アルベルトくん14歳。砂漠の蚯蚓(2)
翌日。
村で1泊したあと、俺達は駱駝もどきに乗って広大な砂漠の中へと足を踏み入れていった。
ヒュウゥゥゥ……
巻き上がる砂塵が身体を叩く。
俺達の眼前には赤茶けた砂で埋め尽くされた不毛の大地が広がっていた。
その様はまさに果てしなく続く砂の海。だが母なる海とは異なり、この無慈悲なる海は生物の生存を鋭く拒絶し、一見しただけでは生物の気配など微塵も感じさせない死の海のような有り様だった。
空からは刺すような日差しが降りかかり、その強烈な日差しは俺の網膜を容赦なく灼いてきた。
また砂漠では、強烈な直射日光による水分の消費が激しい。
そのため陽の強さを遮るために旅行者は厚い外套を着込み、目には砂塵の侵入を防ぐために大きなゴーグルをはめるのが一般的だった。
そして砂漠では激しい動きは禁物だ。
なぜなら、砂漠で身体を動かすとそれだけで体力が消耗してしまうからだ。
故に、体力の消耗を避けるため、俺達は駱駝もどきにじっと掴まり、ただただ駱駝もどきののんびりとした足取りに身体を預け体力の温存を図るのだった。
ーーーーー
駱駝もどきに乗って、とぼとぼと歩くこと暫し。俺達はそこで立ち止まった。
「よし。ここらでいいだろう。じゃあとりあえず吹いてみるぞ」
「ご主人様、たろうちゃんが出てきてくれると良いですね!」
ワクワクしているサキに頷きを返すと、俺はとりあえずお婆さん家より借りてきた”化け物を呼ぶ”笛を吹いてみる。
笛はオカリナに似たようなデザインだが、指穴もないシンプルなものだった。
ピーッ
……
…………
暫く待つが何も反応はない。
カサカサと風に吹かれた砂塵の音だけが耳元を掠めてくる。
「どうせそんなミミズもう生きていないわよ。さっさと居なかったって報告して帰りましょ」
「まぁ、フェリシア落ち着け。まだ最初だ。次行こうぜ、次」
早くも帰りたそうな顔をしているフェリシアをなんとか宥めて、俺達は次の場所に向かうのだった。
ーーーーー
次の場所でも結果は変わらなかった。
笛を吹いたあと俺達は一定時間たろうちゃんを待ち、その反応が無いのを確認したら、再び駱駝もどきの背に揺られて、とぼとぼと移動を再開する。
そしてまた一定の距離を歩いた後、笛を吹いてはその反応を待ち、当然何も無くて移動に戻る、というサイクルをひたすら繰り返した。
淡々と繰り返される単純作業に精神は徐々に摩耗していき、俺達は簡単な会話すら段々無くなっていった。
(早く見つかれ!)と、心で念じながら、ただただ心を無にして作業を続けるのだった。
ーーーーー
陽が傾いてきたことを言い訳にして、すっかりくたびれていた俺達は早めにテントの設営をする事にした。
サルヴェリウスさんから借りたテントは、地球で言うモンゴルの遊牧民が使うゲルに似た造りをしていた。
木組みの支柱に布を被せて外壁を作り、厚手のフェルトを地面に敷いて寝床を確保する。
ただし地球と違うのは、虫除けや外敵への牽制のために結界の魔法を使えたりすることだ。そこらへんの便利さは、やはりファンタジー世界様々だなと感じる。
「もうイヤっ!本当にイヤっ!」
フェリシアが早速泣き言を言っている。やはり高貴な身分のお嬢様には、本格的なサバイバル生活は流石にちょっとハードルが高かったらしい。
「1日中砂漠を歩いてくたくただっていうのに、砂の上に敷いたフェルトで雑魚寝?いくら何でもあんまりよ!」
個人的には結構快適な環境だと思っているのだが、お嬢様には不満なようだ。
「お前、昨日冒険者に憧れがあるとか言ってただろ?これこそまさに冒険者の醍醐味ってヤツだ。体験できて良かったな。
……あ、これさっきとっ捕まえたサバクトカゲなんだが焼くと結構美味いぞ。喰うか?」
俺は串に刺して焼いたトカゲをフェリシアに差し出した。
「要らないわよ!私が求めている冒険はもっとヒロイックなものなの!
私が憧れているのは、絶対にトカゲを食べたりとかそういう冒険ではないわっ!」
ぺしっと手を叩かれてしまった。
うーむ。どうやら俺の想像している冒険者像と彼女のそれとは一致していなかったらしい。
因みに焚き火を囲んで反対側に座っているサキを見てみると、獣耳をピクピクさせながら両手を使って串に刺さったトカゲにかぶりついていた。
俺の視線を受けて首を傾けている。ちょっとあざと可愛いポーズだ。
簡素な食事を済ませ、焚き火に木を追加でくべていると、さっきまでぎゃあぎゃあと一通り愚痴を垂れ流していたフェリシアが、テントのそばでゴソゴソとサキと一緒に何かの作業をしていた。
どうやらサキをこき使って自分だけ優雅にシャワーを浴びるつもりのようだ。
暫くして準備が整ったらしく、フェリシアは頭から足下までを覆う大きな円筒形の布の中に入り込む。
がさごそしていたかと思うと布の下部から、サキに脱ぎたての衣服を渡していた。
そして、布に入っているフェリシアは、サキの魔法で自分の頭上へと適度に温めたお湯を掛けてもらい、即席シャワーを浴び始めた。
しゃぁぁぁぁ……
”照明”の魔法が俺達のキャンプ地の周囲を暖かく照らしている。そしてその灯りによって、円筒形の布上には、フェリシアの肢体のシルエットがくっきりと映し出されていた。
身体を揺する度に色々と揺れるシルエット。
これは大変不健全です。でも自然現象だから仕方ないよね?
そうニマニマと卑猥な影絵を堪能していたら、布の中から「キャアッッッ!!」と突然大きな悲鳴が聞こえてきた。
そしてその刹那、布ががばりとめくり上がり、産まれたままの姿を隠すことなく、涙目のフェリシアが一目散に俺に抱きついてきた!
「うえっぺ、ぺりしあ!ど、どうしゅたッ!?」
俺はカミカミにフェリシアに問うと、彼女はぎゅっと目をつぶって俺をきつく抱き締めたまま、片手で自分がさっきまでいたシャワーブースを指差した。
「い……今いたの!へ……ヘビがっ!」
俺はそのフェリシアの言葉に脱力する。そりゃあヘビくらいいるだろ。砂漠なんだから。
一見しただけでは砂漠が生物不毛の地に見えるのは仕方がない。
しかし矛盾するようだが、意外と砂の中には数多くの生物が棲息していたりするのだ。
俺はとりあえず風の魔法でヘビの頭を切り落とす。明日の朝食のおかずにヘビの蒲焼きを追加しよう。
あとは夜のおかずにこの網膜にしかと焼き付いている素晴らしい映像をいただくとしよう。
まだ恐怖で抱きついているフェリシアにそっと優しく毛布を掛けながら、この思わぬ収穫に1人満足げな笑みを浮かべて俺は固く誓うのだった。
暫くして落ち着いたらしいフェリシアは、顔を上げて俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「ところで……私どうだった?」
俺はふむ、と一息入れ、立て板に水のごとく早口で説明した。
「……一見するとスレンダー体型かと思っていたが、なかなかどうしてボリュームも結構あるな!
更にその理想的なお椀型といい、先っぽの桜色のカラーリングといいバランスが絶妙で大変いい!まさに絶品ものだよ!」
俺はソムリエのように熱く語り、フェリシアの素晴らしい裸体について最大限の讃辞を贈った。
ドゲシッ!
容赦のない鉄拳の一撃が俺の顔にめり込む。非道い!顔は男の命なのに!
「その不必要な記憶が、あんたの脳内からきちんとデリートされるまで何発でもいくわよぉ~っ!」
そう言って般若の形相で俺に殴りかかってくるフェリシア。
サキは「私はお先に失礼しますね」といって早々にテントに引っ込んでしまった。
おい、サキ!俺を見捨てるな!
「記憶が無くなれぇぇ~いぃぃっ!」
その夜、俺とフェリシアは夜通しずっと追いかけっこをした。
彼氏と彼女のキャッキャ、ウフフのような追いかけっこではない、殺伐とした本格的なヤツだ。
結論。人間万事塞翁が馬。




