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不知彼不知己、毎戰必殆(上)

 長くなったので上下二分割します。

 後編は近日中に公開予定です(多分)。

「……壮観だな」


 眼下の谷間を悠々と進む巨獣の群れ。その百鬼夜行を思わせる時の女神の大軍勢を見て、”聖拳”の聖騎士ディミトリ・シャフタールは小さく息を呑んだ。


 ヴェルサリア魔法学園に潜入していた彼であったが、年明け早々に本国から送還命令を受諾し、『神敵の撃滅』作戦に従軍する運びとなっていたのだ。


 待ちわびた巨悪との戦い。いつもの彼であったならば喜び勇んで駆け出す心境なのだが───


此度(こたび)の戦……ダメかも分からぬな……)


 ディミトリの胸には虚無にも似た思いが飛来していたのだった。


 彼が聞き及んでいる情報によると、聖女が受諾した神託は、『”アクン”に従い、神敵を討て』だったらしい。


 ここで”アクン”の解釈で神学者の間で議論が巻き起こった。


 古代の言葉で”悪”とも”聖遺物”とも読めるのだが、女神の神託は散文詩のように届くらしく、確たる解釈が定まらなかった。


 ディミトリにしてみれば、誰かしらの個人に従うように読めたのだが、聖王国の上層部としては自分達が認めていない未確定の”聖人”に従うよう女神が命令したとしても、おいそれとそれを認める事ができないほど、今の聖王国という組織の権威は硬直化していたのだった。


 結局は、討伐対象を過去人類に襲いかかった最大の脅威であるカテゴリSSS……”大悪魔級”の神敵と認定し、それを封印できる聖王国の切り札、神器”フィーニストゥバ”の使用と聖騎士団及び聖歌隊の出兵を決定し今に至ることとなった。


(敵が本当に”大悪魔”級の脅威に収まるのであるならば、本作戦で決着がつくであろう。だがしかし、もしも相手がその想定を越えるような未曾有の強敵だった場合は……)


 彼の脳裏には、作戦前のブリーフィングで敵の脅威の大きさについて悲痛な叫びで訴えていた、元学友であるローティス家の少女の姿が浮かんでいた。


 数ヶ月前にディミトリと戦ったアルベルトという強者が、本作戦の討滅対象である悪魔と戦って死んだという情報も、聖騎士団にとっては大して重要な情報とはならなかったようだ。


 敵を満足に知らず、自分達の尺度で勝手に敵の脅威を見積もる姿勢に、政治とは無縁な根っからの武人肌であるディミトリとしては何か釈然としない思いを抱くのであった。


─────


「オーッホッホ! ついに(わたくし)が偉大なる聖女として歴史書に載る時が来ましたわよっ!」


 展開する騎士団の後方に設営された陣幕にて、聖女ナタリーはいつになく上機嫌だった。


 先程から始まっている戦いの趨勢は、概ね彼女の機嫌を良くする方向で移行していた。


 側面からの奇襲で始まった本作戦であったが、想定よりも敵の反撃は単調であり、士気は低そうだ。


 勿論、多数の魔獣はその膂力(りょりょく)だけでも充分な脅威となるわけだが、まともに攻撃を喰らわなければ大した問題にはならなかったのだ。


「聖女様。あと数刻の後には我らが主力にて敵本陣を直接狙えるかと思います。聖騎士8人と神器の投入許可を」


 筆頭聖騎士にして聖騎士団団長の男が、聖女にかしずきながら出撃の許可を求めてきた。


「許しますわ。神敵の速やかなる排除を」


「はっ!」


 キビキビと動く聖騎士団の面々に対して、聖女は満足気な微笑みを投げかけるのであった。


─────


「神敵どもよ! 貴様らの野望も最早ここまでだ! 我ら神の僕にして、その名を背負いし神罰の地上代行者……聖騎士の軍勢なりッ!」


 8人の聖騎士が並び、その中央で一際綺羅(きら)びやかな鎧をまとった偉丈夫が、舞台役者もかくやと言わんばかりの朗々たる大声で、クロノ達に対して宣戦を布告していた。


 彼の手には細かな装飾が施された巨大なラッパが握られている。


 これこそが神器”フィーニストゥバ”。終末のラッパを意味する聖王国の切り札だった。


呵呵(かか)ッ! 人間というものは次から次へと面白い芸を見せよる。本当に飽きない存在だのぉ〜。さぁ、御託は良い。さっさと私に次の芸を見せよ!」


「悪魔めっ! 貴様達の野望もここまでだ! 神器発動……準備ッ!!」


 嘲るように言うクロノに対し、内心の不快さは微塵も見せずに騎士団長は仲間へと合図を送る。


 聖騎士団の後方には、光魔法が使える聖職者の集団が随伴していた。


 団長の合図を革切りにして、彼らの魔力は徐々に神器へと集束していった。


「させないわぁ〜」「ニンゲンめッ! でアル」「…………」


 聖騎士側が神器の発動を準備し始めるのと同時に、時の女神(悪魔)の周りにいた近習の者達──ヴリエーミアやヘルメス、フードを被った剣士達である──が、おっとり刀で聖騎士達へと攻撃を仕掛けてきた。


「…………?」


 その攻撃はなるほど、悪魔の近習に相応しい脅威度の高いものではあったのだが、攻撃の端々に手を抜いている節があり、ヤル気があまり見受けられず、両陣営の戦いは小競り合いに終始していた。


「ふんっ、そんなものかっ! この悪魔どもめっ!」


 やたらと一撃が重いゴスロリの格好をした小柄な少女の攻撃を捌きつつ、聖騎士団のメンバーである”怪力”の聖騎士は嘲りの言葉を投げかける。


(この程度なら援軍がなくとも充分に対処できるな。あともう少しだけ時間を稼げれば神器が発動する……)


 聖騎士は自身が持つ女神の恩寵”怪力”を使い、オーガも昏倒するような大振りのメイスによる攻撃を仕掛けているのだが、相対するゴスロリ少女はその見掛けに反して軽々とその重い攻撃を受け止めていた。


「我らは『本気を出すな』、『相手に好きにやらせろ』との上からのお達しを受けているのでアル。主様はこの娯楽を大変楽しんでいるようでアルが、部下としては実に単調で退屈なのでアル。

 だから速やかにそちら側の切り札をこちら側に見せてこのつまらない茶番をとっとと終わらせてほしいのでアル」


「何だとっ!?」


 聖騎士の側は人類の存亡を賭けて真剣に戦い挑んでいたにもかかわらず、悪魔の側は聖騎士団の挑戦を娯楽の一環と受け取っていたのだった。


 なんという屈辱! ”怪力の”聖騎士は(はらわた)が煮えくり返るような思いではあったが、後方より届いた大きな声が、彼の怒りをすぐに忘れさせてくれた。


「ならば、その上から目線を後悔させてあげようか!」


 ゴスロリ少女(シーア)と対峙する聖騎士の背後から、大仰に天に向かって威風堂々とラッパを構えた団長が姿をあらわした。するとそれを合図にして一瞬のうちに他の聖騎士達は後方に下がる。


「神器”フィーニストゥバ”よ、目覚めよ! 高らかに謳え、その終末の響きをっ!」


 パァァァァァッ!


 聖歌隊の魔力を集め放たれた終末のラッパの音色。高密度の魔力を帯びたその不思議なラッパの音はあたり一面に拡がっていき、徐々にクロノを包み込むように収束していった。


「我が主よ!」


「動くでない」


 ヴリエーミアが慌ててクロノに駆け寄ろうとするが、片手を上げてクロノが制止する。


 クロノの周りに収束していった魔力は段々と密度を増していき、その姿を積層型の魔法陣へと変えていく。


 そしてその魔法陣はクロノをすっぽりと包み込むと地面へと徐々に沈んでいったのだった。


「ははは! よし成功だ! 正義は為されたぞッ!!」


 団長はすでに敵の首魁を無事大地へと封印できたと思い込み、その後の残党をどう叩くかに意識を向けていた。


 だからその変化に気づくことができなかったのだ。


 ぽん。


「「「え?」」」


 それは誰の呟きだったのか。


 直前まで地面に消えかかっていた悪魔(クロノ)が瞬きの暇もなく万全の状態で地面に立っていた。


「ふむ。封印術式そのものはそれなりのレベルではあったが、私の魔力を封じる程のレベルではなかったな。あの程度ならば我が動きを封じられても、時魔法で時間を巻き戻せば事なきをえるだろうて」


 一人思索に(ふけ)っているクロノ。その泰然自若とした姿は研究者の風格を思わせるものであったが、クロノの封印に失敗した聖騎士達はそれどころではなかった。


「ば、バカなっ!? 大悪魔すら封じる事ができる神から授かりし我が国の切り札だぞ!」「そ、想定外だ!」「団長! どうしましょう!?」


 右往左往する聖騎士達。そして最悪は重なる。


「こ奴らの底は見えた。興冷めじゃ。さっさと処分せい」


 クロノ(悪魔)が発した鶴の一声で、彼女の軍団の雰囲気が変わったのだ。


「な、何だ? ……ぐぁぁぁぁッ!」


 場の雰囲気の変化に一瞬だけ気を逸してしまった”怪力”の聖騎士は、不意に襲いかかってきた自身の”怪力”を超える暴力の襲来に抗うことができず吹き飛ばされてしまった。


「やっと本気が出せるのでアル。男よ、覚悟するのでアル」


 彼の目の前には、災厄級のモンスターとして知られる、キリングドールの姿があった。

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