創造神
「創造神様っ!!」
いきなり感極まったように、風の女神が叫び声をあげる。
創造神。この世界を作り上げた張本人。
常世界法則を6人の女神に託し、時空の彼方へと旅立ったのだと創世神話に書かれていたのだが。
「なんであんたが……」
北欧神話やギリシャ神話あたりにひょっこり出てきそうな見た目をしたその厳つい爺さんは、肩を竦めて俺達の言葉を軽く聞き流すと、狭い部屋にずんずんと入ってきて、どかっとフローリングの床に座り込んだ。
そして丸テーブルの上に出ていたポットから手酌でお茶をマイカップ(いつの間にか持っていた)に注ぐと、ぐいっと一気飲みをするのだった。
「ぷはぁ〜。ここまで来るのにワシは疲れたから、茶を一杯いただいたぞい」
ニヤっと笑い、場のイニシアティブを握る爺さん。ヴェルテは言いたいこととかが有りすぎてアワアワと逆に上手く言葉を話せなさそうだ。
「……なぁ、爺さん。あんたこの世界にはもう居ないんじゃなかったのか?」
俺は不躾にも創造神を自称する老人に直截な質問を投げた。
「おう、その通りよ、若者。ワシは言わば創造神という男の存在の残滓。ヤツの未練が残した影法師に過ぎぬよ」
「創造神の……未練?」
「左様」
そう呟くと爺さんは目を瞑り、小さく息を吐いた。
「クロノの一連の不始末は、すべてはワシの弱さが招いた事だったのじゃよ」
懺悔をするかのように、爺さんがポツポツと今回の一連の事件に関する真相を語りだした。
─────
男は世界を作った。
男は世界の仕組みについてのルールを作った。
男はそのルールをみんなに守らせるために6人の女神を置いた。
そしてすべてが終わった時、男は世界の外へと旅立つ予定だった。
「……じゃがワシは心配性でな。6人が上手くやれるのか心配で心配で………気がつけばワシの弱い心が、もう一人の女神、”クロノ”を偶発的に生み出してしまったのじゃよ」
それこそが、時と空間にかかわる女神”クロノ”が誕生した瞬間だった。
「しかしここで問題が起こったのじゃ。クロノは世界の”外側”で生まれてしまった。新たな世界へと旅立つ直前のワシは、奇跡の力をほとんど使い果たしており、クロノを世界の内側へと運び7柱目の女神にするだけの力が残っておらなんだ。
───だからワシは残り僅かな力を、この世界に遺しておいた。クロノを世界の内側へと移す機会が訪れる事を信じて。そしてその力こそがワシ、なのじゃよ」
「……爺さん、一発殴ってもいいか?」
俺が死んだ元凶は全部こいつのせいじゃねぇか! 殴ってやるっ!
「きゃあぁぁぁぁ! あ、あっくん、だめぇぇぇぇ! お父さまを殴らないでぇぇぇっ!」
後ろから抱きついて俺の行動を必死に阻害するヴェルテ。
背中に当たる柔らかい感触によって、否応なく俺の怒りのパワーがどんどん収まっていってしまう。なんだか負けたような気分だった。
「こーの愚か者めがぁぁぁぁ!」
「ぐはぁっ!」
あと、ウィンディの方はさっきからバシーンと爺さんを殴っているんだが、あちらはいいのかヴェルテ?
「……こほん。話を続けよう。常世界法則を外側から壊してシステムの中に入り込もうとしても、結局のところシステムの回復力──運命の改竄力とでも言おうか──によってクロノは世界の外側に押し戻されてしまうのじゃ。
だからクロノには、あくまでもシステムが正常なうちに、世界そのものとリンクができる”女神の身体”が必要だったのじゃよ」
これまでクロノが試していた、女神クロノの本体を地上に降臨させようとする試みが必ず失敗を迎えていたのは、そういったカラクリだったのか。
つまり爺さんは、自分が作り上げた常世界法則と直接繋がれる肉体を、女神自身が作りあげるまで、長い年月の間ずっとただ待っていたのか。
「それって───」
「そう。この世界、クロノ、ワシが強固にリンクされておる身体。───お主の”元の身体”こそ、クロノをこの世界へと導く鍵だったのじゃよ」
創造神の計画は、俺の登場を待っていたのだ。俺はこの衝撃の事実に震えた。
自分の事をずっとモブだと思っていたんだが、俺って滅茶苦茶重要人物じゃないかっ!
「そこで頼みがあるアルベルト」
表情を真面目なものに変え、床に正座し、深々と頭を下げてくる創造神。
「例え肉体と切り離されようとも、お主の魂は未だ女神の身体に影響を与えられる。じゃから……もう一度地上にて時の女神と対峙し、あの子を救ってやってはくれまいか?」
この間、時の女神にはいいように殺られてしまった。恨みがないと言えば嘘になる。
だが───
「あいつには返しきれない恨みがあるが……迷子は家に帰るべきだと、俺は思う。
それにどう足掻いたところで俺の力だけじゃあの女神は倒しきれねぇ。だったらあんたの策に乗っかってガツンと一発クロノをぶん殴った上でこの世界に閉じ込めた方が、後ぐされなく問題が解決できそうだからな!」
俺は獰猛な笑みを浮かべて、想像神の提案に乗っかる事を宣言したのだった。
やってくれるか、とホッと一息を吐く創造神。
だがここで一つ、大きな問題が残っていた。
「……だが、大きい問題があってなぁ。俺が地上に降臨するための肉体が、ないぞ?」
「お父さま。ラ・ゼルカの信者達に彼の依代になる者を準備させる事はできますけれど、時の女神と戦うには心許なく……」
ヴェルテは消極的に想像神へと反対の意見を述べた。そういえば依代なんかを使って地上に顕現した場合、力が相当制限される決まりだったか。そんなんで時の女神に勝てるのかなぁ?
「ええい、熱血展開の機微も分からぬ愚か者共めが!」
いきなり半ギレしてヒートアップする爺さん。えぇぇ……今の会話のやり取りの中に、どこに俺達の方に瑕疵があるのぉ?
「お主には熱血系ロボットアニメの知識はないのかえ?」
爺さんがいきなり俺にロボットアニメの話を無茶振りしてきた。
あ〜、借りものの知識に一応あることはあるな。えーと、ロボットアニメっつーと、戦闘機とかがガーッとやってきて、ガシガシーンと変形して───
「あ〜、その顔はあまりピンと来てない感じか。全く、最近の若いもんは……」
突如ぶつぶつと空に向かって呪いの言葉を吐き出す創造神の爺さん。怖い。
「ほれ、あれじゃ。ロボットアニメの物語の終盤で主人公が乗るロボットが敵に破壊された場合どうなる?」
え〜、質問の意図がさっぱりわかんねぇ〜。
「はい、私は分かったよお父さま! 終盤でロボットが破壊されるとバッドエンド! 主人公が死んで大空に笑顔で決めっ!」
自分こそがキメ顔で、ハイッと挙手して解答したヴェルテ。死んだらお話終わっちゃうじゃん。
「か〜っ! ぶっぶ〜っ! 全然分かっとらん! 浪漫を解せぬ輩はこれだからっ!」
どうやらヴェルテの解答は、創造神にとって相当お気に召さなかったようだ。年寄りが頭に血を昇らせると正直ヤバいぞ。
「ええい、こういった場合のお約束の展開があるじゃろうがッ!」
そして想像神はドヤ顔で一言だけ言った。
「───後継機の登場じゃよ!」




