浄化の力
俺はリーゼ経由で、アショカ騎士団の中にヘルメスへときつい一撃を与えられるような強力な魔法の使い手がいないかどうか確認してもらった。だが、リーゼからはそのような使い手はいない、と色良い返事を貰うことができなかった。
つくづく思ったのだが、俺の周りにいる仲間達はこの世界でも指折りの実力者達ばかりらしい。
まぁそうでもないと世界の危機なんかと真正面から喧嘩できるわけがないんだが。
騎士団からのリクルートには失敗したが、幸いにも負傷で気絶していたフェリシアがちょうど寝覚めたようで、作戦参加できるとの回答を得た。
これで作戦遂行の前提を充たす、『初撃担当』の目処がついたわけだ。
「さて、喜べみんな。フェリシアが無事復活したんでヘルメスを倒す目処がついたぞ」
俺はにやりと笑い周囲に呼びかける。
「フェリシアさんはご無事でしたか。本当に良かったです」
「私が頑張って回復魔法をかけた甲斐があったね!」
サキとクリスが嬉々としてフェリシア復活を祝う。なおミーアはどっちでもいいらしく話に乗ってこない。
「フェリシアにはヘルメスの感知を避けるため、ウィンディの側で待機させる。そしてヘルメスを倒す作戦の概略だが───」
俺は簡潔に手順をみんなへと伝えた。
「……まさに薄氷を踏むような綱渡りの作戦ですが……破れかぶれの状態である大悪魔の出力を上回るにはそれしかなさそうですね」
サキは自分の担当を納得してくれた。だがクリスはちょっと抵抗してきた。
「あ、アルくん! 私にそんな”聖女”様みたいなことできるのかな!? 全然自信がないんだけどッ!」
クリスが自分の担当について自信がないと泣きついてくる。
ここでいう聖女とはラ・ゼルカの聖女のことだろう。ゲームでしか面識はないが、言い得て妙だな。
「安心しろクリス。お前は絶対にそれができる。俺が保証してやる」
それがゲーム時代においてお前を主人公たらしめていた力の根源であり、中ボスだったゲームでの俺をイベントで倒した力そのものだ。
「か、顔が近いよ! ……ま、まぁ、アルくんがそこまで言ってくれるのなら……うん、わかった。私頑張ってみる」
何かを納得したのか決意に燃える瞳をこちらに向けてくるクリス。あとなぜか近くでサキがやさぐれているがなんでだ?
「ご主人! いちゃいちゃしてないでこっちを手伝えデース! 私にだけ悪魔を牽制する仕事を押し付けるなデース! あと爆導筒の充填は完了したデース。いつでもいけるデスよッ!」
俺がサキやクリスとお話をする時間を稼いでいてくれたミーアが、ブツブツと愚痴をこぼす。
「よくやったミーア! 今度美味しいもん食わせに店連れてってやるからな!」
「「えっ……?」」
「ヤル気が漲ってきたのデースッ! 頑張るデースよッ!」
俺の発破でテンションを上げるミーアと、同じような驚きの表情でこっちを見つめてくるサキとクリス。
ん? 俺なんか変なこと言った?
─────
「フェリシア! こっちの準備は整った! 一発デカいの、カマしてやってくれッ!!」
俺は配置についているフェリシアに合図を送る。ここからは失敗が許されない一発勝負だ。
俺の合図の直後、フェリシア達がいる方角からもの凄い勢いの焔の熱風がヘルメス目掛けてぶちかまされる。
ドゴォォォォッッ!!!
「ゴガァァァァァッッ!!?」
さしものヘルメスもいきなりの戦略魔法級の不意打ちに驚いたようだな。
激しい衝撃音と共に一瞬で業火に包まれる大悪魔の巨体。植物の蔓のようなもので構成されている大悪魔の表面は、一瞬で火達磨になっていた。
だが、すぐにでも消し炭になるかと思われた大悪魔であったが、一瞬後には再び元の圧倒的な巨体へと戻ってしまった。
無傷のように見える大悪魔の外観。だが俺には分かる。戻ったのは見た目だけであり、その中心部にあるコアのエネルギー残量はほとんどない、と。
「よし次だ! 行けッ、ミーアァッッ!!」
「ガッテンッ、ご主人! コア位置を捕捉なのデースッ! ……受けろ悪魔! 我が必殺の”爆導筒・全弾射出”、──からの〜最終モード:”黙示録”、起動ッッ!!……木っ端微塵なのデース、ファイアァァァァッッ!!」
中ボスが持つ切り札2連続によるコアを狙った全力攻撃。
先程受けたフェリシアの攻撃から回復しきっていないレライエでは、それを受けきるのは不可能だ!
「ムムッ!?」
大悪魔のコア部に集中した攻撃によって、コア周辺の表面装甲部分が全てなくなり、コアが外気に露呈する。そして、その姿を晒すヘルメス。
ヘルメスは身体中に木の根がびっしり生えているような姿をしており、特に右腕は大悪魔レライエのコアとなっていることから、一際その禍々しい力が遠目からでも理解できた。
本来なら神ともある程度戦えるという大悪魔の力。しかしここは創造神が作り出した常世界法則の管理下にあり、フェリシアとミーアによる立て続けの攻撃によってその能力は大幅に落ちこんでいた。
「ではサキ。やってくれ!」
俺は詠唱を完了していたサキに声をかける。
「はい、御主人様ッ!───そして世界は書き変わる。大禁呪、”コオルセカイ”。発動」
サキがコア部にむけて全力で心象風景の世界改変を行う。それは相反する大悪魔の世界改変と干渉し、互いに効果を相殺しあったのだった。
サキの禁呪は人間には余る力であったが、それでも弱体化した悪魔とはほぼ互角。
だがそれでいい。互角に撃ち合い世界改変を止めたことで、今のレライエはただの強力なモンスターにすぎないのだから。
「クリスッ! ここだッ!!」
「よし、いっくよ〜ッ! ……”浄化”の光よッ!!」
クリスから眩い光が放たれ、それがヘルメスへと照射される。
「ば、莫迦なッ!? 我が契約が……溶けていく……だと?」
この”浄化”の力は、クリスを主人公足らしめている力だ。クリスが扱う光魔法はこの奇跡の派生にすぎない。
ゲーム時代、イベント戦闘にてこの浄化の力が発動し、大悪魔に飲み込まれたアルベルトは助かったのだ。
クリスの浄化の光を浴びたヘルメスは、身体中から生えていた根っ子が消えてなくなり、皺くちゃな老人のような姿を晒す。
大悪魔の力を現世に強制的に解放した代償は、ヘルメスの命だ。ヘルメスの命は最早、風前の灯火だった。
「ぐ……だが、まだだ! まだ終わらんッ!!」
こんな状況になってもヘルメスは最後まで戦い抜こうとする。ゲームの俺と違い、大悪魔との契約はより強固でクリスの浄化を受けてなお、健在であった。
その戦いへの情熱をもう少し別の方面に向けていたら……まぁ、今更言っても詮無きことか。
「───いいや、もう終わりだよヘルメス」
俺がヘルメスに引導を渡す。
俺は黒剣を構え、魔力を練り上げていく。
サキの大禁呪や風の女神が使った”世界創造”の魔法を俺なりに研究して分かった事がある。
これら現実を改変する魔法では、魔法のセンスというものがとても重要であり、あまりにも効果がファンタジー過ぎて俺ではとても再現ができなさそうだった。
だが解析の結果、これらの魔法には俺でも理解できる、ある共通する法則があることがわかった。
それは彼女たちが現象を発現する際、彼女たちは必ず想像する事象を”視”て、現実改変を確定している点だ。
この話を聞いて何かに似ているな、と俺はその時感じた。
そしてたまたまサキの獣耳をいじっていた時にその事を思い出したのだった。
『あ、これって”シュレディンガーの猫”の思考実験に似ているんだ』
現代物理学でもおなじみの概念、量子力学における有名な思考実験である。
この思考実験の肝要なる点は、『箱の中の見えない猫が生きているか死んでいるかは不確定であり、その生死を確定するには観測が必要である』という事を明らかにしたことだ。
俺には小難しい現実の書き換えなんて魔法で再現することができない。
俺にできる現実改変は、ただ斬ることだけだ。
猫を殺す。観測者を殺す。
──悪魔とヘルメスの間にある、契約を殺す。
「戦略魔法”断罪乃剣”……起動」
黒剣から禍々しい魔力が湧き上がる。
そしてその剣をヘルメスの右腕へと振り降ろす。
《GYAHHHHHHHAッッ!!!》
ヘルメスではなく、その右腕のレライエが悲鳴をあげる。
そりゃそうだ。悪魔がこの世界に現界するためには、依代が必要だ。そのために人間と契約し悪魔は力を振るうのだ。
戦略魔法”断罪乃剣”。その効果は”意味”の消失。
俺はその契約の”意味”を殺した。解呪ではなく、断絶だ。
外部の力によって一方的に契約が斬り裂かれた反動で、ヘルメスとレライエに大きな衝撃が走る。
「ぐわぁぁぁぁぁッッ!!」
不可知の力で吹き飛ぶヘルメス。自分の内から溢れ出た力だ。回避なんてできないよ。
《GRUWAAAAAAAッッ!!》
人間には理解できない発音で絶叫するレライエ。もうその力はほとんど残っていない。
「ナイスじゃお前様! よし、眷属共よ! そいつを精霊界に持ってけ! 今夜はバーベキューじゃあッ!!」
「「「りょうかーいッ!!」」」
ずっと結界を張っていて随分と数を減らした歴戦の風の精霊達が、ウィンディの合図でヘルメスから切り離された大悪魔へと殺到する。
どうやら戦利品としてレライエを精霊界に持って帰るつもりみたいだ。
「なぁ、ウィンディ。それって喰えるの?」
「悪魔は炙ると結構美味いんじゃよ」
聞きたくなかった精霊の生態。
そしてヘルメスの右腕は、風の精霊達によって精霊界へとドナドナされていった。
合掌。
こうして俺達とヘルメスとの死闘は幕を下ろしたのだった。
─────
「おい、ヘルメス。生きているか?」
「ふん……敗者に声などかけるな。さっさと俺にトドメを刺せ。まぁどちらにせよ俺はまもなく死ぬが、どうせ死ぬなら剣で死にたい。それくらいの情けはかけろ”悪役貴族”」
ふてぶてしく横になっているヘルメスを見て、俺は思わず笑いそうになってしまった。
こいつとは違う出会い方が有ったならば、と思わなくもないが、残念ながらこれが俺達の現実だ。
俺は剣を両手で構える。
「じゃあな、ヘルメス」
「さらばだ”悪役貴族”……アルベルトよ」
俺は剣をヘルメスへと振り降ろす。
ガキンッ!
空間に見えない障壁が張られたかのように、俺の剣は受け止められる。
「何ッ!?」
そして空間に切れ目が生じ、その狭間から何かが現れる。
白銀髪に妖艶なる美貌。身体全体をすっぽりと灰色のローブで包んだ年齢不詳の美女。
「……白い魔女ッ!!」
「勝手に殺してもらっては困るわぁ〜」
ヴリエーミアの登場だった。




