして提案する。
「おっけ~。はぁ~、疲れたわぁ~」
「私もですぅ~」
すると、2人とも1も2もなく賛成する。まさにグロッキー状態だ。無理もない。登山の訓練を受けていない素人には結構キツい道のりだったからな。
「明日の早朝から登れば、昼までには高山植物が生えているあたりまで行けるだろう」
というわけで、俺は巨大なバックパックを地面に降ろし、テントの設営を開始した。




