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地上の星

「……みんなには、謝らなければならないことがあるんだ」


 俺の身体から徐々に金色の輝きが漏れ出てくる。


「初めから、この身体はクロノを倒すためだけに用意された造り物。期間限定でのこの世界への顕現だったんだ。

 ……これまで言えなくて……ごめん」


 ───みんなとの別れは、初めから決まっていたのだ。


「……貴方の態度が妙に素っ気無かったのは……そういった理由だったのね」


 流石機微に敏感なフェリシアだ。どうやら俺が無意識に行っていた一線を引いたような態度がずっと気になっていたようだ。


「本当はみんなには黙ってクロノの封印に動くつもりだったんだ。でもそれには失敗して……けれども結果的にはこれで良かったと思っている。最後はみんなに助けられたしな」


 俺は今、ちゃんと笑えているだろうか?


「ご、ごしゅじんさまぁぁぁぁ……」「ま、ますたぁぁぁぁ……」


 サキと翡翠丸が号泣している。思えばこの2人には本当に助けられた。


「サキ、翡翠丸。これまでの献身に感謝する。お前達には何度も助けられたよ。……サキ、俺の家の連中のこと、迷惑かけて済まないがよろしく頼むよ」


「ぜ、絶対に不幸になんてさせませんからッ! 全力で面倒を見ますからッ!!」


 サキは俺が消えたら後追いで自決してしまいそうな気配があったからな。だから狡いかもしれないが生きる目的を持ってもらったのだ。


 俺の身体から漂う粒子が多くなってくる。限界が近い。


「アルくん……」


 クリス。藍色の髪の少女。


 出会った当初は美少年だとばかり思っていたが、髪を伸ばした今は誰にも負けない美少女だ。


 思えば彼女との出会いこそが、俺の運命を決めたといっても過言ではないと思う。


「お前を助けられて、本当に良かった。俺なんかでも必死に足掻けば誰かの運命が変えられると……ちゃんと証明できたからな」


 消えかかる腕で、涙に濡れるクリスの頬を優しく撫でる。


 ───ちゃんといる。生きている。


 時の女神に俺が殺された時、一番恐怖したのは世界の行く末なんかではなく……クリスや仲間たちのその後についてだった。


 あのとき、俺の死すべき運命は(おお)すことができなかった。だから運命というものは変えられないのではないかと内心思っていたのだ。


「私、なにもッ!……なにも……あなたに返せてないよ……」


 クリスは消えかかる俺の手を必死に上から握りしめている。


 美しい顔が哀しげに歪められ、涙に塗れてぐちゃぐちゃだ。


こんな顔はさせたくなかったんだけどなぁ……


「頼むクリス、笑ってくれ。……最後に見るお前の顔が……こんな哀しみの涙じゃ後味が悪いからな……」


 その言葉に反応したクリスは、嗚咽に震える口元を無理やり笑みの形へと、曲げる。


 不細工な笑顔だけど、笑顔は笑顔だ。


「みんな……どうか…幸せになってくれ………それだけが俺の願───」


 俺が言葉を言い終わる前に、覆いかぶさるようにしてキスをしてくるクリス。その味は涙の味がした。


 無言で抱き合う俺達。誰も何も言わない。


 そしてクリスの腕の中で俺は静かに消えていく。


「アルくん……アル……くん?」


 気がつけばクリスの腕の中には何もなかった。


 俺は───空へと還っていったのだ。


─────




 ……


 ……………



 ……………………



「あれ、ウィンディ? ……ここは一体どこだ?」


 どれ位ここでぼんやりしていたのだろうか。気がついたらなぜかよくわからない空間の上に、俺はポツンと浮かんでいたのだった。


 てっきりすぐにあの風の女神が住んでいたボロいアパートのような部屋へと送られるものだとばかり思っていたんだが。


 そしてその俺に相対するかのような立ち位置に、何故かウィンディが浮かんでいた。


「あーあー、テステス。……ちゃんと聞こえているかしらぁ〜?」


 俯いて何も喋らなかったウィンディが、急に頭をガクンと上げてカクカクした動きで喋りだす。


「おいウィンディ。そのパペット人形みたいな気持ち悪い動きと言葉遣いは一体なんなんだ」


 急に「なのじゃあ〜」といういつもののじゃロリ口調から、「かしらぁ〜」という某薔薇乙女のような口調へと変わっていたため、なにかしらのホラーな演出なのではないかと俺は少し警戒した。


「何がキモチワルイよぉ〜! この優雅な喋りに対して本当に失礼極まりないわねぇ、あなた!!」


 リアクションがウィンディの割になんか変だぞ? これは一体……?


「あなたいい加減気づきなさいよぉ〜! 私よ〜、クロノよぉ〜ッ!!」


「…………はいぃぃ?」


 え、なんでここでクロノ??? まさか───


「ちょぉぉぉっとストぉぉぉップッ!! 別にあなたと喧嘩しに来たわけじゃないわぁぁぁッ!!」


 両手をホールドアップして全力でシャウトするウィンディの姿をしたクロノ。正直わけがわからん。


「とりあえず時間がないから手短に言うわぁ!




 ───あなたを生き返らせてあげるぅ」


 ポンという小さな音がして、クロノの横に、傷だらけの……俺の昔の身体が浮かび上がっていた。


「…………はいぃ?」


 俺が……生き返る……だと……?


 クロノがここに呼び出した俺の元の身体は、どうやら分解魔法の媒体としての役割が終わったものをクロノがこちらの世界で回収したらしい。


 更に他の女神にバレないように、先に精霊界へと戻っていたウィンディが、密かにクロノの分御霊へと自分のガワの部分だけを貸与したとのことだった。


「別に詫びのつもりでも、あなたと馴れ合うからでもないわぁ〜。

 純粋に、風の女神(あの女)への嫌がらせがしたいからなのよぉ〜! そこんとこ勘違いしないでよねぇ〜!」


 そしてプイっと横を向くクロノ。こいつ、ツンデレかよ。


 どうやら天界では、風の女神(ヴェルテ)がウェディングドレスを着こんでブーケトスの練習をしながら、俺の到着を今か今かと待っているとのこと。


 なおクロノの本体は現在、一番の下っ端として急ピッチで進められているその結婚式の準備にこき使われている真最中らしい。ザマァ。


「私をこき使いやがってぇ〜っ! あのクソ女に吠え面をかかせてあげるわぁ〜っ!!」


 暗い情熱に燃えているクロノ。やはり姉妹のヒエラルキーはきついみたいだ。


「でも俺の死体があったところで、今のお前の力では生き返らせることなんてできないだろ?」


 時の女神クロノの力はすでに常世界法則に取り込まれてしまったのだ。もう以前のようにクロノが好き勝手に時間を操作して人の生死を弄るのは無理なのだ。


「だからこれを用意したわぁ〜」


 そう言ってクロノは、見覚えのある小さなペンダントをその懐から取り出した。


「それは……復活の秘宝”ソウルセーブ”……なのか?」


 復活の秘宝”ソウルセーブ”。以前の俺が、クリスを助けるために準備していた強力な魔道具だった。


 確かに今ここには亜神化して強力に魂が保全されている俺自身と、女神の力によって死んでからあまり時間が経っていない状態が維持してある俺の過去の身体がある。


 だけど───


「お断りだ。誰が仲間を犠牲にして、のうのうと生き返りたいなんて思うかよ」


 そうだ。秘宝”ソウルセーブ”を使うには、誰かの犠牲が必要なのだ。


 俺は自分が犠牲になって仲間を生かせるのならば、何度だってこの命を張ってみせるさ。


 だけどその逆は決して受け入れられない!


「まぁ、あなたがそう言うのは予想できていたわぁ〜」


 そう言ってクロノが手を翳すと、足許に円形の空間が拡がり地上が映し出された。


 すっかり暗くなった地上では、なんとまだ仲間の少女達は移動もせずに、俺がいなくなった場所で焚き火を燃やしながら動かないでいたのだった。


「あいつらどうして……」


 胸が苦しい。できればすぐにでも会いに行きたい。


 でも今の俺には───


「全く面倒ねぇ。えい!」


「ええッ!?」


 いきなりクロノが、開いた穴へと俺の死体を雑に蹴り込んだ。


 コイツなんという暴挙を! いきなりの凶行に湿った空気が一瞬で吹き飛んだわ!


「何てことしやが───「秘宝”ソウルセーブ”……起動」」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 

 急速に意識が、重力に引かれて堕ちていっている我が肉体の方へと向かおうとしているのが自覚できた。


「……起動に使うのは、私の魂よ。まぁ、分御霊だけどね」


 俺の動きに呼応するかのように、急速に存在感が消えていくクロノ。


「あんたへの借りは返したわ。これでチャラだから。……じゃあね」


 その言葉が聞こえた刹那、俺の意識は覚醒した。


 星灯りもない真っ暗な空を俺は堕ちていく。


 墜ちる。


 墜ちる。


 どこまでも。


 夜の帳に覆われた遥かに遠けき地上では、焚き火の……小さな明かりが瞬いていた。


 いつか見た空を覆い尽くすような星々の瞬きに較べれば、なんてちっぽけな地上の星よ。


 だがその小さな星には、俺の帰還を待っている大事な人達がいるのだ。


 登る。


 登る。


 どこまでも。


 俺はそのまま、その小さな星へと真っ直ぐに登っていったのだった。

長かった時の女神編ここに完結!

残すはラストエピローグのみです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神様だもんねー それくらいできますよねー そしてツンデレの理由が草
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