ラストエピローグ
「はぁ………ようやく中間地点くらいかなぁ……」
俺は手に持っていた草刈り用のナタを地面に突き刺し、ため息をつきながら手製の地図とにらめっこする。
クロノとの死闘から早一年。色々あって国から『追放』された俺は、新人の冒険者として一人で辺境の森林内を探索していたのだった。
「くっそー、せっかく偽名を使ってまで冒険者活動をしていたのに、それが凍結されちまったからまた1からランクを上げ直しじゃねぇか」
とりあえず次の行き先を決め、俺は地図を背中の大型バッグへと雑にしまい、再びナタを手に持った。
「……みんな元気にしているかなぁ」
俺は森林内の移動を再開しながら、仲間たちの今に思いを馳せた。
─────
クロノとの死闘の直後、俺は怪我のために暫く身動きが取れなかった。
そしてその動けない間に、俺の進退はあれよあれよと決まってしまったのだ。
当初俺の親父のやらかしがあったため、サルト家は取り潰される予定だった。
しかし、フレイン王国自身がクロノとの戦いで相当疲弊していたことと、俺の親父のやらかしだけではなく王の娘である第二王女のやらかしも絡んでいたこと、そして特に重要なのが、俺と仲間たちの活躍によってクロノ打倒が果たされたこと等が複雑に絡み合い、結局サルト家は領地を大幅に縮小されることを条件にして存続が赦されることとなったのだ。
だけどフレイン王は俺の力を恐れたみたいで、サルト家の存続に俺の国外追放を条件に加えたため、俺はゲームと同様に結局国外追放と相成ったわけだ。
『私も当然ご主人様についていきますよ───』
真っ先にサキはそう言って追放される俺についてこようとした。
しかし、サルト家から分離された旧イラト領を安定させるためにはイラトの旧皇族であるサキの存在が絶対に必要だった。そのため、なんとか説得してサキに居残ってもらったのだ。
『アルくんに命を救われた私は、当然アルくんについていくよ───』
クリスは俺のことを命の恩人だと思っているらしく、追放された俺についてくるつもりだった。
だけど俺としては、自分のエゴで勝手にクリスの人生へと介入しただけのつもりであり、恩にきてもらおうだなんてこれっぽっちも考えてなかったのだ。
俺の願いは、クリスにはその光魔法を使って多くの人を救ってほしかった。
だからクリスがラ・ゼルカ法王国から上級治癒術師としてスカウトされていると聞いたとき、俺はその話を受けるようなんとか説得したのだった。
『本当なら私もついていきたいんだけど───』
フェリシアは自分の激情を制御できる賢い女性だ。
すでにサルト家を追放された俺には彼女の婚約者としての資格がない。
だから貴族の義務を蔑ろにできないフェリシアとの別離は、哀しいが順当な結末だったとも言える。
リーゼ、メアリーそしてユリアナは、意外な事に国外への留学を選択した。
メアリーは、俺に対して顔向けができないと修道院に入るつもりでいたようだが、リーゼの説得で思い留まり、ユリアナの紹介で平和になったエクスバーツ共和国へと赴く事になったのだ。
ウィンディは翡翠丸を連れて精霊界へと帰っていった。
なんでも翡翠丸を野良精霊にしておくにはあまりにも危険なため、きちんと精霊学校で上級精霊課程を履修させなければならないらしい。
裏で風の女神の策略の臭いがしたが、そんなに悪い事でもなさそうだから俺は笑顔で送り出したのだった。
キリングドールのミーアは、同型機のシーアを連れていつの間にか居なくなってしまった。
まぁ、ミーアには意外と世話になったし、寂しさはあれども、どこかで元気に生きていてほしいと思う。
─────
「ふぅ……いい眺めだな」
景色が一望できるところまで移動し、拡がる大森林を眺める。
みんなと別れた後、俺は一人で世界を巡った。
生き残ることに必死だった以前の俺は、これまで表層的にしかこの世界と触れ合ってこなかった。
だから命の危険が遠ざかった今、改めてこの世界を見たいと思ったのだ。
そして新米の一冒険者として世界を歩くことで、本当に俺はこの世界の事について何も知らないのだと思い知らされた。
無知を知ることによって、ようやく俺はこの世界に溶け込めたような気がしていた。
─────
「さて、そろそろ今日の寝床の準備を───おや?」
突然、非常に巨大な土煙が森を貫いてこちらへと向かってきた。
遠目でよくわからないが、どうやらフードを被った女性が、キングベアに追われているらしい。
「キングベアとか、また懐かしいモンスターだな……いやそれよりもあの女性、逃げ足がかなり早いぞ……」
普通逃げる女性が木々をなぎ倒しながら真っ直ぐ進むことなんてないよな、と思いつつも一応怖いもの見たさもあり、俺はそのフードを被った女性へと近づく。
そして俺は───
「ご・しゅ・じ・ん・さまぁぁぁ〜♡ 怖いモンスターに追いかけられて私、大大ピンチなんですぅぅぅ〜♡」
───自分の身体に繋いだ鎖で無理やりキングベアを引き摺っているサキと再会した。
「なに………これ?」
「ふぁーすといんぷれっしょんの再現ですよ♡ ほら、覚えてませんか?」
引き摺られてグロッキーになっているキングベアをぼんやり眺めながら、俺はサキの言葉を反芻する。
「……ああ、そういえばお前と初めて会ったときキングベアに追われていたかな」
再現にしても酷すぎる。
なんで巨体のキングベアを引き摺りながら森を直線に走破できるんだよ。俺はドン引きだよ。
「どうですご主人様? ぐっときませんか?」
ひさしぶりに会って吊り橋効果も加わり、これは勝つる! と息巻いているサキを見て、俺は乾いた笑みを浮かべる。
「まぁ、久しぶりではあるが、どうして俺の居場所を「あ、そろそろみんなもとうty──
ドガァァァァァァァンッッ!!
「うぉぉぉッ!! な、なんだッ!?」
まるで空からロケットが堕ちてきたような衝撃を受けて、その爆風によって吹き飛ばされる俺。
俺はもうもうと立ち籠める煙の向こうに浮かぶシルエットを見て、思わず驚愕する。
「これは───って、本当にロケットじゃねぇかっ!」
地面に真っ直ぐ突き刺さっているデカいその円筒形のボディには、『パンジャンドラム二世』との刻印があった。
「実験成功なのデースっ!」
ロケットの横からパカリと円筒形の扉が開き、頭に飛行帽を被ったミーアが現れた。
「ご主人! ようやく準備ができたのデース! 今こそ世界征服を開始するのデ「ミーアちゃん、邪魔」ギャァァァ……なのデース!!」
クリスによって蹴り飛ばされたミーアが地上へと落下していく。
そのクリスは器用にロケットのハッチから出て、ミーアをクッションにして地上へと飛び降りてきた。
「お久しぶり、アルくん」
ひさしぶりに見るクリスはすっかりロングヘアとなり、聖女然とした美貌に拍車がかかっていた。
「ちょっと何勝手に挨拶しているのよクリス! 抜け駆けはダメでしょ!」
再びミーアはクッションにされ、今度はフェリシアが飛び降りてきた。
「お前、こんなところに来たら不味いだろ?」
流石に上級貴族のフェリシアが、こんな辺境に来るのは不味いと思ったのだが。
「あ、安心して。私も貴族を辞めたから」
「はい?」
フェリシアが何を言っているのか、よく分からなかった。
「色々と準備に時間がかかったけど、お父様の許可はきちんと貰ったわ。ただし孫を連れてこない限り二度と家の敷居は跨がせないって言われたけれどね。……協力、お願いするわね?」
フェリシアが何を言っているのか、脳に情報が入ってこない。
「あ〜! フェリシアこそ抜け駆けしてるじゃん! アルくん、私もラ・ゼルカの仕事を辞めたからね! これからはずっとアルくんについていくんだから!」
ぎゅっと俺に抱きついてくるクリス。や、柔らかいものが当たって───
「「「ちょォォっと、待ったァァァっ!!」」」
「ぐぇぇぇぇ……」
再びミーアを踏んづけてロケット内から現れたのは、メアリーとリーゼ、そしてユリアナだった。
「もう禊は済んだと思うから、これからはガンガン攻めるでぇ〜」
「あ、アルベルトさん! 不束者ですが、よ、よろしくおねがいしますよ!」
「(コクコク)」
そしてクリスのように三人共身体を押し付けてきたのだった。
《ふん……有象無象が集まったところで、私とマスターの絆の前には塵芥も同じですよ》
いつの間にか俺の背後には、後方彼女ヅラで不敵に嗤っている翡翠丸が浮いていた。
《お前さま、済まなかったのじゃ。こいつの脱走をワシは止められなかったのじゃ》
そしてなぜかウィンディが、翡翠丸の後方保護者ヅラで俺に謝罪してきていた。
「ええい、皆さん何を勝手にしているんですか!! ご主人様は私だけのご主人様なんですよ!! さっさと解散なさいっ!!」
サキが他の仲間たちを威嚇して、謎のキャットファイトを始めていた。
「はは………ははは………はははははははは!!」
なんだよこの展開!
先程までの真面目な雰囲気が霧散し、いつもの姦しくも明るい、俺たちらしい空気が出来上がっていた。
どうやらまだ、感傷に浸るには早すぎだったらしい。
「よし、お前ら! とりあえずは───」
そして再び、俺たちの騒がしい冒険が始まったのだった。
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悪役貴族に転生してしまったので生き残ることだけ考えます【完】
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