虹の奇跡
メアリーの暴走で一時はどうなることかと思ったが、何故か土壇場で味方をしてくれたヘルメスと、捨身のリーゼの説得によってなんとか場を収める事ができた。
そしてその後は特に状況が動くこともなく、いよいよ時の女神クロノとの死闘は終焉へと向かうのだった。
─────
「ああ悔しいけど、流石にもう年貢の納め時かしらぁ〜」
不貞腐れたように呟くクロノ。永遠の彷徨い子であったこの末の女神が、いよいよ創造神が作った世界の法則へと組み込まれる時がきたのだ。
「……クロノ、お前の旅は終わった。そろそろ家に帰る時間だよ」
ついに俺が発動した解体魔法──すなわち封神の術式が完成し、全てクロノへと注がれたのだ。
クロノの存在が徐々に薄くなっていく。魔力のほとんどが封印され、ついにその姿も維持できなくなったきたのだ。
「……い、いやよッ! 私はまだ自由でいたいッ!!」
叫ぶクロノ。最後の足掻きとばかりに、クロノは仲間へと融通していた自身の魔力を回収し始める。
「……ぐっ」「そ、そんな!」「ぐぇぇぇでアルぅぅぅっ!」
ヴリエーミアやクリスティン達は、吸い上げられる魔力の速度に耐えきれず、一人また一人と倒れていく。
溺れる者が藁を掴むかのごとく、クロノは手加減せずに部下の魔力を吸い上げていったのだ。
だが創造神がクロノのために用意していた解体魔法は、そんなに軟なものではない。
いかに多くの魔力を持つ数人の仲間から魔力を吸い上げても、クロノへとかけられた解体魔法に微塵も影響がでるようなものではなかった。
「そんな数人から魔力を吸収しても、創造神の力には届かない! クロノ、悪あがきは止めろッ!」
俺の宣言にクロノは顔を顰めた後、一転して半笑いを浮かべた。
「嫌よ! ……ふふふ、最高の嫌がらせ、してあげるわぁ〜」
そう言うとクロノはクリスへと腕を伸ばす。
「あなたへと渡したその存在の力を、私に返してもらうわぁ〜」
「や……止めろォォォォッ!!」
クロノの最悪な嫌がらせに対して、魔力を吸われて地べたを這っていた兄のクリスティンが悲鳴を上げる。
「あ……」
クリスの小さな呟きと同時に、段々とクリスの姿がぼやけていく。
一度は死んだはずのクリス。クロノの力で現世へと留まっていたクリス。
その奇跡が消えた瞬間だった。
「クリス……」
今、俺の手元にはクリスを助けるために女神から貰った、自身を犠牲にして他者の魂を救う秘宝”ソウルセーブ”がない。
また、仮に手元にソウルセーブがあったとしても、創造神によって作られた解体魔法に特化したこの魔力で編まれた身体では、クリスの依代とはなれなかっただろう。
「……アルくん」
俺とクリスの蒼色の瞳がぶつかる。そしてクリスは全て分かっているとばかりに哀しげに微笑んだ。
クリスは俺達がクロノを倒せばこうなると分かっていたにもかかわらず、俺には何も言わなかった。
見上げた自己犠牲精神だ。
────だが、待ってほしい。そんな分かりきった悲劇的な結末を、この俺が許容するとでも思うのか?
「だからこうするのさッ!」
俺は残り少ない虹の魔力を、薄れゆくクリスへと向ける。
「七色に輝く常世界法則よ、虹の魔力の理に従い、世界を改変せよッ!」
今までの常世界法則においては、六女神がそれぞれ司る『光闇火水土風』の六種の属性が存在していた。だが、クロノという新たな女神が常世界法則に組み込まれた事で、”時間と空間”という新しい魔法のカテゴリーが新たにこの世界へと加わったのだ。
「え!?」
驚くクリス。直前まで存在が消えかかっていたクリスの輪郭が、徐々にはっきりとしてきたからだ。
本来、こんな奇跡は起こりえない。なぜならば常世界法則の管理下では、風の女神ヴェルテが以前失敗したように、女神といえども過去の恒久的な改変はできないからだ。
だが現在の常世界法則はクロノを取り込んでいる真っ最中であり、言うなればシステムメンテナンス中であった。
そのため、管理者権限とも言える創造神の魔力を使う事によってそのシステムに介在する余地があり、存在が不確かだったクリスを完全にこの世界へと定着させることができたのだった。
「ああ、本当に最後まで嫌な奴ねぇ、あなたぁ〜」
こちらを憎々しげに見ながら、消えゆく時の女神は愚痴る。
「喜べクロノ。これからお前は生き別れていた姉さん達にしごかれる長い神生が待っているんだ。精々頑張れよ」
俺がニヤリと笑ってやると、渋い顔をしながら顔を背けた。
「ふん…………確か貴方アルベルトって言ったわね。その名前、覚えておいてあげるわぁ〜」
その言葉を最後に、クロノの姿は消えた。
ついにクロノを常世界法則へと組み込めたのだ。
───それはこの世界が救われた瞬間だった。
「「「やったぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」」」
仲間たちが歓声をあげながら、俺へと近づいてくる。
クリスは顔をドン引きするほど涙で濡らしながら俺へと飛びついてきた。
フェリシアは何かを噛み締めるように顔を伏せながら俺へと手を伸ばす。
ミーアはクリス以上に涙と鼻水で顔面が覆われており、そのせいで前が見えなかったみたいで途中で転けていた。
メアリーは躊躇しているようだったが、左右からリーゼとユリアナに促されながら、俺の方へとおずおずと向かってきた。
サキと翡翠丸はお互いをギスギスと牽制しながら、なぜか服を脱ぎ散らかしつつ俺の方へとダッシュで近づいてきている。
こんな仲間たちに囲まれて、俺は本当に幸せだった。
断罪されることも追放されることもなく、俺はこのハッピーエンドを迎えることができたのだ。
本当に誇らしい。これまでの多くの苦労が報われた気分だ。
「やりましたね、ご主人様ッ!! ………ご主人様?」
サキが茫然と俺に声をかけてくる。
サキの目の前で、俺の身体からは徐々に金色の輝きが漏れ出ていたのだ。
「御前様、ここまでよく頑張ったのじゃ。じゃがもう………」
俺の近くで顕現したウィンディが、哀しげに目を伏せる。
俺は少しだけ微笑み、みんなへと語りかける。
「……みんなには、謝らなければならないことがあるんだ」




