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閑話 レナト・ディ・サルトという男

書き直し関係で遅れました。

難産だったので閑話の場所とか内容とか後で変更するやもしれません。

 レナト・ディ・サルト。


 アルベルトの父親であり、サルト伯爵家の現当主。そしてフレイン王国の宰相をも務めている王国内でも有数の実力者だ。


 だがレナトが一族内の争いの末に当主の座に就いた15年前のサルト家は、今の状況とは全く様相が異なっていた。


 内輪揉めを起こした愚かな伯爵家。当時のサルト家は、王国内の最大派閥であるシュガーコート公爵家のグループに席は置いていたものの、その扱いは今に較べてとても小さなものだった。


 このまま行けばサルト家は遠からず歴史の中に消えてなくなる。当主のレナトはそれがよく分かっていたため、さる御方(・・・・)の助言に従い、派閥内の有力者であった侯爵家から嫁を下賜してもらい、体制の立て直しを図っていた。


 その後、妻も無事懐妊し長男のアルベルトを出産。彼自身も中央政界でも重要な役職に抜擢され、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでレナトはサルト家の勢力を立て直していったのだった。


 そんな若かりしある日の事。レナトは館の裏にある小さな墓地に足を運んでいた。


 ここは歴代当主以外の、サルト家関係者が眠る場所であった。


 レナトは墓地の端の方にあった小さな墓の前で立ち続ける。何を喋るでもなく、長い間ジッとその小さな墓石を見つめている。


「……お館様、そろそろお時間ですが」


「ああ、すまないね。もう少ししたら私も戻るよ。

 お前は先に戻って、産まれたばかりのアルベルト(我が子)に苦戦している妻を手伝ってあげて、旅行の準備をしていなさい」


 中々動こうとしない当主を心配して声をかけた執事に対して、先に館へと戻るようレナトは命じた。


 執事が去ったあと、周囲には誰の気配も感じなくなった。ただ風に煽られた周囲の木々の葉が舞い、さぁぁ…と落葉が奏でる小さな擦過音だけが耳に届く。


 彼の眼の前には真新しい小さな墓石。


 墓碑には小さく、”我が最愛の人ここに静かに眠る”、という古い慣用表現と、人物名が簡素に刻んであるだけだった。


 そこに眠っているのは、彼の最愛であったユーティアナ・サルト。彼の実の妹であった。


 ユーティアナは美しかったが、身体があまり丈夫ではなかった。


 ユーティアナが存命の頃、彼の願いは唯一つ。彼が唯一愛した女性であるユーティアナと、2人静かに暮らすことだけだった。


 だが彼の願いは最悪な形で踏みにじられる。


 先代サルト家当主の突然の死によって、サルト家内の後継者問題が突如勃発したからだった。


 継承権を考えれば妾腹の子供であるレナトは、本来サルト家を相続する立場でもなければ、この継承権争いに関わるような立場でもなかった。


 だが暗愚ではあったが有力な後継者候補であった正妻の2人の兄弟が、ともにユーティアナに懸想したことによって状況は一変してしまった。


 2人はあたかもユーティアナをトロフィーのように扱い、ユーティアナをモノにした方が後継者となると勝手に宣言し、争いを激化させていったのだ。


 レナトはユーティアナを守るため、否応なく後継者争いに身を投じる事となった。


 本来、後継者争いにかかわるつもりがなかったレナトは、ほとんど準備のない状態からスタートする羽目になった。


 だが持ち前の頭脳を活かしたレナトは、日和見勢力を抱き込んだり、敵対派閥の切り崩しを成功させ、一気に後継者の最有力候補へと躍り出る事に成功した。


 だがここで悲劇が起こる。


 準備なく争いに巻き込まれたことから、レナトはリソースの選択と集中を余儀なくされた。


 故にその皺寄せとして自身の安全面では少しばかり隙きが生じており、劣勢となっていた元有力候補者の2人はその間隙を突き、レナト自身を突如襲ってきたのである。


 まさかの凶行により命の危機が訪れたレナト。


 だが彼は間一髪危機を免れる事ができた。


 ───最愛の妹が身を挺する事によって。


「……ユーティアナ。私はついに、ここまで来たよ」


 墓の前で独りごちるレナト。


 大切な妹の犠牲を足がかりに、彼は後継者レースを勝ち切る事ができた。


 後継者争いに勝ち、サルト家を立て直し、王国内でも確固たる地位を確立した。


 だがそんな栄華も栄光も、彼の心にはさざなみ一つ立てない。


 なぜならば、彼は妹を守りたいがためにサルト家の勢力争いを終わらせたかったのだ。


 その妹はすでにいない。


 彼は生きながらにして、すでに死人のような状態であった。


「あら、まだここにいましたのぉ? 計画より遅れているのだから、早く準備しなさいなぁ〜」


「…………我が主」


 誰もいなかったはずの場所に、突如現れた美しい少女。


 その姿を見るたびに、サルトの心は軋む。


(───ユーティアナ)


 その姿は、彼の最愛であるユーティアナそのものだった。


 だがその表情は完全に別物だ。全てのものを冷たく見下すその眼差しに、かつての優しげな雰囲気はない。


 ユーティアナの姿をした別のなにか。だが彼の目的(・・)のためには、彼は疑問を持たない。


「そろそろ私は第2王女として王家に潜りこむわぁ〜。あなたはさっさと奥方と息子を連れて旅行に行きなさいな。

 あとはすべて手筈通りに、ねぇ〜?」


「……仰せのままに、我が主よ」


 頭を垂れ、忠誠を誓うレナト。


 彼が頭を上げた時には、怪しげな笑みを浮かべていたユーティアナの姿をした何者かは、すでに闇の中へと姿を消していた。


 レナトはもう一度だけ墓を見やり、踵を返す。


 あとはもう振り返らない。


 彼は人としての倫理も、世界に対する責任も、全部捨てた。


 全ては愛する妹を取り戻さんがために。


「───私は何をしてでも、我が最愛を、取り戻す」


 そして時代は現在に戻る。

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