茶番
1か月半ぶりにお休みが貰えました。暫く休めるので次話は早目にお届けしたい。
「ぐぅぅぅぅぅッ!!」
メアリーに無理やり着けられた黒い首輪”服従乃誓約”から、洗脳の力が俺の体内へと侵食してくる。
俺は即座に体内に残っている虹色の力を解放し、その力と拮抗させた。
《お前様、大丈夫なのかのッ!?》
「し、暫くは……な」
解体魔法の操作を継続しているウィンディは手が離せない。そして俺もまたクロノの解体魔法の維持にほとんどの魔力リソースを取られているため、首輪による洗脳の解呪に手がつけられず、進行を阻止するのが精一杯の状況であった。
時間の経過と共に俺の体内に残された魔力が刻一刻と減っていく。俺の現界の維持ができなくなるのが先か、クロノの解体が終わるのが先か。
現状では動けない俺は、仲間達の動きを静かに見守るのであった。
─────
「メアリー……あなた一体どういうつもりなの?」
険しい表情でメアリーを詰問するフェリシア。
日常の中でのやらかしならば、まだ笑って済ませられる余地はあった。だが、今の状況での行いとしては利敵行為以外の何物でもなく、裏切りのショックと相まって内心ではかなりフェリシアは動揺していた。
「……色々なもんをお持ちのフェリシアはんには、ウチの気持ちを察するのはちょぉぉっと難しいことと思いますなぁ〜」
フェリシアの詰問を受け流し、妖艶に微笑むメアリー。
だがその瞳には常には見えない嫉妬の色彩が混じっていた。
メアリーはみんなに見せつけるようにアルベルトの顔を両手で包み込むように押さえ、その無防備な唇を思うがままに貪る。
そのあからさまな挑発行為にフェリシア達(特にサキと翡翠丸)は飛び出しそうになるが、周囲でアルベルトの挙動に注目しているクロノの眷属達を牽制するため、迂闊に動くことができなかった。
「そ、そんな……メアリーさん、どうして……」
リーゼが泣きそうな眼差しでメアリーを見つめる。
メアリーが自分と同じくアルベルトに好意を持っていたことは薄々察していた。
だがそれを内心で押し留めてアルベルトへの告白をせずに終わるものだとばかり思っていたのに、こんな不意打ちのような卑劣な実力行使に出るなんて全く思っておらず、リーゼは裏切られたような気分だった。
「メアリーさん、貴女は間違っているよッ!」
クリスが毅然とメアリーを弾劾する。仲間としては尊敬し信頼していたが、正々堂々とアルベルトに告白するならともかくこんな風に人の信頼を裏切る不意打ち紛いの行為が赦せなかったのだ。
「は? 貴女にだけは言われたくないですなぁ〜」
嫉妬ではなく憎悪の眼差しでクリスを見つめるメアリー。
「え?」
仲間から不意に向けられた敵意に思わず怯んでしまうクリス。
「男のフリしてアルベルトはんと距離感を縮めてスキンシップを増やして……気がつけばフェリシア様という婚約者を差し置いて隣に居座る事が多いんと違いますかぁ〜?」
メアリーの睨めつけるような眼差しに思わずギクリと硬直してしまうクリス。
婚約者であるフェリシアを押しのけてまでアルベルトの横に居座るつもりはなかったのだが、偶然の重なりと本人にはあまり自覚が無かったが無意識の好意の発露から、結果的に隣にいる機会が多かったのもまた事実だったからだ。
「……まぁもっとも、このまま行けばアルベルトはんとフェリシア様の婚約も無くなってしまうだろうし、もうフェリシア様に遠慮しなくてもいいのかもしれませんけどなぁ〜」
「え?」
メアリーの発言はフェリシアにとっては意外すぎて、即座に理解ができなかった。
「だってアルベルトはんのお父さんと姫様によって今回の女神はんの事件が起こったんや! 責任をとってサルト伯爵家はお取り潰しやでぇ〜!」
アルベルトはそのメアリーの言葉を聞いても表情が変わっていない。どうやらそのことはすでに織り込み済みのようだ。
「……その話は御主人様からあらかじめ承っております。すでにフレト王国にいる私の親類に、サリュート様以下ご関係者の今後について協力していただけるよう手配済みです」
サラリと答えるサキに対して、今度はフェリシアがギョッとした顔を向ける。
「……私、全然知らなかったんだけど?」
「フェリシアから聞かれませんでしたから」
心なしかドヤ顔っぽく答えるサキ。
「……しかしメアリーさん。貴女本当に情けないですね」
サキの反応につまらなさそうな顔を向けていたメアリーに対して、サキは冷たい眼差しを向ける。
「……なに?」
いきなりサキから蔑みの目で見つめられて、思わず声が低くなるメアリー。
「全く自覚がなさそうですけど。貴女、時の女神の魅了にかかってますよ?」
そのサキの言葉を聞いて、フェリシア達は驚いた。メアリーからは”魅了”等の精神魔術特有の気配がなかったため、普通に乱心しただけだと思っていたのだ。
「……私はいたって正気ですけどぉ〜」
自分が普通じゃないと言われ、流石に眉を顰めるメアリー。
「正気だったら貴女にそんな度胸はありませんよ、負け犬さん」
サキのあからさまな挑発にギリギリと歯を鳴らすメアリー。
その姿を見て、いつメアリーがキレて暴発するんじゃないかとリーゼはヒヤヒヤしていたが、メアリーは不意に表情を弛めフンッと鼻で笑った。
「挑発して私の方から貴女に襲いかかるように仕向けたかったんでしょうがお生憎さまぁ〜。その手には乗らんでぇ〜」
その言葉を聞き、歯噛みするサキ。彼女の狙いはメアリーが言う通りだったからだ。
膠着する状況。
このまま千日手を続けると不味いとはフェリシア達にも分かっていたが、失敗は赦されないため迂闊には動くことができないというジレンマを抱えていた。
焦りばかりが心を駆け巡り、妙案が中々出てこない。
「ふはは! まさかこんな茶番が起こるとはなぁッ! 我が”魅了”の術式はダメで元々だったのだがそれが結果的に幸いするとはこれもまた運命よ!」
動けないフェリシア達を見て、哄笑するクロノ。確かにこのまま状況が膠着すれば、ここまで積み上げてきた勝利への道筋が途絶える公算が高そうだった。
───極度の緊張状態の末に不意に静かになった戦場にて、冷え冷えとした男の声がボソリと呟かれる。
「茶番だな」
サキ達と現在対峙している、エクスバーツ第一機動騎士団・第五〇一機動強襲騎士中隊の元隊長、ヘルメスだった。




