正体
少し投稿が遅くなりました。
区切りが悪くて5000文字を超えてしまってちょっと反省です。
エドワードが提供してくれたエリクサーによって死の淵から回復したフェリシアは、自力でサキが倒れているあたりまで後退し、クリスと合流していた。
回復したとはいえまだまだダメージが深く残っているフェリシアにはエドワードを掩護するだけの余力はなく、同じく消耗していたクリスも意識を失っているサキに小さな回復魔法をかけるのが精一杯な状態であった。
現状できる事が限られている彼女達ではあったが、一刻も早くエドワードに加勢して時の精霊と戦いたいという思いは一致していた。
なぜならば二人とも先程の戦いで時の精霊の手強さを嫌というほど味あわされていたからだ。
一刻も早く加勢しなければエドワードが危ない───
しかしいざエドワードと時の精霊との戦いが始まってみると、彼女達が呆然としてしまうような状況が展開されるのだった。
─────
《死ね》
時の精霊はフェリシアと戦った時と同様に、ワイヤーのような鋼線らしきモノをエドワードに叩きつけてきた。
「…………」
瞬間、翡翠の輝きが空に閃き、硬質な金属の音色がエドワードの周囲で鳴り響く。
エドワードは、時の精霊の攻撃をその手に持つ翡翠色の長刀でことごとく切り捨てていったのだ。
一度や二度ならば偶然と片付けられるかもしれないが、エドワードはその場を動くこともなくその手に持つ一刀で尽く時の精霊の攻撃を捌いていた。
「……す、すごいわね」
「エドくんがあんなに凄い剣の使い手だったなんて私ぜんぜん知らなかったよ……」
フェリシアとクリスは呆然と、激しく交錯するエドワードと時の精霊の攻防を見守っていた。
エドワードの剣の動きは、流麗でありながらも豪壮であり、一切の無駄を感じさせない完璧な剣技であった。
「でもあの刀……私、知っているわ」
ポツリと呟くフェリシア。
「え、あの緑っぽい色の剣ですか?」
一目で業物と分かる翡翠の輝きを放つ長刀。それが振るわれる度に、フェリシアでは弾くのが精一杯だった時の精霊が操る鋼線を次々と切り裂き、その攻撃を無力化していく。
「ええ。貴女は会ったことがないかもしれないけれど、あの剣は生前アルベルトが行方を探していた翡翠丸という精霊のものと瓜二つなのよ」
翡翠丸とは以前、風の女神とのいざこざの時に共闘した関係だった。
長らく行方が知れなかったのだが、どういう経緯でエドワードが手にしているのだろうか。
(でも、あの怖い人工精霊がアルベルト以外に懐くなんて選択肢がそもそもあるのかしら?)
状況が分からないフェリシアは、ただただ困惑する。
「……うぅん」
「あ、良かった。サキさん目が覚めました───って、サキさん?」
クリスの回復魔法によってなんとか目を醒ましたサキ。安堵して声をかけるクリスだったが、どうもサキの様子がおかしい。
「………どうして」
「うん?」
「どうして御主人様がここにいらっしゃるのですか?」
「………え? いや、いやいやいやいや! あれは私のクラスメートのエドワードくんだよッ!」
なんかサキの頭がおかしくなったのではないかと思いクリスは全力で否定した。エドワードは身長以外は何もアルベルトと共通点はなかった。スタイルもそうだがそもそもエドワードの魔法属性は闇でありアルベルトの風属性とは全く異なっているのだ。
「いいえ。あの方は間違いなく、私の御主人様であるアルベルト様です」
まっすぐにエドワードを見据えながら断言するサキの姿に、クリスとフェリシアはかける言葉が見つからなかった。
─────
おかしい。
これが時の精霊がエドワードと対峙して感じた事だった。
時の精霊には相手の魔力等をある程度把握できる能力が備わっていた。そしてその能力によればエドワードとその手に持つ剣からは大して強い魔力が感じられなかったのだ。
エドワードから感じとれる力は先程対戦したフェリシアよりもはるかに劣ったものであり、決してオリハルコン製の自身のワイヤー攻撃を切断し無力化できるものとは思えなかった。
《……気に入らんな》
エドワードの得体の知れなさに攻勢の手を更に強める時の精霊。気がつけばすでに先程のフェリシアの時以上の手数となっていた。
フェリシアでは致命傷を避けるのが精一杯だったその苛烈な攻撃を、エドワードは難なく翡翠の剣で捌いていく。
そこには何の気負いもなく、まるでこちらを軽く扱っている風にも感じ取れ、それがまた時の精霊のプライドを甚だしく逆撫でするのであった。
《その余裕ある態度、気に入らんな!》
時の精霊は近接攻撃用のオリハルコンワイヤーだけではなく、時魔法”転移門”を使ってエドワードの死角からそのワイヤー攻撃を行う搦手も織り交ぜたオールレンジ攻撃をエドワードに仕掛けてきた。
「しゃらくさいのだぜぇ〜」
《何ぃぃッ!? グワッ! わ、我の腕がッ!!》
エドワードはその死角からの攻撃すら難なく捌いた。そしてそればかりではなく、”転移門”が開いた瞬間を狙い撃ちして逆に時の精霊へと鋭い反撃を行い、その片腕を切り飛ばしたのであった。
「翡翠丸、魔力吸収だぜい」
《了解です、マスター》
即座に翡翠丸から緑色の鎖が延び、切り飛ばした時の精霊の腕を吸収して自身の魔力へと変換していく。
《……貴様、さては高度な魔力隠蔽を施しているな?》
近接戦は分が悪いと悟った時の精霊は、エドワードと距離をとる。
そして切り離された腕からかなりの魔力がエドワードやその持つ刀に吸収されたにもかかわらず、計測された彼らの魔力が全く増えていない事から、エドワードの魔力隠蔽を確信するのだった。
「ノーコメントなのだぜぇ〜。さっきも言ったけどお前に情報は与えんのだぜぇ〜」
肩に翡翠丸の刀の峰をトントンと叩きながら、挑発するかのように時の精霊へと告げるエドワード。
《貴様を侮っていたことを、我は認めよう》
事ここに至って、ようやく時の精霊はエドワードを難敵と認めた。
時の精霊はクロノより授かった強力な魔力をゆっくりと開放していく。
《貴様がどれほど力を隠していようとも、我の本気の魔法に対抗することは能わず。………ここで死ね》
そう宣言すると、時の精霊は自身の周りに複数の魔力球を浮かべ、エドワードへと同時に放つ。
全ての魔力球はその中心に極大の重力波が組み込まれており、言うなれば小型ブラックホールだった。
「流石にこれは刀では弾き飛ばせんのだぜぇ〜」
エドワードはそう呟くと刀を鞘に納め、魔法の詠唱に入る。
《くくく。周囲も上空も全て我が魔法の攻撃範囲よ。逃げ場などないぞ》
徐々にエドワードを取り囲むように集まる重力球。たとえどんなに俊敏であっても躱すことはもはや不可能だった。
「ならば”影移動”なのだぜぇ〜」
エドワードは闇魔法を発動させ、影から影へと身を移す。
《む……闇魔法による平面移動か!》
闇魔法”影移動”は、闇の魔法に属する移動系の魔法であり、影から影へと短距離移動する術式だった。
「不意打───って、危ないのだぜぇ!」
一瞬で時の精霊の死角となる影に移動し、近距離で翡翠丸を抜刀して不意打ちを仕掛けたエドワードであったが、なぜか時の精霊はこちらの出現場所と攻撃を仕掛けるタイミングを完璧に把握しており、逆に防ぐのが困難なオリハルコンワイヤーを使ったカウンターをエドワードに仕掛けてきたのだった。
間一髪、エドワードはそのワイヤー攻撃を翡翠丸で防ぎ、慌てて後方へと跳躍し距離をとる。
《……貴様の攻撃を巻き戻し、完璧な不意を突いたはずだったのだが、それをも躱すか人間め》
時の精霊は時魔法の最秘奥術式である”巻き戻し”を使い、アルベルトから受けた不意打ちを巻き戻してカウンターを仕掛けたのだった。
《ククク、まぁいい。貴様のその魔術……範囲はすでに覚えた》
時の精霊は何度も時間を巻き戻す事によって、”影移動”の大凡の移動距離を知った。
時の精霊は、アルベルトを中心にその最大移動距離をすっぽりと覆うようにして重力球を展開した。
《これだけ範囲を拡大するとかなりの魔力を費やされるが、今度こそ貴様の逃げ場はなくなったぞ。残り少ない命の時間だが、貴様がどれだけ偉大なる存在と敵対してしまったのか悔やみながら逝くがいい───”黒乃式・超重力球”ッ!!》
冷静な言葉とは裏腹に喜悦が隠せない時の精霊は、踊るような心境でエドワードへと最期の攻撃を放った。
─────
「エドくんッ!」
「行ってはダメよクリス!」
クリス達の眼前で時の精霊の全力攻撃がエドワードに放たれた時、駆け出そうとするクリスをフェリシアが慌てて止めた。
その放たれた魔力は絶大なものであり、例えエドワードの正体が本当にアルベルトであったとしても人間の身で防ぐ事は不可能であっただろう。
「まさか時の精霊があれだけパワーアップしていただなんて……」
フェリシアの目から見てもすでに時の精霊の力は以前とは完全に別物であった。
(あれこそが時の女神の力なのだろうか……)
思わず身震いするフェリシア。流石にフェリシアの不屈な魂にも弱気の虫が入り込んでしまう。どれだけ気丈に振る舞おうとも怖いものは怖いのだ。
だがそれでも……絶対に逃げない。勝てぬと分かっていても、退くという選択肢はフェリシアにはないのだ。
幸い先程エドワードにもらったエリクサーのおかげで、またしばらくは身体が動く。
「クリス……私が何としてでも時間を稼ぐから貴女はなんとか逃げ延びて王国にこの状況を伝えてほしいの」
「え!? いや、それならフェリシアさんが───」
どちらが逃げるべきか議論を初めてしまう2人。
そんな2人を尻目に、サキはジッと重力球に包まれているエドワードを見つめ続ける。
─────
(逃げた気配はない、流石に死んだか…………)
時の精霊は内心で深く安堵した。
底が見えない得体の知れない敵ではあったが、クロノより授かった力には抗えなかったようだ。
本音を言えば重力球の中を覗いて敵の生死を直接確かめたかったのだが、まだまだ放った自分自身ですら近づくのが危険なほどの魔力放射が続いていたため、遠くから眺めるに留めていた。
《………ん?》
ある程度時間が経過し重力球の放射が弱まってきた頃。一瞬、重力球が放つ魔力に揺らぎが生じたような気がした。
《気の所為か? ………いや……これは………?》
最初は気の所為かと思われた魔力の揺らぎは徐々に大きくなっていき、今では重力球の形が維持できない状態になってきた。
《まさか……そんなバカな………》
強力な魔力の塊である重力球は、内側から破れるものではない。
ドヴァァァァァンッ!!
にもかかわらず、時の精霊の目の前でその常識は見事に打ち砕かれた。
《ウォォォォッ!?》
魔力球が力づくで吹き飛ばされた反動によって、周囲は爆風により視覚的に塞がり、魔力もその爆発の影響で何も計測できなくなってしまった。
「あ~あ。折角の外骨格が無駄になっちまったなぁ」
そんな時、煙の中からエドワードのものではない男の声が聞こえてきた。
《マスター、私は貴方の素顔の方が好きですよ?》
「俺は恥ずかしがり屋だから、マスクを被っている方が安心すんだよ」
身体にまとわりついていたボロボロの黒いビニールのようなものを脱ぎ捨てて姿を現したのは、背が高く若い男だった。
皮肉げな眼差しと強い眼光が目立つ、一振りの刃のような気配の男だった。
だが時の精霊は別の事に対して激しく狼狽していた。
《な、なぜお前がここにいるッッ!?》
鍛え上げられた鋼を想起させるその男を、時の精霊は知っていた。
すでに死んでいるはずの男だった。まさに亡霊と出会ったような気分だった。
「よぉ! バレちまったからには挨拶しねぇといけねぇよなぁ!」
男は翡翠丸を鞘から抜き放ち、時の精霊へと突きつけながら改めて名乗りをあげる。
「俺の名はアルベルト! 借りを返して貰うため、あの世から舞い戻ってきたぜッ!」
アルベルトはそう宣言すると、獰猛に嗤うのであった。
ようやく主人公登場。ここまでの経緯は後日説明予定。




