閑話 悪役貴族のやりなおし
2回も書き直しました。やはり私にはザマァは書けませんでした。
「……ここは?」
俺はぼーっとした頭で周囲を見渡す。
埃っぽい匂いが充満した薄暗い室内はがらんとしており、床いっぱいに書き込まれた複雑な魔法陣だけが異様な輝きを仄かに発しているのだった。
「……どうやら俺は、無事に現世へと復帰できたみたいだな」
俺は直前の記憶より明らかに小さくなっている自分の手のひらをジッと見つめながらポツリと呟いた。
「お前様、ワシもちゃんとこれたのじゃよ?」
俺の隣で相棒のウィンディが騒ぎ出す。シリアスな雰囲気が台無しだ。
「さて、これからの予定だけど……」
俺は身体に異常が無いことを確認し、この見知らぬ部屋から出る。
ここに来る直前、創造神のおっさんからいくつかの注意事項を受けていた。
一つ目は、自分の身体を使いこなす時間を確保するため、過去に飛ぶ事だ。
新しい身体は複数属性の魔法適正があるだけではなく、その魔力が以前と較べて膨大だ。
言うなれば車体が変わらないのにエンジンだけがレース用のものすごい出力に変えられた自動車のようなものだった。
俺が過去の自分と同感覚で魔法を使った場合、魔力が暴走しかねない危険があり、魔法を使う感覚を今一度自分に馴染ませる必要があり、クロノと戦う前にその修練のための時間的猶予が必要だったのだ。
二つ目は、俺とウィンディが過去で活動するに当たり、時の女神に決してその正体を悟られないことだ。
もしもバレたら俺達の暗躍がバレる。そうしたら何かしらの対策が取られてしまい、今までの努力が全て御破算となってしまうのだ。
だから、クロノの監視が届きにくい、王国から遠く離れた辺境国家群に埋もれた最果ての島に俺達は飛ばされたのだった。
そして最後の三つ目。
「───ほう、どうやら私が死を迎える前に、無事この世界に戻れたようだな、アルベルト」
ドアを開け隣の部屋に移動すると、粗末なベッドに横たわっている老人がいた。
真っ白な髪に骨と皮ばかりの細い身体。身を包む魔力も最早風前の灯であり、明らかに死期が近いことが悟られた。
それにもかかわらずその瞳には強い意思の輝きがあり、まさに気力だけでここまで生きていたのではないかと思うものだった。
「……久しぶりだな…………親父」
そう。この眼の前にいる老人は、俺が死ぬきっかけを作った俺の実の父親であり。
同時に、創造神のおっさんに協力して、俺の過去への再誕を支援した協力者でもあったのだ。
─────
「……おばさん、結局あんたとまともに喋る機会はなかったな」
俺は親父が住んでいる小屋の近くにある、小高い丘の上に建てられた小さな石柱の前で両手を合わせた。
苔むして墓碑も刻まれていない小さな石柱。
ここにはクロノの依代となっていた、親父の妹さんを模したホムンクルスの少女が眠っているとの事だった。
ウィンディに車椅子を引いてもらっている親父が、ポツリと呟く。
「ホムンクルスの身体で仮初めの生を貰った妹は……決して長くは生きられなかった。それでも私は……彼女に生きていてほしかったのだ」
ホムンクルスは普通の人間と較べて、短命だ。王女のフリをさせられていた伯母は、享年にして30で死んだらしい。
「妹は生前も病弱で、長く生きられないと医者に言われていた。だから最後まで看取る約束だったのに……私はそれが果たせなかった」
親父の過去で何が起きたのか、俺は知らない。それは親父だけの物語だ。
すでに事件は起きたのだ。過去は覆われない。俺は殺され、そして過去にて復活したのだ。
どうやら親父はクロノだけではなく創造神とも密約を結んでおり、一種の二重スパイ状態だったようだ。
その役割は俺がこの世界で再誕し活動するための下準備であり、各種魔導書を取り揃えたり、俺が活動するのに必要な資金や偽の身分等の準備を数十年にわたりコツコツとしていたそうだ。
黙って王国で暮らしていれば国内有数の大貴族として優雅に生きられたのに。たった十数年の妹との生活のためだけに全てをなげうったのだ。本当に馬鹿な選択をした父親だった。
「私は……ようやく……約束が果たせた……たとえそれが……仮初だとしても……」
気力だけで生きていた親父から、急速に生命力が抜けていく。
「すまなかった……息子よ。だが、それでも……私は…………」
目を閉じる親父。そしてそれはもう二度と開かない。
親父の選択は、はっきり言って愚かだ。だがそれでも、俺は。親父の選択を非難したりはしなかった。
「おばさんは、穏やかな顔で死ねたみたいだし……な」
己の全てをかけた親父の行動は、ただその小さな笑顔のためだけだったのだから。
─────
「──さて、この島ともおさらばの時かな」
俺は小さな二つの石柱に両手を合わせると、くるりウィンディに向き直った。
親父が死んで数年後。俺は各属性の魔法を全て習得し、魔力制御も完全な状態になっていた。
「お前様、この小屋はどうするんじゃ?」
ウィンディが旅立つ前にセイフティーハウスの扱いについて聞いてくる。
「長く暮らしたしなぁ。潰すのもアレだし……」
「お〜い!」
そんな風に悩んでいた時、小さな女の子の声が突然聞こえてきた。
「ん? なんだ、チロルか」
「何だとは何よ! 居候のクセに!」
俺達のところに、10歳くらいの小さな女の子が駆け寄ってきた。
「おう、大家の娘。今日でココ、引き払うぞ」
「えぇぇ!? そ、そんなの聞いてない!」
あたふたする少女。俺はその髪の毛をぐしゃぐしゃっと撫でる。
「今言ったしな! まぁ、別に死別するわけじゃねぇし、生きてりゃまた、会えるさ」
「……ほんと?」
「ああ」
実はこのチロルという少女は……俺の血縁者なのだ。
親父が死んだあと色々と調べたら、親父のクソ野郎は実の妹と……ゲフンゲフン、いや、俺の口からはそれ以上は言えない。
ただまぁ、こいつは俺の異母姪に当たるらしい。
もちろん本人はそんなことを知らないし、村の人間も知らないだろう。
親父にも親父の物語があった。
そしてこの子にもこの子だけの物語があるのだ。
「……じゃあ最後にちょっとだけお願いしてもいい?」
チロルは小さくもじもじしている。
「ん、なんだ?」
子供のお願いを無碍に扱うほど、俺は擦れてないぜ。
「え〜と、私を……お兄さんのお嫁さんにしてくれないかな?」
つぶらな瞳を潤ませて、俺を見上げる少女。
「あはは、そういうのは大きくなってから隣の家に住んでいる幼馴染みのハンスくんにでも言ってあげなさい」
めっちゃ泣きながらポカポカされた。
こうして俺達はこの最果ての島を後にしたのであった。
─────
「初めてだけど、凄く懐かしく感じるのだぜぇ〜」
ヴェルサリア魔法学園に入学して感じたのは、強烈な郷愁感だった。
ここが舞台なのだ。
俺はまた、この表舞台に戻ってきたのだ。
「ご主人様ぁぁぁぁ、助けてくださいぃぃぃ」
「馬鹿、学校内ではアルベルトと呼べと言っているだろうが!」
遠くでアルベルトとサキがいちゃついているのが見える。
サキは亜人であるため、その超感覚は恐ろしいものがある。だからなるべく接触を控えなければなるまい。
どすん。
誰かが俺とぶつかったようだ。
「……あ、す、すみません」
俯き、ボソボソと小さな声でぶつかった事に対する謝罪の言葉を投げかけてきたのは、まだ自分が何者なのかを知らないクリスだった。
「気にするな、なのだぜ〜」
俺はクリスを慰めない。それは別の物語だからだ。
俺は自分の出番が来るまで、静かに見守るだけだ。
俺は再び遠目からアルベルトを眺める。
サキと別れたアルベルトは、教室の外に出てきた。
そして通路の真ん中で突っ立っている俺と、目を合わせる。
「ん〜? お前って……」
訝しげな顔をしながら、俺に挨拶をしてくるアルベルト。
アルベルトよ、これからお前は大変な一年を過ごすだろうさ。
そこには数多くの困難が待ち構えており、心折れそうな時もあるだろう。
だがそこには新たな出合いがあり、自分が何者かを知るかけがえのない一年が待っているのだ。
だからとりあえず俺は、アルベルトへと挨拶する。
「グフフ、はじめましてなのだぜ〜。拙者の名は────」
さぁ、再び始めよう。世界を正す、新たな戦いを。




