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賽は投げられた

 俺の右腕は悪魔(レライエ)の権能で腐敗させられたにもかかわらず、何故かその右腕はすぐに回復し、無傷のままであった。


 驚きでしばし固まっていた俺に対して、ヘルメスはポツリと呟く。


「なんだ……貴様はそもそも人間ではなかったのか」


「俺が、人間じゃない……だと?」


 俺の当惑に対して、ヘルメスがさも当然とばかりに答える。


「当たり前だろうが悪役貴族。例え凄腕の光魔法の遣い手であろうとも、人間風情がこんな短期間で大悪魔の権能を無力化できるわけがなかろうが。

 こんな力を発揮するには神霊の直接の憑依か、受肉した女神や精霊王レベルの力が必要であるだろうさ」


 俺はゲーム時代の設定を思い出す。


 ゲームにおいては、中盤以降”時の女神(ラスボス)”によるこの世界への直接の顕現が発生したことによって、創造神が創設した常世界法則(システム)が破綻し、緊急的な措置として女神自らがその力を主人公やヒロイン達に付与したという流れだったはず。


 翻って今のこの世界は、風の女神(ヴェルテ)を俺達が助けたことによって、ゲームと違い時の女神の肉体は直接現世に降臨できなくなっている。


 だから創造神が創った常世界法則が破綻しておらず、女神の憑依という助力は受けられないのだった。


 ───ならば、なぜ俺は誰の助けもなくヘルメスの攻撃を防げたんだ?


 今まで自分自身のパワーアップはゲーム的なレベルアップの成果のようなものだと考えなしに受け入れていたのだが、そもそもゲーム時代の設定がそのまま反映されていると一体誰が保障してくれるのか?


 色々と考えたい事は多かったが、現実は俺の思考を待ってくれない。


「うわッ! なんか魔獣達の攻勢が強まってきましたよ!」


「ま、魔力が保ちませんわぁぁぁ〜!」


 遠くの方から村の防衛に尽力しているリーゼやメアリーが切羽詰まった声で泣き言を言っているのが聞こえてくる。


 ちらりと周囲を見回すと、仲間達の戦闘はほぼ終息しつつあるみたいだが、各人ボロボロで余所へ手助けする余力はほとんど無さそうだ。


 とりあえず考えるのは後だ。まずは目の前の困難を乗り切るのだ。


「……ほう。その表情、覚悟は決まったか悪役貴族。俺はお前が人間だろうがそうでなかろうが正直どうでもいい。

 ただ俺のこの渇きを……満たされぬ殺し合いの渇望さえ満たしてくれるならなんでもいいのだよッ! フハッ……フハハハハハッ!!」


 狂気に彩られた哄笑(こうしょう)を上げながら、俺へと接近戦を仕掛けてくるヘルメス。


 すでに悪魔(レライエ)の権能たる腐敗の効果が俺には影響を与えない事は先の攻防で明らかになった。


 その要因は全く分からないが、そのメリットだけは利用させてもらう。


 即ち、今までの回避優先からの戦闘方針の変更だ。


「「がッッ!!」」


 俺の剣とヘルメスの鋭い鉤爪が交差し、お互いの頬を(えぐ)る。


 力と力の激しいぶつかり合いの衝撃に一瞬ふらりとよろめくが、お互いその一瞬後にはそれぞれの武器を握りしめさらなる剣戟を行う。


「オラオラオラオラァァァッ!!」


「フハハハハハァッッ!!」


 お互いクロスレンジでの命の削り合い。



 奴は悪魔の力で、俺は魔力を身体中に全力で流して激しく斬り合う。


 一瞬の気の緩みがすぐさま直接的な死へ結びつくタイトロープのような殺し合い。


 だが傍目には予定調和の如く華麗に舞う死の舞踏(ダンス・マカブル)の様相。


 時間にしては短く、しかし実際には幾度もの激しい死のやり取りを行った後、お互い測ったかのようにほぼ同じタイミングで後方に距離を取った。


 俺は荒くなった息を整える。


「フフフ、やるな悪役貴族。それでこそ貴様だ」


 同じく息を整えながらニヤつくヘルメス。


 接近戦の感触からすると俺とヘルメスの実力は伯仲。だからこそ互いに決定打がなく長期戦になりそうな予感がした。


《おい、お前様大丈夫かのッ!?》


 俺の脳内でウィンディの声が突然に響く。


 ウィンディは現在、ミーアや眷属達と共にこちらへと急行してもらっている。


 本当なら直接ウィンディをこの場に召喚したいのだが、そうすると折角風の女神(ヴェルテ)の助力で魔力が充満しているウィンディの眷属達が現世から消えてしまうのだ。


 対魔獣戦の切り札である眷属達(彼ら)をここで喪うわけにはいかない。ここでそのカードを喪うのは、村の防衛戦が敗北する事に等しかった。


《ああ、なんとかな。……あとどれくらいでこちらに来れる?》


《あとちょっと……と言いたい所じゃが、まだしばらく掛かりそうなのじゃ……》


 距離があるからな。仕方がないんだが、村の防衛戦が危ないし、何か策を考えなければ──


《ん? なんじゃミーア? 戦力投射のアイデアを考えた、じゃと? ……ふむふむ。……危険じゃが急ぐにはそれが一番かもしれんのぉ〜》


 何か急にミーア発のアイデアが出たらしい。


《おい、ウィンディ!》


 だが俺は知っている。こういう時に出てくるアイデアというのは大抵ろくなものではない、と。


《フフフ、お前様は安心せい! ワシを誰じゃと思っておるのじゃ〜? 大きい泥船に乗った心で待っておるがよいゾ!》


《それダメな奴じゃ──あっ!?》


 そして突然ウィンディからの連絡は途切れる。


 ウィンディ達が何をするつもりなのかは分からないが、すでに賽は投げられたらしい。もしくはルビコン川を渡ったとでも表現すべきか。


「どうした悪役貴族?」


 俺の表情に何かを感じたのか、訝しむヘルメス。


「……くく、そうだなヘルメス。これからとびっきりの何か(・・)を見せてやる。見ても腰を抜かすなよ」


 俺だって何が来るのか分からないんだ。お前も精々驚けヘルメス。

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