スペア
「ご……御主人様……?………ぃ、ぃゃ………イヤァァァァッ!!」
戦場にサキの悲鳴が木霊する。
俺が突然クロノを庇い、ウィンディから放たれた致死の一撃を自分から浴びたのを見たからだった。
「あ、アルくん………」
クリスの呼びかけもどこか弱々しい。どうやら回復魔法のエキスパートから見ても今の俺の姿は流石に手の施しようがない状態のようだった。
事ここに至ってしまえば俺にだって分かる。控え目に見積もっても、先程のウィンディの攻撃は今の俺にとって致命のものであった。これはもう、助からない。
「ふう〜、なんとか掌握は間に合うたか。魂が死を迎える前に身体を奪わねば完全な無駄足になるところだったわ。最後まで手を焼かせおってからに」
薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めながら聞き耳を立てていると、庇った形になったクロノのやけに楽しげな呟きが耳に残った。
「……エリカ姫。一体、貴女は何なの? どうやってアルベルトを操ったのかしら?」
こんな状況にもかかわらず、フェリシアは冷静にクロノを問いただしている。
……いや、指が掌に食い込んで血が流れているな。フェリシアは必死に冷静さを保ち、状況の打開を模索しているようだった。
「ここまで状況をお膳立てするのに流石の私も骨を折ったわぁ。呵呵、まぁ何も知らずに死ぬのも辛かろうて。冥土の土産というヤツで一つ真実を貴様らに教えてやろうぞ」
そう言ってクロノは衝撃の事実を告げた。
「アルベルト。お前は、”創造神が作った常世界法則の外側に、時の女神のボディがあって、それを私がこの世界に持ってこようとしていた”事実を知っているね?」
クロノがサラリと俺に告げた事実を聞いて、俺は内心ドキリとする。なんでコイツが俺のゲーム知識について知っているんだ……?
俺の動揺をよそに、クロノは淡々と説明を続ける。
「まぁ、この方法はお前が知っての通り、必ずお父様や女神共の邪魔が入って失敗するのよ。だから何度も繰り返して裏道を探ったけれど、やっぱりダメだったわ」
そこでクロノは一呼吸置き、俺がもっとも聞きたくなかった真実を言い放った。
「だから私は作戦を変更し、この世界でも自由に動けるスペアのボディを作ることにしたのよ。
────そしてそれがお前というわけ」
俺の身体は、女神の予備だったのだ。
─────
「そんな……そんな馬鹿なッ!?」
驚きのあまり、一瞬だけ気力が戻った。
「呵呵ッ! その顔……絶望に塗れたその悲痛な顔が見たかった! お前はずっと必死になって創造神と私の遺伝情報が組み込まれた私の身体を鍛えていたのよ! 知らずに私のためにね!」
俺のこれまでの頑張りは、全てはこの邪悪な女神のためだったのか。
「本当にそのボディ作りには苦労したわ。過去の実験では常人の精神だと人を超える神の血が組み込まれたその身体に耐えきれず、精神が病んでしまうのよ」
そこで俺は思い出した。ゲームでのアルベルトはいつも常軌を逸していて……まさかコイツのせいだったのか!
「そこでダメ元で異世界の人間の記憶をお前に埋め込んでみたのよ! ──都合よくこの世界の知識を入れこんでねッ!
そうしたらどういった理由かは分からないけど、初めて上手く行ったのだわ!」
くるりくるりと踊りながら、無邪気に、残酷に言葉を続けるクロノ。
「お前は異世界の記憶を保ってこの世界に転生したわけじゃないの! あくまでも貴方はこの世界の人間、アルベルト本人なのよッ!
嗚呼、何も知らなかった可哀想なアルベルト! お前は私のために踊り続けた哀れな哀れなあやつり人形だったというわけねッ!!」
真実は想像以上に冷たかった。俺のこれまでの足掻きは全て無駄だったのか。
(俺の戦いはどうやら負けらしい)
戦いは完膚なきまでに俺達の負けだった。というよりも時をも支配する女神が相手では、初めから勝負は見えていたのだ。
動かない身体と、絶望に捕われた俺の心。
だがそんな時、ふと仲間達を見やる。彼女達の瞳にはまだ強い輝きがあった。彼女達の戦意はまだ折れてなさそうだ。
このままでは終われない。クロノはここにいる全員を殺す気だ。だから俺は敗戦処理として、何を犠牲にしてでも可能な限り仲間達をここから逃し、素早く人間達が時の女神に逆襲する手筈を整える必要があった。
《ウィンディ、ミーア……聞こえるか───》
俺はなけなしの気力を振り絞り、秘匿された”念話”でウィンディとミーアに人生最期の命令をするのだった。
─────
「では、そろそろ……その身体を明け渡してもらおうかねぇ」
クロノは虚空に手をかざし、魔法陣を描き始める。
どうやら俺を乗っ取る最後の仕上げをするようだった。
「やらせません!」「行くわッ!」「まだ何かできるはず!」
それを合図に、サキ、フェリシア、クリスはクロノへと攻撃を仕掛ける。
「やらせないわぁ〜」「…………」
そして当然のようにそれをインターラプトするヴリエーミアとレナト。
必死に攻勢をかける仲間達。だが、それでも宰相の援護を受けた魔女の壁を突破するのは容易なことではなさそうだった。
「呵呵! 雑魚どもが足掻きよるわい!」
童女のようにコロコロと笑いながら、俺の存在を消すための準備を続けるクロノ。
もう俺達には何もできまいと、女神の注意はこちらから逸れたようだった。
───ここだ。
「ウィンディ、ミーア! 今だッ!!」
「「ガッテンじゃッ(デス)!!」」
ウィンディは自身に残った全魔力を集め、魔法を編み上げる。
「何ッ!?」
風の精霊王の分御霊がその魔力の全力で放つ一撃だ。女神と言えども警戒はする。
ただしその警戒は無駄に終わったわけだが。
「ウィンディ殿、角度はそのままでOKなのデス!」
「よし、行くのじゃッ! ”風乃聖釘”ッ!! ていっ!!」
ウィンディの両手に現れた強力な風の魔力で編み上がった槍のような長さの釘は、ミーアの指示する方向へとウィンディの手でもって地面へと杭打たれた。
ドゴォォォォォォンッ…………。
地面の相当深くまで刺さったのか、最後の方は音も尻すぼみになっていた。
あまりの事態に、戦場は一瞬だけ静まり返る。
「……ワシの役目はここまでじゃ。皆の衆、達者でな」
「「ウィンディ(さん)ッ!!」」
魔力を使い果たしたウィンディは、仲間達へと気楽に手を振ると、姿が徐々に掻き消えて精霊界へと帰還していった。
「……精霊王め、一体なんだったのかしら」
大山鳴動して鼠一匹の状況に毒気を抜かれたのか、クロノは少し呆然としたが、すぐに何事もなかったかのように詠唱を続けた。
(ウィンディ、上手くやってくれたな)
俺は長年の相棒だったウィンディに感謝の念を贈る。
俺が死んだら風の女神は俺を眷属にするとか言っていたが、そうなった場合、俺は再びウィンディに会えるのかな?
そんな詮無いことを思いつつ、俺は穿たれた聖釘の結果を待つ。
ゴゴ………
「…………ん?」
サキがその亜人特有の耳の良さで異変を感じ取ったようだ。
それの前兆は、地面の微かな振動と、人の可聴域に届くか届かないか分からない程度の微細な音だった。
ゴゴゴゴゴ………
「な、何?」
フェリシアが戸惑ったような声をあげる。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
「わ、わわわ」
激しい地面の振動に、クリスは尻餅をついてしまう。
彼女達と戦っていた魔女達も戦闘を止め、周囲への警戒活動に移っていた。
「一体、今度は何事なのッ!?」
苛立たしげに声を荒げるクロノ。
その時、それは地面から吹き上げた。
ドガァァァァンッッ!!
「きゃあぁぁぁッ!」「ええぇぇぇぇぇッ!」「な、何っ!?」
地面から激しく噴き上がるマグマ。
当初魔獣達を迎撃するために築いた拠点で温泉があったことから、ここら辺の地域にはマグマが地脈に流れていると踏んだわけだが正しくビンゴだったわけだ。
「ええい、鬱陶しい!!」
儀式の途中で身動きが取れないクロノが忌々しげに呟く。
「我が主よ、どうか落ち着いてください……」
噴き上がるマグマの対処でヴリエーミアや宰相もいっぱいいっぱいだった。
「よし、変形デス! ……ではご主人………オサラバなのデス」
ミーアは軽くジャンプし、飛行形態へと変形し、マジックハンドを伸ばして仲間達を強制的に回収する。
「ちょ……! ミーア離しなさい! まだ……まだ御主人様がっ!!」
サキがいやいやしながら涙を浮かべてこちらへと手を伸ばす。
だが魔力を枯渇させた今のサキでは、ミーアの鋼鉄の腕を振りほどくことはできなかった。
「アルベルト! 許嫁の私を置いて勝手に死んだら承知しないんだからね!」
フェリシアは無茶を言う。流石にそれは無理そうだなと俺は心の中で苦笑した。
「アルくん!」
瞳を潤ませながらも強い眼差しでこちらを見つめてくるクリス。
思えばここ一年はクリスと共に歩んだ一年だった気がする。
俺はここでゲームオーバーだが、クリスにはなんとか幸せを掴んでもらいたいな。
「みんな……これまでありがとう。そしてごめん。俺の分まで……生きてくれ」
俺の想いはみんなに届いたかな?
俺がそう呟いた後、ミーアは物凄い速度で戦場を離脱していった。
ミーアが空に描く軌跡を目だけで追っていると、近くに人が近づく気配がした。
「お前は最後まで私の邪魔をしたねぇ」
ずぶり。
再び見覚えのある短剣が胸に突き刺さった後、俺の意識は完全に途絶えた。
いみじくも方法こそ違ったものの、ゲームと同じように悪役貴族たる俺は、この破滅イベントにて命を落とすことになったわけだった。
大きな伏線回収その1です。まぁすぐにその2がくるのですが。




