騎兵隊
トンカントンカン! チュイーンッ!
アルベルトがヘルメスと死闘を繰り広げていた同じ頃、まだ戦地から離れた所にいたウィンディ達は不利な戦況を打開すべく必死になって何かの作業を行っていた。
「そこのパーツにB1の部品を組み込んで欲しいデース」
「分かったのじゃ。……おいモブ1! そこのテスター確認は終わったかの!?」
「ばっちりっす、王さま」
キュイィィィィンとドリルやドライバーが奏でる擦過音、トンカントンカンと金鎚等により金属が叩かれる打鍵音が辺りに響き渡り、とてもファンタジー世界とは思えない近代的な光景が広がっていた。
そんな作業も暫くしたら終わり、ついに目的の物が短期間で出来上がった。
「よし、ではあとは最終動作確認だけなのデース」
そう言うと黒いキリングドールの姿になったミーアは、自分の胸に赤い何かのエンブレムをぺたりと貼り付けると声高らかに叫ぶ。
「トラ○スフォーム、なのデース!」
ギコギコと変な擬音を立てながらガシャガシャと複雑な変形をするミーア。
しばらく経つと、何か大量の筒を載せた車両へと変わっていた。
「さぁこっちの準備はできたのデース」
ミーアがそうウィンディに声をかけると、ウィンディはコクリと肯き、いつの間にか整列している眷属達にスピーチを行う。
あと何故かウィンディ達の恰好は、旧日本軍の戦闘機搭乗員みたいなカーキ色の飛行服に白いマフラーとなっていた。
「傾注! なのじゃ。……え〜、皇国の興廃はこの一戦にあり。ニイタカヤマに登って各員の光陰軽んずべからず、なのじゃ! では空の神兵たる諸君! 搭乗!」
ウィンディが適当にでっち上げた訓示は誰も聞いていなかったが、眷属達はいそいそとミーアが変形した車両の上に乗っかっている筒の穴へとスルリと入っていく。
「各筒の中には”爆導筒”で使った炸薬が入っているデース。各自足許に障壁を張って、爆風を防いで欲しいデース。あとある程度投射先がばらけると思うのデスがそこは上空で上手いこと落下地点を調整してほしいのデース」
ゆるキャラの如く多数の筒から顔だけを出す眷属達。見た目はシュールだが、障壁の一枚下は地獄そのものだ。
「では発射、なのじゃ〜」
ウィンディが手許のスイッチをポンと押した瞬間、各筒から一斉に眷属達が射出されていく。
「お〜、結構派手に飛ぶの〜。……では次の者達も準備じゃ!」
こうして一定間隔で次々と蒼空へと舞い上がっていく風の精霊王の眷属達。
ウィンディ達は以前使用した奇襲用ロケットのアイデアを即席で流用し、今時投射作戦に思い至った。
なお彼女達には現代知識がなかったため気がつかなかったが、この仕組みはいわゆる多連装ロケット砲と同等のものであった。
「では最終組はワシとお前様じゃな」
眷属達全員が空に上がったのを確認したウィンディは、いらないパーツをパージして重量を軽くしたミーアに肩車してもらい自分達専用の大きな筒の中に入る。
「思ったのデスが、これって私は後からみんなに合流すればいいのではないデスか? 何も私の重量に合わせて炸薬量を増やしたり、更に筒を大きくする必要性はなかったんじゃないデスか?」
実は今回の案で一番ダメージリスクが高かったのはミーアだった。だって一番重いから。
「何を言うか! 士官たるもの兵の範となるべし、なのじゃ!」
「私はどちらかというとメーカーサイドな気がするのデース……」
ミーアはブツブツと反論しているが、自分のコスプレに酔っているウィンディは全く聞いていない。
「この空からの挺身作戦は、風の精霊達のみで構成された精霊界初の試みなのじゃ。地を這うことしか能のない他の精霊達には真似のできない、まさに我々選ばれた風の精霊のみがなしえる偉業なのじゃあ〜ッ!!」
「別に自分は風の精霊じゃないデース……」
「おいおい、お主はすでに名誉風精霊に任命されておるのだぞい?」
「聞きたくなかったのデース……」
流されるまま準備を終えたミーアは、仏のような顔つきで淡々と爆導筒に火をつけ、無言で空に上がっていった。
合掌。
─────
ウィンディからの増援の連絡があった後も俺とヘルメスは戦い続けた。
しかし小競り合いの域を出ずに膠着状態となっていた。
その一方でアショカ騎士団とリーゼ&メアリーによる防衛戦は、あからさまに破綻の兆しが見えていた。
各個に強敵を退けた仲間達も防衛戦に参加する予定ではあったが、クリスは大怪我を負ったフェリシアへの回復魔法で忙しく、大魔法の連発で残り魔力が心もとないサキは崩れた防衛線のあちらこちらに顔を出し、孤軍奮闘してほつれた防衛網を紙一重で維持するのが精一杯な状況だった。
しかしどんどんと魔力リソースを消費している俺達防衛側に対して、攻勢側である魔獣どもはまだまだ余力がありそうな状況だった。
「どうした悪役貴族? あちらが気になって俺との殺し合いに集中できないのか?」
俺の魔力の乱れを敏感に察知したヘルメスがニヤリと笑い声をかけてくる。
「ならばお前の懸念を払拭するために俺も少しは協力してやろう。───”黒の惨番”」
ヘルメスが力ある言葉を唱えた時、俺は反射的に防御の術式を発動した。
「?」
だが何も起こらない。
「キャァァァァァッ!!」「うわぁぁぁぁぁッ!」
遠くから響く爆音に悲鳴。
俺は自分の選択ミスを悟った。
ヘルメスの攻撃で吹き飛ばされ、動かなくなる騎士団の面々。
そしてその突如として開いた防衛の穴に本能的な衝動で肉薄する魔獣達。
開いた空白が大きすぎて、とても仲間達の援護は間に合わない。
オオカミたる魔獣達の目の前には、レンガの壁どころか藁や木材の壁すら存在しないこぶたの群れ。
「ヘェェルゥゥメェェスゥゥゥゥッッ!!」
俺の怒りの斬撃をヘルメスは鉤爪で受け止め鍔迫り合いとなる。
援護に行きたくとも執拗に肉薄するヘルメスがそれを許さない。
「くくく、守るべきものがなくなればお前も行動の制約が減るだろう? 俺は実に良いことをしているなぁ!」
「ふざけろッ!」
だが時は無情だ。
スローモーションのように村の壁が壊されていく。そして壁を乗り越え村へと侵入しようとする魔獣の群れ。
村人達の顔には恐怖が───ん? いや、あれは…………驚愕!?
「騎兵隊見参!なのじゃあ〜ッ♪」
突然、空から何かが降ってきた。
緑の質量が続々と魔獣の上に降り積もっていく。
空から突然現れた風の精霊達によって、戦局は一気に変わった。
数で勝る魔獣達ではあったが、速度と質で圧倒的に勝る風の精霊達によって、各個に分断され撃破されていく。
勿論戦いであったため何割かの風の精霊達もダメージや魔力切れで精霊界へと強制送還されているみたいではあったが、消耗のスピードは圧倒的に魔獣の方が早かった。
魔獣が互角に戦えたの最初の頃だけで、戦局が推移する毎に精霊達との戦力差は決定的なものへと変わっていったのだった。
ウィンディ達は間に合ったのだ。
「事ここに至り、勝敗は決した、か」
ヘルメスは淡々と呟く。
「降伏しろ、ヘルメス。いくらお前が化け物でもこれだけの風の精霊の支援があるならば飽和攻撃で確実にお前を仕留められる。これ以上の争いは、無意味だ」
「クク……ククク………くははははッ!」
だが俺の言葉に対して何が面白いのかヘルメスは哄笑を続ける。
「何がおかしい?」
「俺が降伏、だと? 勝てる勝てないは問題ではないのだよ悪役貴族。俺にとっての目的は、ただただ楽しく強者と殺し合いを続ける事だけだ。勝敗なんぞ心底どうでもいいのさ。……しかし貴様の言う戦い方で決着が着くのは面白く無かろう。ならば俺も最後の切り札を使わせてもらい、邪魔な外野には退場してもらおうか」
「切札、だと?」
「大悪魔”レライエ”の権能を持って命ず! 我が魂を代価に、世界を”腐敗”させよッ!」
───瞬間、世界の色が、変わった。
「うわぁッ!」
ヘルメスを中心に世界が改変されていく。
ヘルメスの姿が蔦で覆われ、巨大な草の巨人となった。そしてその巨人を中心に現実の世界が侵食され、ヘルメスの思い描く世界へと徐々に塗り替えられていく。
「させるか! なのじゃッ!」
ウィンディを中心にした風の精霊達の力によって、レライエによる世界改変が抑え込まれる。
だがあくまでも抑え込めているだけであり、その攻防は一進一退だ。
「お、お前様〜ッ! これは女神どもやワシら精霊王、悪魔でも上位の者にしか使えぬ限定的な現実改変の力じゃあ〜ッ!」
「それって以前風の女神が使った創造神の魔法の一種、なのか?」
あとサキも小規模ながら似たような禁呪を使っていたな。
「それの亜種じゃッ! まさかこんなものまで使えるとは俄には信じられんわい……今はなんとかワシらで抑えておる! ワシらの精霊力が尽きる前にお前様、頼むぞいッ!!」
考えるのは後だ。ウィンディ達が抑えている間に、ヘルメスを、倒す!
「御主人様、私も助太刀いたします!」
「アルくん、私もいくよ!」
「御主人、任せるデース!」
満身創痍だが戦意旺盛なサキと、フェリシアの治療が済んだクリス、そして到着したばかりのミーアが戦線に加わる。
敵は蔦の巨人となったヘルメスただ一人。
「サァニンゲンヨ、ゾンブンニアガイテクレ。ソシテソノイノチノキラメキヲ、オレニミセテクレ!」
ヘルメスとの最後の死闘が始まった。
もう連載して2周年くらいになるんですねぇ。長く続いたもんです。




