アルベルトくん14歳。閉じた世界(3)
俺はウキウキとした気分でチケットの換金を済ませ、会場を後にした。
しかし以前のカジノといい今回の競エラルドといい、本当に古代帝国にはギャンブル施設が多いよな。
なんとなく前世で習ったローマ帝国の”パンとサーカス”を思い出させる政策だ。
ひとまずそこそこの泡銭が手に入ったことから、俺はちょっとだけもぐりの魔法道具屋を覗いていくことにした。
もぐりの魔法道具屋はスラム街のド真ん中にあった。
ここには盗品・偽物・御禁制品・横流し品とありとあらゆるアンダーグラウンドな品々が列んでいる、まさに裏の一大マーケットであった。
因みに値段は決して安くない。だからこそ道具の価値を見極められる本物の目利きが求められるわけだ。
俺はいくつかのいわく付きの魔法道具を買い込んで店を出ると、ちょうど店の真ん前で汚い身なりの少女と、堅気にはとうてい見えないおっさんが争っているのを目撃した。
どうやら少女に対しておっさんが因縁をつけているみたいだが、それを少女がやり返しているみたいだ。
「おい、クソ餓鬼。素直に盗んだもん返すんなら、ちょっと痛い思いをするだけで赦してやる。
だが返さねーってんなら、産まれてきたことを後悔することになるぜ!」
どう見ても小学生にしか見えない子供を相手に凄むおっさん。
「あなたがイヤらしいことしてきたからやり返しただけでしょ、ばーか」
おっさんに凄まれても全く表情を変えずに逆におっさんを煽る少女。
この無表情っぷり。ゲーム時代のサキを彷彿とさせる子だな。
若しくは今世の俺の妹か……
「このアマ!ぶっ殺してやるっ!」
少女の煽りによって、瞬時に激昂したおっさんがいきなり暴力に訴えかけてくる。
「てい!」
そのおっさんの大振りの一撃を小さな背を屈めることでやり過ごした少女は、おっさんの横をすり抜けるようにして脱兎の如く駆け出した。
俺の方に向かって。
そしておっさんは怒りの形相でその少女の後ろから猛烈に突進してきている。
俺の方に向かって。
瞬時に俺の前へと走りこんできた少女は、両手を広げて俺に飛びつくとそれを軸にして、その突進力を回転エネルギーに即座に変えて俺の後ろに隠れるようにくっついてきた。
そして気がつけば、俺の目の前には血走った目をしたおっさんが見境無く俺に殴りかかってくるところだった。
ゲシッ!
錐揉みするようにベクトルを変えて横に吹っ飛ぶおっさん。
あ、意識するより先に脚が出てしまった。
だって可愛らしい小さな女の子がくっついてくるならまだしも、厳ついおっさんじゃあなぁ。
俺の蹴りを綺麗にくらい、もんどり打って倒れるおっさん。
すると周りで成り行きを見守っていたおっさんの仲間と思わしき連中がわらわらと集まってきている。
こんなのに一々構っていられるか。
俺はしがみついているガキんちょを片手で小脇に抱え込むと、おっさんの仲間達が群がってくる前に、スタコラサッサと一目散にその場を逃げ出すことにした。
ーーーーー
ある程度現場から離れ、ホッと安堵した俺は、少女から事の成り行きを落ち着いて聞いてみることにした。
「んで、お前一体何したの?あのおっさんガチギレしてたぞ」
俺の呆れ混じりの声に少女は淡々と答える。
「ちょっとした行き違いですよお兄さん。
あの男の人があろうことか私のお尻を触っておきながら『こんなに薄いと男も寄ってこねぇな』などと妄言を吐いたのです。
イラッと来たので慰謝料替わりとして少々財布を拝借したのですが、それがあのトラブルに至ったという事の次第です」
無表情なのにえらく早口だな。しかし内容を聞くと確かにおっさんのセクハラも悪いが、この子供の反撃もそれを超える悪質性を感じるぞ。
「しゃーねーな。俺がお前の代わりにおっさんに財布返してきてやるから、さっさと渡せ」
「いえ、これは戦利品ですから返せませんね」
乗りかかった船だし、もっとも温厚そうな手段を、と思って俺が溜め息混じりに仲裁案を提案してやったのに、このガキさくっと断りやがった。
しかも戦利品とはなんという盗人猛々しいオレ様理論か。
俺はもう知るか、という気分で少女を見捨ててずらかろうと考えていた時、通りの向こうから数名の男達が近づいてきた。
「おい、あののっぽの男とちびっこいガキ!ボスの話していたとおりだ!さっさと捕まえろ!」
男を蹴り飛ばしてから大して時間は経っていない。いくらなんでも追っ手が来るのが早すぎないか?!
「もう追ってきたのか!いくらなんでも早すぎるだろ!」
「あ、さっきの男の人はこのスラムでも有名な闇ギルドの幹部なんですよ。
多分、面子もあるんで部下を使って追ってきていると思われますねぇ」
淡々と答える少女に苛立ちが募る。何でそんなに他人事っぽいんだよ!
「先にそれ言えよな!お前なんでそんな奴に堂々とケンカ売るんだよ!」
再び鬼ごっこ再開だ。
しかし不幸だ。気がついたらこのガキの仲間扱いされているし、逃げても逃げても新しい追っ手がついてきやがる。
追っ手の手口も最初は集団で後ろからゾロゾロと追ってきていただけだったのが、段々と罠を仕掛けてきたり、先回りしたりとその手口が複雑になっていく。
途中、袋小路に追い詰められた時は”飛翔”の魔法で逃げ出し、通りに多くの荷物が散乱しているなら、鍛えに鍛えた身体能力を駆使して逃げる速度を落とさずにアクロバティックに避けて駆け抜ける。
端から見ると完全に香港映画のような動きを続けて追いかけっこは続いていた。
ひたすらに逃げて逃げて逃げて逃げ続けて。全ての追っ手を撒いた頃にはすでに夕日が沈みかけているような時刻だった。
ハァハァハァと荒い息をついて座り込む俺。流石にほとんど休憩もなく長時間走り続ければ誰だってこうなるわな。
「……お兄さん、なんで追っ手の人達を返り討ちにしなかったんですか?その方がずっと逃げるよりも簡単だったんじゃないかな?」
ずっとくっついていた少女の不思議そうな質問に俺は端的に答えてやる。
「まぁ、あまりこちらの手の内を晒したくなかった、からかなぁ。
あと正体を隠すならもっと細かい所に注意した方が良いぜ。
……大体スラムの下っ端どもが、あんなに見事な強化魔法を使えるもんかよ」
俺はそう言って少女の顔をじっとみる。最初は無表情にぼーっとしていたが、どうやらごまかしは利かないと覚ったらしく、少し笑みを浮かべる。
「……まぁ、部下たちも躍起になって本気を出してしまったのでしょうね。
それが原因で正体が露見したのですから彼等には更なる訓練が必要ですねぇ」
ククク、と無表情に笑う少女。怖い。
「んで、あんたは一体何者なんだ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
俺の言葉を聞いた少女は「ふむ」と呟き、その雰囲気を変える。
「アルベルト殿。部隊の秘匿性故に名前は明かせませんが、我らはサルヴェリウス閣下に仕えるものです」
やはり密偵の類か。
「故あってアルベルト殿に接触を持とうと機会を窺っておりました。非礼の程はお詫びします」
そう言って少し頭を下げる少女。
「別にいいよ。今更危害もないと思うし、ここでしか話せない事なんだろう?」
「ご理解が早くて助かります。
……さて、その内容なのですが、次に閣下から依頼される仕事は、『とある山からそこでしか生息していない高山植物を取ってくる』という依頼が下るかと思います。
が、アルベルト殿達はその高山植物が植えられている山の頂まで登り切っていただき、その場におられる”とあるお方”と会ってほしいのです」
山の上に人ねぇ。仙人か何かか?
「なんでサルヴェリウスさんから直接その話を聞けないんだ?」
俺の質問に対して、少女は更に声を低めるようにして答える。
「……あの神殿の近くでの会話は、全て”あの方”に聴かれてしまいますから。とてもではありませんが、あの方の耳に入れるわけにはいかんのです」
”あの方”、ねぇ。文脈からすると女神あたりか。だったら何で山の上にいる仙人に会うのに女神に知られちゃマズいのだろうか。
まぁどうせ聞いても教えてくれないだろうさ。だったらその仙人に直接会って聞いてみればいい。
そして俺は一旦その話を横に置き、どうしても聞いておきたいことを質問した。
「ところで、キミ本当は何歳なの?」
「女性に年齢を聞くものではありませんよ?」
そう諭されてしまった。




