虹
「よぉ! バレちまったからには挨拶しねぇといけねぇよなぁ!」
俺は翡翠丸を鞘から抜き放ち、時の精霊へと突きつけながら改めて名乗りをあげる。
「俺の名はアルベルト! 借りを返して貰うため、あの世から舞い戻ってきたぜッ!」
俺はそう宣言すると、にやりと嗤った。
《………否………否ッ! 貴様は我が主の手により確実に死んだはずだッ!!》
時の精霊の野郎が見た目に似合わない慌てた声を出している。
よくよく考えれば、時の精霊の視点だと俺は亡霊ってことになっているのか。
まぁ、俺は創造神の助力でこっちの世界へと舞い戻って以来、ずっと仮想の存在であるエドワードに身をやつして、クロノに一撃かますための準備をしていたんだがな。
「本当は奇襲でクロノを襲ってやりたかったんだが、まぁ仲間のピンチも捨て置けないし、今回の俺の行動は不可抗力だよなぁ、うん」
普段はステルスモードと称した闇魔法"完全隠蔽"を使って魔力や姿をエドワードに偽装していたのだが、流石にここまで強い魔法攻撃を時の精霊から喰らうとそのメッキも剥がれてしまったわけだ。
もっともすでにこの戦いの詳細が時の女神へと伝わらないように欺瞞工作もしてあるから大勢に影響はないとは思うのだけれど。
《………まさか貴様が生きているとは思わなかったぞ、時の女神様に仇なす者め! 出し惜しみはナシだ。ここで我が全魔力を使ってでも貴様を潰す!》
時の精霊からまたどでかい魔力の放出がはじまった。これは先程俺に攻撃をしてきた重力攻撃の最大出力って感じかな?
俺は腕に構える翡翠丸へと意識を向ける。そう言えば翡翠丸が以前にクロノの一味へと荷担していたのはある意味でラッキーだったな。
エドワードとなった俺が、生前のアルベルト一行の行動を見張っていた時に偶然、翡翠丸と再会し、激烈なスキンシップ───あれをスキンシップなんて丸い言葉で収めていいのか?───の果てになんとか仲間に引き入れる事に成功したわけだが。
《ええい、ちょこまかと我が攻撃を避けおって!》
無駄な思考を維持しながらも、俺は時の精霊へと徐々に接近していく。
時の精霊はドカンドカンと派手な重力魔法とオリハルコン製らしい凶悪なワイヤー攻撃で俺に襲いかかってくる。
全力攻撃へと移行した時の精霊の攻撃密度は凄まじいものがあり、攻撃は捌ききれるものの中々近接戦を仕掛ける事ができない。
「仕方がない。一つ手札を切るか」
俺は意識を集中し、魔力を練り上げていく。
「闇魔法……”影分身”」
己の姿を2人いるかのように偽装した闇の魔術を発動する。
《はっ! そんな子供騙しの技が我に通ずるものか!》
時の精霊は、俺と影を巻き込むようにして重力波を放つ。影は所詮影であり、ちょっとした魔法攻撃を喰らえばたちまち消え失せてしまうのだ。
ひょい。
だが俺も影も身のこなしはすばしっこい。そんな中途半端な攻撃を喰らうものか。
「”影球”」
こちらも黒球を浮かべて魔法で反撃する。
《愚かな奴め! 影は魔法攻撃などできぬ! つまり貴様が本物だ!》
時の精霊は嘲りの声を上げながら全力で攻撃を仕掛けてきた。
───影の方へ。
《何ッ!?》
影を貫くオリハルコンワイヤー。だがあまりの手応えのなさに流石にフェイクだと気がついたか。
だが、もう遅い。
「奥義……”疾風迅雷”ッ!」
本体である俺は、風魔法で作り上げた推力を利用して時の精霊へと肉薄する。そして間髪入れずに暴風を纏いし翡翠の輝きが時の精霊を切り裂いた。
俺は風魔法を組み込んだこの奇襲用の剣技で、時の精霊に必殺の一撃を与えたのだった。
《バカな……バカな、バカな、バカなぁぁぁぁッ!? なぜ貴様は魔法を切り離せた!? そもそも複数属性だと!? それを赦されるのは───》
「”創造神の属性”……だけだよなぁ」
《創造神……だとッ!?》
驚く時の精霊。まぁ普通驚くだろ。人間如きが常世界法則の理を捻じ曲げているんだから。
今の俺の魔力の輝きは、闇魔法の黒でもなく風魔法の翠でもない。
何色にも変われる変幻自在の色彩。虹の輝きだったのだ。
《理解できぬ……理解できぬ……》
ぶつぶつと呟いている時の精霊。俺の一撃を奇襲で喰らってかなり満身創痍だ。
《くっ……時を……時を巻き戻さなければ……ッ!》
突然、時の精霊が俺の知らない魔法を構成し始めた。
術式から時の女神が使う時間を巻き戻すものと同様だと確信する。
(マズいな。さっき俺の擬態が破られたのはこの魔法によるものか。この魔法はまだ俺には使いこなせないし、使われると正直面倒だな)
俺は何か対処法がないかと悩んでいた時、俺の思考に割り込むようにして相棒からアイデアが届いた。
《おう、お前様。ワシじゃよ、ワシ》
───なんか振り込め詐欺みたいだな。
─────
(”時戻し”の魔法は成功か……)
時の精霊は残った魔力量を確認しながら、アルベルトと対峙する。
すでに何度も大魔法を使っているため、あと数回しか”時戻し”は使えそうもなかった。
(だがすでに相手の軌道は見切っている。次はカウンターの餌食だ………)
昏い喜びを押し隠しつつ、時の精霊はその瞬間を静かに待ち構えた。
「奥義……”疾風迅雷”ッ!」
(来たかッ!)
物凄いスピードで時の精霊へと接近してくるアルベルト。
だがそれはどんなに速かろうとも時の精霊の記憶にある通りの軌道を通っていた。
《くくく、貴様のその攻撃……我はすでに覚えたぞッ!!》
先程の斬撃が来るタイミングに合わせて、カウンターを仕掛ける時の精霊。
ザシュッ!!
交差する二人。
「…………」
《な……なぜ…………》
勝ちを確信していた時の精霊。だが倒れたのはアルベルトではなく時の精霊の方だった。
アルベルトの斬撃は、時の精霊が知らない軌道を描き、あっさりと時の精霊を斬り裂いたのだ。
─────
《ぐう………なぜ……なぜだ、なぜだなぜだなぜだなぜだ! …………何故だァァァァッッ!!》
絶叫する時の精霊。どうやら4回ほど俺の記憶にない時の巻き戻しを仕掛けたのだと相棒が教えてくれた。
《時の精霊の魔法に対処するためには、時間軸とは切り離されとるワシの本体にデータをバックアップしておけばいいのじゃ。そうすればワシらの記憶がなくなっても対処は容易じゃろうて》
俺は相棒の提案を採用し、こうして時の精霊を完封するのに成功したのだった。
苦しむ時の精霊とそれに対峙している俺。
そんな構図に一石を投ずるように新しい人影が近づいてきた。
《おお、ソプラノ! 良いところに来てくれた!!》
時の精霊の後ろから現れたのは、フードを被り背中に大剣を背負った翡翠の髪の人物だった。
時の精霊は続ける。
《くくく、これで形勢は変わったぞ》
仲間が増えたことで気が大きくなったのか、時の精霊が時の巻き戻しをキャンセルし、自分の傷を塞ぐ事にほとんどの魔力を注ぎ込んでいた。
「……まぁ形勢は確かに2対1だな」
俺は余裕をもって時の精霊と相対する。
《その強がりいつまで保つかな? ソプラノ、貴様はこいつの背後から───》
ずぶり。
《…………は?》
フードの人物は一切の躊躇なく、背後から時の精霊の背中に、背負っていた剣を突き刺した。
「本当は私がやりたかったのですが、まぁ今回は譲りますよ」
戦闘はすでに終わったとばかりに、翡翠丸が勝手に人間形態へと変わり、俺へと腕を絡めてきた。
しばらく会わないうちに翡翠丸は随分と人間ぽくなったなぁと思う。
《ソプ………ラノ………?》
呆然と俺へとしなだれかかっている翡翠丸を見つめる時の精霊。
「ああ、時の精霊さん。お久しぶりですね」
《どういう……ことだ……?》
事態が飲み込めていない時の精霊。そりゃそうだ。翡翠丸を用心棒として雇っていると思っていたら、いつの間にか替え玉になっていたのだから。
「じゃ~ん! なのじゃ!」
時の精霊を後ろから刺したフードの人物が、その素顔を晒す。
そこから現れたのはマジックハンドを手に持ち、高下駄で身長を詐称した、ちびっこ精霊王ことウィンディの姿であった。
《我らを……ずっと謀っていたのか……》
呆然とつぶやく時の精霊。
そう。俺達は早くから時の女神達の動向を探るべく、ウィンディを翡翠丸の代わりにスパイとして潜り込ませていたのだ。
……本当ならこんな面倒な事をしないでも翡翠丸がダブルスパイとして頑張ってくれれば良かったのだが、翡翠丸が俺と離れるのがイヤだと駄々をこねたため、苦肉の策としてウィンディをスパイとして送り込んでいたのだ。
「お前様。此奴の魔力はほとんど空じゃ。もう過去への移動は不可能じゃろうて。あと魔導ジャミングも正常値の範囲じゃ。これならこちらの動向は時の女神へと届いていないじゃろうて」
剣を引き抜いたウィンディが、一瞬で俺の隣に現れ、俺へと情報を伝える。
どくん。
そんな時、小さな魔力しか残っていないはずの時の精霊から燃え上がるような魔力を感じた。
《ただでは……死なぬ。貴様らも……道連れだッ!!》
「うわぁ……」
どうやら敗北を悟った時の精霊は、自分の残魔力を暴走させて無差別の爆発攻撃を仕掛けるようだ。
俺達や後方に移動したフェリシア達はなんとかその爆発から逃げられそうだが、ラ・ゼルカの一般人の方々は大体全滅ではなかろうか。
「どうしますかマスター?」「どうするのじゃお前様?」
同時に俺の意思を確認してくる翡翠丸とウィンディ。流石にここまでガッツリ絡んでおいて、はいサヨナラでは寝覚めが悪い。
「止めるぞ、二人共」
「「ガッテンです(なのじゃ)!!」」
一瞬で刀に戻る翡翠丸と、俺の体内へと潜るウィンディ。
俺は自分の身の内にある魔力をゆっくりと解放する。
新しいこのボディには以前の貧弱な魔力と違い、膨大な魔力が宿っている。
その凄まじい力をコントロールするために、これまでずっと修行を続けてきたのだ。
《お前様、アカシックレコード=マナとの接続プロトコルが確立されたのじゃ》
ウィンディが俺の身の内で囁く。俺は自分に流れ込んでくる外部魔力の濁流を自身の魔力を使ってコントロールし、翡翠丸の刃の周囲へと展開する。
《あっはぁぁぁぁ……… しゅ、しゅごいいいぃぃぃぃ………》
膨大な魔力にあてられ、いきなり酔っぱらったかのように喘ぎだす翡翠丸。正直ちょっとエッチだ。
「………我が手に宿りしは世界に揺蕩う原初の力。我が権能の理に従い、其を魔を討つ力へと改変す」
その魔力は翡翠丸を核とし、次第にその全貌を現す。ただ人にあらざる何かを切り裂くためだけに鍛えられた一振りの剣として。
《全て滅びよッ!!》
時の精霊の魔力が暴発する刹那、その魔法は発動される。
「……”天之尾羽張”ッ!!」
俺は全力でその虹色に輝く剣を振り下ろす。
《グゥゥゥゥッ! 消える!? なぜ我という存在が消えていくのだッ!?》
悲鳴のような絶叫をあげる時の精霊。
人造神剣”天之尾羽張”。
フェリシアが持っていた神剣”火之迦具土の剣”を参考に、俺の魔術で作り上げた人造神剣が天之尾羽張だ。
その力の本質は神殺し。すなわち、悪魔や精霊といった超自然の相手を滅殺する戦略魔法だった。
時の精霊から放出される魔力と拮抗する虹色の魔力。
やがて全ての魔力を対消滅させ、その役目を終えた。
《ククククク………》
爆心地の中央には、存在の力を失い徐々にその姿を空に溶かしている時の精霊の姿があった。
「何がおかしい」
俺は訝しげに時の精霊を見やる。
《我は負けた。それは認める》
どんどんとその存在を消していく時の精霊。だが不遜な態度を崩す気配がない。
《だが貴様には致命的な欠点がある。それを我は知った》
「俺の欠点……だと?」
《それは───》
最期まで言い切ることなく空へと溶けた時の精霊の言葉。
だが最後の呟きはいつまでも俺の耳に残った。
《貴様は……人間の弱さに……敗れる》
負け惜しみと言うにはあまりにも予言じみた不気味な悪寒を、俺は感じるのであった。
以上、フード女のネタバレでした。




