第1ラウンド
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「行くぜッ!!」
俺は翡翠丸を構え、時の女神クロノへと矢のような勢いで疾駆する。
ゲームのラスボス。一度は敗れた仇敵。そして迷子のように常世界の外側へと取り残されてしまった末の女神。
俺の体内では様々な感情が渦巻いているが、まぁやることは単純だ。
創造神から託された力を、クロノへと撃ち込む。
そのためにまずはクロノの抵抗力を削ぎ落とさないといけない。
「小癪なッ! 異次元へと果てろ”異境門”ッ!!」
クロノは俺を異次元へと飛ばすべく、ミニブラックホールのような黒い渦を飛ばしてきた。
ゲームとは違い六女神の力でその権能を抑えられていないクロノは、いきなり必殺の超魔法を撃ってきたな。
普通ならここでゲームオーバーだ。だが当然だが俺は普通じゃあない。
「翡翠丸ッ! 俺の力を吸えッ!!」
俺の虹色の魔力を手に持つ刀へと注ぎ込む。
翡翠丸。元は旧魔法帝国の遺産であるが、今では”剣”という概念が昇華した上級精霊だ。
その司る権能は、”斬る”という事象に特化したピーキーなものだ。
俺はクロノが放ったミニブラックホールへと翡翠丸を斬りつける。
「何ぃッッ!?」
翡翠丸に斬られたミニブラックホールはあっさりと両断されてその力を喪う。
翡翠丸が持つ斬るという概念に俺の魔力を上乗せする事で、クロノが放った魔法を無力化したのであった。
「ぐ、速い! ”次元壁”ッ!!」
躱すのではなく強引に突破してきた俺に対し、クロノは自身の眼前に次元の裂け目を展開した。
「うぉぉぉぉぉぉッ!!」
俺は渾身の力でその防壁を叩き斬るッ!
「次元断層をそんなあっさりと………クッ、この化物めがッ!!」
カンの鋭いクロノは、防壁が大して役に立たない事を悟り、自身を空間転移して俺との距離を強引に取った。
「私の未来視でもお前の動きを予測仕切れない! ならば出し惜しみはなしねッ!!」
そしてクロノは乱射乱撃雨あられとばかりにミニブラックホールを俺へとぶつけてくる。まるで弾幕ゲーだな!
「どっちがバケモンだよ、畜生ッ!!」
以前戦った時の精霊も重力波の乱れ撃ちをしてきたが、これはまさにその上位互換だな。
一つ一つのエネルギー総量が破格であり、もし通常の魔力障壁で対抗しようと思ったならば一発を防ぐだけで魔力がごっそりなくなりそうだ。
俺は的を絞らせないように乱数移動をしながら、ミニブラックホールを斬りつつクロノへの接近を試みる。
辛うじて翡翠丸が持つ権能の相性の良さにより、上手く女神に対抗できているが、実際は薄氷の上で踊っているような状態だ。
今は互角に戦えているが、それは相手がこちらを未だに舐めているからだ。
時の女神はもしも作戦や戦闘が失敗したと判断したならば躊躇なく時を巻き戻してやり直すことだろう。こいつにとってこの世界は、やり直しがきくゲームと同じなのだから。
だから先ずはその力を封じようか。
「翡翠丸! 気合入れて10秒だけ時間を稼げッ!」
「はい、マスター! その代わりあとで身体を使った報酬を貰いますから!」
どっかの自称奴隷と同じような事をのたまいつつ快活に返事をする翡翠丸。
俺は刀を手放して、一直線にクロノへと向かう。
「刀を捨てて特攻とは気でも狂うたか!? ならばさっさと次元の果てへと沈むがよいぞッ!!」
当然武器を手放した俺に対して、クロノはチャンスだとばかりにミニブラックホールを集中して撃ち込んできた。
女神の力が込められたその攻勢の密度は圧倒的であり、虹色の魔力を持つ俺でも流石に捌き切ることは難しそうだった。
───だから俺は翡翠丸という鬼札を切る。
「翡翠丸全権能解放ッ! ”刀剣庫”放出ッ!!」
人化した翡翠丸の前面に大量の刀剣類が現れる。その一つ一つは伝説級の刀剣だ。
「大盤振る舞いです。赤字覚悟の出血大サービスですよ」
そして一斉に刀剣達はクロノが放ったミニブラックホールやクロノ自身へと殺到していく。
「なんじゃそれはぁぁッ!?」
翡翠丸の切り札”刀剣庫”。
それは剣の上級精霊たる翡翠丸が、己の眷属たる刀剣を大量召喚する大魔法だ。
精霊王の王権ほど使い勝手は良くないが、それでもクロノを足留めするには充分な力を持っていた。
刀剣達はミニブラックホールを空間に縫い止め、クロノは刀剣を防ぐために自身の前面に防壁を張り、俺達から距離を取ろうと空間転移を発動させる。
先程と全く同じだ。学習していない。
まぁ、それはそうだろう。クロノは戦士ではない。だから自身の権能と未来視崩れのカンに従い、簡単に後ろへと下がったのだ。
一度の攻防でその構成が読まれているとも知らずに。
「”加速”」
俺は現在地のクロノではなく、推定される転移先へと駆け抜ける。
空間転移魔法は強力だが、その移動は直線的だ。
だから簡単に読める。
「は?」
空間転移を解除し現実世界に帰還したクロノは、目の前で虹の魔力で作り上げた剣を振りかぶっている俺を見て驚愕している。
慌てて次元壁を張ろうとするがもう遅い。
「終の秘剣……”無銘”」
歴史の彼方に忘れさられた流派の最終奥義、”無銘”。
その特長は───
「ん? 何も起こらない……?」
斬られた事で過去移動を行おうと考えていたクロノは、自身が無傷であることを訝しんでいる。
その姿を見て俺は口の端を少しあげる。
「ちゃんと斬ったよ。試しに過去移動してみれば?」
訝しみながらも素直に過去移動しようとするクロノ。
ここらへんの純朴さは少し風の女神を彷彿とさせるな。
「ならば……”過去”へッ!! ……………んんッ!?」
慌てるクロノ。それを見て俺はニヤリと笑う。
「終の秘剣”無銘”。その効力は相手の防御を無効化することだけなんだよ」
この奥義の本質は相手を斬る事を求めない。ただ相手の抵抗を無くすだけだ。
もし相手を斬る事を目的にこの業を使っていたならば、敵意を感じたクロノはその時点で自動的に過去へと跳んでいただろう。
だが俺はこの攻撃に敵意も刃も向けなかった。
俺はただ、クロノへと触れただけなのだから。
「お前をこの世界に取り込むため、俺は創造神から力を借りている」
その言葉にハッとするクロノ。
「……私に鎖を付けたなッ! この世界に留まらせるためにッ!!」
「正解ッ! いやぁ、初撃を黙って受けてくれて助かったぜクロノ! これでお前は世界に固定された。あとはじっくりとこの世界に溶け込ませるだけだぜ!!」
凄まじい形相でこちらを睨んでくるクロノ。
テントをペグ打ちするかの如くこの世界へと釘打ちされたクロノ。これでもう簡単には逃げれない。
「じゃあそろそろ身体も暖まってきただろ? ……第2ラウンドを始めようぜ」
俺は獰猛に嗤った。




