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私は分かるのです

「茶番だな」


 ヘルメスの小さな呟きが静かな戦場に響く。


「おい、獣人の女。なぜさっさとその女を殺さん? 貴様とその(かしま)しい女の実力差ならば、容易いことだろうが」


 サキに対してヘルメスが淡々と呟く。サキは微妙に顔を強張らせるが、それに返事はしない。


「貴様が殺らんのならば俺が変わりに殺ってやろう。いい加減、この茶番劇にも飽きていたからな」


 ヘルメスは隻腕をメアリーに向けると、その指先から鋼線を飛ばした。

 その向かう先はメアリーの首であり、接近戦に不慣れなメアリーでは回避が困難な魔法だった。


 ガキンッ!!


 サキは高速で飛来するその鞭のような鋼線の射線上に躍り出ると、手に持つ翡翠丸でそれを弾き飛ばす。


「……なぜ邪魔をする獣人の女。この戦いの正当なる勝者はそこにいる”悪役貴族”だ。俺はこの茶番に飽きた。だから躊躇している貴様らに変わってその道化を殺してやろうとしているんだぞ」


「例え魅了にかかっていても、メアリーさんは私達の仲間です。殺させませんよ」


 サキはメアリーを護るように翡翠丸を青眼に構え、ヘルメスと対峙する。


「貴様のその行いは貴様の主人の正当なる勝利を踏みにじる行為だと気づかないのか? 貴様らがその女の”処理”を躊躇すればするほど、”悪役貴族”の余力は失われ勝利がその手から零れ落ちるだろう」


「おい、貴様ッ! どっちの味方だッ!?」


 ヘルメスの裏切りとも思える仕出かしに、思わず声を荒げる時の女神(クロノ)


 その抗議を無視し、ヘルメスは再び隻腕をメアリーにむけて呟く。


「俺は、俺を倒した男が、こんな茶番で敗者に貶められる事が我慢ならんだけだ」


 そして容赦なくその隻腕から、メアリーにむけて無数の魔法の弾丸を射出した。


「リーゼ! ここは私が時間を稼ぎますッ!! あなたが、メアリーさんをなんとかしなさいッ!!」


 メアリーを庇うように剣を振るうサキ。リーゼは正直サキの振る舞いが意外だった。いつだってアルベルトを優先していたサキ。


 そのサキがメアリーを仲間と言い切り、命を賭けて助けてくれているのだ。


「メアリーッ!」


 リーゼは真っ直ぐにメアリーへと吶喊(とっかん)する。


 仲間達の中で一番メアリーと接していたのは自分なのだ。


 仲間達の中で一番メアリーの気持ちが分かるのも自分なのだ。


「メアリー、貴女のキモチ、私は分かるのですッ!」


 フェリシアに対してもクリスに対しても当たりがキツかったメアリーだったが、リーゼに対しては戸惑うような動きをする。


「私も貴女も、彼の一番にはなれません! それは残酷ですけど真実です!」


 メアリーが牽制のために土魔法で作った石弾をリーゼに撃つ。


 だがリーゼは頬を掠る石弾を無視し、一直線にメアリーへと向かう。


「でも! 一番になれないからって彼を諦める理由にはならないのです! 気持ちだけなら一番だって……誇ってもいいのですよ!」


「つ、”土壁”よッ!!」


 メアリーがリーゼの突進を防ぐべく、慌てて土砂を盛り上げて土壁を築いた。


「それは……読んでましたッ!」


 視線が完全に遮られた壁の向こうから、リーゼの高らかな声が歌い上げる。


 いつも大きな眼鏡をかけて運動よりも読書を好んでいたリーゼ。


 その彼女が常には見せない運動能力を発揮し、3メートルにも及ぶ土壁を即座に飛び越えてきたのだ。


「え!? ”身体強化”ッ!?」


 メアリーはリーゼの運動神経の無さと身体強化系の魔法との相性の悪さをよく知っていた。だからこそ直接攻撃系の魔法が乏しい闇魔法を得意としていたリーゼでは、己が土魔法を凌駕できないと高を括っていたのだ。


「メアリィィィィィッ!!」


「く、来るなぁァァァッッ!!」


 上空から接近するリーゼに、メアリーは思わず”石弾”を放ってしまった。


「あ…………」


 上空では方向転換などできない。


 放たれた石弾は容赦なくリーゼの身体を穿いていった。


「り……リーゼェェェェェェッッ!!!!」


 一瞬で”魅了”の効果が抜けたメアリーが、地面を這うようにして倒れたリーゼへと駆け寄った。


「いやァァァッ! こんな……なんでッ!?」


 半狂乱になってリーゼを抱きしめるメアリー。リーゼの身体にはなんの温かみもなく、まるで無機物を抱きしめているかのような感触であった。


「どうして私こんなこと……ッ!? お願い、神様ッ! リーゼをッ!」


「───ふーっ、上手く行きましたね。ユリアナさん、そっちからちょっと引っ張ってください」「りょ」


 メアリーがリーゼの遺体を抱きしめながら泣き叫んでいた時、メアリーの後方からのんびりした聞き慣れた声が聞こえてきた。


「……え?」


 そこにはなんとか洗脳の首輪を外してドヤ顔をしている見慣れた眼鏡娘と銀髪エルフの姿があった。


「ふふんッ! 見ましたかメアリー! 咄嗟の作戦にしては上手く行ったでしょう! 大体運動神経が鈍い私が貴女が作った土壁を越えれるわけがないでしょうが!」


「……幻覚で土壁を飛んだリーゼを作ったのは、私。本人よりも胸のサイズの造形が3割増しにしてある」


 ボソボソと呟くユリアナ。王達の会話を盗み聞いた後、戦地に駆けつけてきていたのだ。


「り……リーゼぇぇぇぇ……」


 メアリーは抱きしめていた偽物のリーゼを放り投げ本物のリーゼへと駆け寄ると、抱きしめながら号泣する。


 その背中を優しく撫でながらリーゼがあやすように話しかける。


「一人で悩まないでくださいメアリー。どんなことがあっても、私は貴女の隣にいますから」

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