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不知彼不知己、毎戰必殆(下)

「せいやッ!!」


 それぞれの聖騎士がクロノの軍勢に対して絶望的な抵抗を続ける中、一人(ひとり)気を吐いていたのは、”聖拳”のディミトリ・シャフタールだった。


 彼もすでに全身傷だらけの状態だ。目の前の敵だけではなく、時折魔獣が不意打ちのように襲ってきてその攻撃を避けられなかったからだ。


 魔獣は完全に敵のコントロール下にあるらしく、目の前の敵と連携しながらディミトリに襲いかかってきていた。


 更にどんな理屈かは分からないが、倒しても倒してもこちらが与えた手傷が逆再生されたかのように治っていき、再びこちらへと襲いかかってくるのだ。そのため、聖騎士達は防戦一方の状態に押し込まれていた。


(だが、このまま防戦を続けていては、いずれ押し込まれて終わる)


 だからディミトリは、身体に負う傷を物ともせずに、何かに突き動かされたかのように、他の聖騎士よりも攻撃を重視し前へ前へと出ようとするスタイルに切り替えていた。


「それがしが女神より賜りし恩寵! ”聖拳・エクスカリバー”を受けてみよッ!」


「うわわ!」


 手近な魔獣を倒し、復活するまでの僅かな時間を突いて、一番(くみ)(やす)しと判断した藍色の髪の少年をディミトリは派手にふき飛ばした。


 ディミトリの戦況眼は、すでに自軍の敗勢を悟っていた。


 故に彼は今ある選択肢の中で最良と信じる、唯一逆転の可能性がある手段として、クロノの直接排除を指向したのだった。


 少年を排除した事で、僅かに拓いたクロノへの道。これを最後の好機と見てとったディミトリは、クロノに肉薄すべく、ギアを一段上げる。


「しまっ──」


 倒れた少年の横を突風のように一瞬で通り過ぎるディミトリ。


その他の近習は他の聖騎士との小競り合いの最中であり、魔獣もすぐにはこちら側へと近づいてこれない。今だけはクロノへと至る道に障害はなかったのだ。


「モード:獣化(ビースト)───起動(アウェイクン)ッッ!!!」


 ディミトリが特殊な秘術”獣化”のキーワードを叫んだ。


 ”獣化”は自己暗示と肉体を強化する特殊な魔術を組み合わせる事で、彼の動きをより肉食獣の如き俊敏なものへと変化させる秘術だった。


「ゴアァァァァッ!!」


 その人間離れした加速によって、ディミトリは瞬く間にクロノへと接近した。


「巨悪よっ! その首を貰い受けるッ!!」


 弾丸の如き加速力に”聖拳”エクスカリバーの打撃力を乗せ、ディミトリは一直線にクロノへと肉薄する。


 ディミトリが放つその鋭い殺気に対して、特段の反応を返さないクロノ。


(獲ったッ!!)


 ディミトリが勝利を確信した時、唐突にその目の前に何者かが現れた。 


《クリスティン少年はまだまだ未熟だな》


 亡霊を思わせる存在を感じさせない何か。だがしかし、発する魔力の巨大さは人間のそれではなかった。


 ディミトリ達聖騎士は知らなかったが、それはクロノを守護する、時の精霊だった。


 ディミトリには悩んでいる時間がなかった。彼は最大の一撃を目の前に現れた何かにぶつけ、返す刀でクロノへと再度攻撃を仕掛ける作戦を本能的に決めた。


「受けてみよ、我が奥義! ───”ナイン・スラッシュ”ッ!!」


 ディミトリの拳の間合いが濃密な殺意に埋まる。


 聖拳による9つの拳撃を同時に打ち込むことで防御不可にする聖拳技の極の一。

 全て同時に撃ち払う事は不可能であり、一つでも当たれば致命となる必殺の技だった。


 だが───


《……軌道は全て覚えた》


「何っ!? ……ぐあぁぁぁぁッ!!」


 ディミトリには何が起こったのか全く分からなかった。


 全てが致命の一撃だったはずの9つの拳撃。


 だがしかし、その必殺の9つの拳撃はその全てが敵の放つ強力な魔力弾によってカウンターで返されてしまったのだ。


(バカなっ! ありえぬっ!)


 軌道を見てからでは決して魔法で防ぐ事ができないほどの拳速だったはずだ。


 そして敵が防御魔法で身体全体を護るだけだったならば、その隙に後方で控えるクロノへと己の一撃を入れられたはずだ。


(つまりこちらの攻撃の軌道を予め(・・)知っていたとでもいうのか……)


 そうとしか考えられなかったが、それもまた非現実的な想像だった。


 結局、彼自身もまた相手を何も知らなかった事に遅まきながら気がついたのだが、それを後悔する(いとま)もなく彼の意識は奈落へと落ちていったのだった。


呵呵(かか)! 粗方敵の抵抗も収まったようだ。残敵の掃討は時の精霊達に任せ我らは先に進もうぞ」


《は、おまかせを》


 時の精霊がディミトリを降した後、クロノはお気楽にそう命じた。そして、大半の近習と多くの魔獣を引き連れて先へと進んでいった。


 残されたのは残余の聖騎士団を全滅させるのに十分な量だとクロノが判断した強化された魔獣の群れと、それを率いる時の精霊とシーア、フードの剣士だけだった。


 人間世界の犠牲を最小限にできる最後の機会であったラ・ゼルカ聖騎士団と時の女神の軍勢との一大決戦は、甘く見た人類側が高い代償を支払わされることになる結果となったのだった。

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