閑話 決戦前夜
400万PV達成しました。ここまで読んでいただきありがとうございます。
また、博報堂さんの「今日の一冊」に取り上げられました。この場を借りて読者様や関係者の方々にお礼申し上げます。
※今回はクリス視点の話です。
「はぁ……」
私はお風呂場で一人ため息をついた。
アルくんと衝撃の再会を果たした日の夜、私達はアルくんやミーアちゃんが作ったという宿営地まで移動して休息をとっていた。
アルくんの話では今から時の女神の軍勢を追っても中途半端な戦場で不利な戦いになってしまうから、英気を養いがてら時間調整をした方がよいとの事だった。
先の戦闘で私達が負った怪我の治療や疲労の回復等も必要だったため、アルくんの勧めに従い、私達は宿営地で休息する事となったのだ。
「なんか再会してからのアルくん……私達と少し距離があるんだよねぇ……」
考えてみれば今日再び私達の前に姿を現したアルくんは、ずっとエドくんの姿で私達と接していたのだ。
私達にとってはアルくんとの感動の再会だったのだけれども、アルくんからすればある程度心の整理がつくほどの長い時間、私達との間に心の距離が空いてしまっていたわけだ。
私は備え付けの石鹸(高級品だよね)でワシャワシャと髪を洗うと、桶に汲んでおいたお湯を頭の上から勢いよく流した。
「はぁ……私もフェリシア様やサキさんみたいに綺麗な長髪だったらなぁ……」
鏡に映る自分の藍色の髪を、指先でクルクルと弄る。
兄のフリをする必要がなくなったので、私は再び髪を伸ばし始めている。
でもその長さはまだ精々がセミロングであり、如何にも品があるフェリシア様の赤毛の巻髪や、サキさんの黒く艷やかなロングヘアと較べてしまうと、どうしてもその差にがっかりしてしまうのだった。
ちゃぽん……
私はゆっくりと湯船に入る。
なんでも宿営地のお風呂はミーアちゃんが地下深く掘って温泉を引っぱってきたらしい。
まさかこんなところで温泉に入れるだなんて思っていなかったので、そこは純粋に嬉しかった。
「ふぅ……」
肩までお湯に浸かると、私は自然と空を見上げた。
空は恐ろしいほど澄んでおり、星々が綺麗に瞬いている。
そういえば去年の今頃は、クリスティン兄さんの足跡を追うためにヴェルサリア魔法学園に入学する準備を慌ててしていたんだったかな?
たった一年前の事なのに随分と昔の事のように感じる。
……そして私は学園に入学して、アルくんと友達になって、それから───
私は封印していた過去の混浴した記憶を思い出してしまい、慌てて頭まで湯船の中に沈む。
……もしもあの時無理やりアルくんと関係を持ってしまったら、ひょっとして今頃私達は恋び───
私は再度、湯船の中に急速潜航した。
閑話休題。
「アルくんはちゃんと私達のところに戻ってきてくれたけれど……」
確かにアルくんは私達の下に帰ってきてくれた。でもきっとそれは物凄い奇跡の産物なのではないかと思う。
私はまだ、あのアルくんが私達の前から消えてしまったイメージが拭えていない。
あの絶望を、私はハッキリと覚えている。
アルくんの命が私達の前から無理やり時の女神によって奪われた時、私の心の中に最初に浮かんだ思いは焦燥感だった。
───私の心に秘めた想いを、私はアルくんに何も伝えられなかったのだ。
「もうあの失敗は……イヤだよ」
私は手を握りしめながら湯船から立ち上がる。
女は度胸だッ! 振られてもいいから、ちゃんと私の想いをアルくんにぶつけるんだッ!
私は固い決意を胸に秘め、お風呂から上がると急いで服を着込み、アルくんの部屋へと向かうのだった。
─────
「あ〜、やっぱり緊張するなぁ〜」
勢いでアルくんの部屋の前まで来てしまったけれど、今更ものすごく緊張してきたのだった。
もしアルくんに告白してそのままOKが貰えて、その場の勢いで男女の関係になっちゃったら……
脳内アルくん「クリス……お前が好きだ……だから、いいだろ?」
私「い、いいって……? あっ、ダメぇ♥ ご、強引だよぉアルくぅん♥」
脳内アルくん「お前は俺のもんだ……だから、今から印をつけてやる」
私「え♥ 印って……♥♥♥」
あ、やばい。フェリシア様やサキさんに後で謝らないと。
でも子供がデキちゃったら仕方がないよね。二人もきっと祝福してくれるはず!
妄想だけがフルスロットルで加速していき、異世界恋愛もののいちゃラブな小説が1冊できそうな勢いでストーリーが脳内構築されてしまった。
ガチャガチャ! ドンドンッ!
「……だ、駄目だよぉアルくぅん♥ そ、それは子供に飲ませ──って今の音なにぃぃッ!?」
脳内妄想小説が恋愛編の次の若妻編に差し掛かった時、いきなりアルくんの部屋の中から無視できないレベルの激しい騒音が聞こえてきた。
私は血の気が引くような思いで、アルくんの部屋の扉を叩く。
「あ、アルくん!? 今もの凄い音がしたけれど大丈夫!?」
アルくんの部屋は鍵がかかっていた。しかもそれは魔法的な施錠だった。
これは何かが起こっている!
私は無我夢中で光魔法を使い、扉を壊すと部屋の中に飛び込んだ。
「アルくん! 大丈………夫?」
私はアルくんの部屋の中に入った瞬間、固まってしまった。
アルくんは……いた。
ただし猿轡をかまされた上で、魔法的な拘束具でぐるぐる巻の簀巻き状態でベッドの上に転がされていたのだった。
そしてそれ以上に驚いたのは、アルくん以外にベッドの上に2人の女性がいたことだった。
「貴女、墮精霊の分際で馴れ馴れしく私の御主人様に近寄らないでくれないかしら?」
「……ケダモノ風情がよく吠える。マスターと私は一心同体。戦場でもベッドの上でも」
物凄い殺気を飛ばし合いながら、サキさんと翡翠丸さんがベッドの上で手四つで組み合っていた。
真っ裸で。
「むぐぅ! むぐぅ!」
必死な形相でこちらへと助けを求めてくるアルくん。
薄暗い室内をよく見ると、部屋の隅で怯えた表情を浮かべながらウィンディちゃんとミーアちゃんがお互いを抱き合いながら震えていた。
う〜ん、ここは地獄かなぁ?
先程までの甘酸っぱい想いも焦燥感も全部ふっとばして、ぐったりとした疲労感だけが私の心に残った。
……まぁ、告白は時の女神との戦いが済んでからでいいかな?
結局私もドアの所で固まったまま何もできず、みんなが部屋に戻って来ないことを不審に思い様子を見に来たフェリシア様が事態の収拾を図るまで、サキさんと翡翠丸さんの罵倒合戦は続いたのでした。
「むぐぅ! むぐぅ!(今回の俺の出番って、これだけかよ!)」




