彼女の武器(後編)
前編の倍くらいの文量になってしまいました。
纏めるのって難しいですよね。
『ん? お前の最大の武器は何か、だって?』
これは以前、フェリシアが何気なくアルベルトに質問したものだった。
いつもは打てば響くかの如く軽快に答えることが多いアルベルトだったが、その時はしばらく悩んでいたな、とフェリシアは述懐する。
『ん〜お前の武器……剣もこなすし魔法も達者……為政者としても一級品だし、女の武器は……まぁそこは今後に期待かぁ〜』
あーでもないこーでもないとウンウンと唸ったあと、ポンと手を叩いてフェリシアに笑顔を向けた。
『お前の一番の武器は……うん、そのめちゃくちゃな負けず嫌いな性格だな!』
『は? マケズギライって……負けず嫌いぃ〜!?』
この回答にフェリシアは面食らう。女に向かって負けず嫌いって……
『簡単に言えばさ、お前は痩せ我慢がすごいんだよ。どんなに困難でもさ、自分が一度こうだ!と決めたら絶対に諦めない。普段は合理的なのにそこだけは絶対にブレないよな───』
そこでハッ!っとフェリシアは意識を取り戻す。
どうやらごく短い時間ではあったが、フェリシアは意識をトバしていたようだ。
「──我は用心深い。そのため貴女に必要以上の手傷を与えた事は詫びよう。だがすでに我の懸念は消えた。その傷痛かろう。次なる一撃にて慈悲深く貴女を冥土へと送り届けようぞ」
時の精霊が感情を感じさせない機械のような声音で最後通牒をフェリシアに突きつけると、魔法を発動する構えをとった。
フェリシアはペッ、と口に溜まった血を吐き出し、神剣の柄を改めてギュッと握りしめる。
すでに身体は満身創痍。少しでも気を抜けば、すぐにでも倒れてしまう自信がある。
それでも。
(ヒノちゃんとの……”約束”もあるしね)
だから諦めない。最後の最期まで──足掻く。
フェリシアの反撃がない事を見越して、さらに一歩を踏み込んでくる時の精霊。
すでにフェリシアの剣の間合いだが、反撃できる魔力も感じられず、もう時の精霊にとってはそのようなリスクは瑣末事だった。
時既に勝敗は決したのだから。
これ以上足掻かれるより、確実性を期すために。
「さらばだ。時魔法……”加速”」
事実上ゼロ距離での魔法。フェリシアが完調でも避ける事叶わないクロスレンジ。
だから───
《これをこそ待っていた!》
「!?」
時の精霊が魔法を放ったと同時に、急激に時の精霊の背後から迫る強大な精霊力。
時の精霊は知らなかったが、神剣に変化していた神鳥は、その剣の間合いなら一瞬で実体化できる能力を持っていた。
もっとも例え実体化できたところで”加速”の魔法の前では無力だ。
だからこそ、こちらの間合いでかつ時魔法の発動と同時に実体化する必要があったのだ。
《焔魔法、”紅蓮”ッ!!》
圧縮された時の中、焔魔法の極致の術が発動する。
この魔法は焔の精霊王のみ使うことが赦されたあらゆるものを燃やす原初の焔だ。
ゴォォォォォッ!!
「ぬぅぅぅぅぅぅぅッ!」
例え精霊王に匹敵する強大な精霊力を持つ時の精霊と言えども、創造神が構築した世界法則と契約していない現状では王権が授けられた他の精霊王よりも僅かに現実改変力は劣るものとなる。
故に神鳥による決死の攻撃で、防御に使われた時の精霊の精霊力はみるみると相打つ形で失われてゆくのであった。
「くくく……このままではお互いに共倒れ……か。……だがいいのか? このまま現実時間に復帰すれば貴様の契約者は我の攻撃で死ぬぞ? さすれば貴様が我を討滅する前に貴様と契約者との契約が途切れ、中途にて貴様は精霊界へと帰る羽目になるであろうな」
時の精霊は動揺を誘うため、神鳥に話しかける。挑発の一環ではあるがそれはまた一片の真実も含まれていた。
だが神鳥は揺るがない。
《我が契約者はこの無謀なる作戦を伝えた時、”任せろ”と言った。ならば我はその言葉をただ信じるのみ》
─────
(あ〜、この距離で撃たれちゃったか)
至近にて時魔法がフェリシアに放たれると同時に、神剣はその姿を失い時の精霊の背後に神鳥が現出するのをフェリシアは知覚した。
ずっと耐えていた甲斐があり、博打のような作戦の半ばが成功した瞬間だった。
あとはこの時の精霊の一撃にフェリシアが耐えきれれば、作戦は完遂する。
躱す事は不可能。ならば受けきるしかない。
ただし神鳥の加護のない、ただ一人の人間として、だ。
(人間の魔力だけで、精霊王に匹敵する敵からの魔法攻撃を、防ぐ)
これだけで思わず笑いそうになってしまった。
人の身で神にも例えられる精霊の王と相対するのだ。
そんな非常識な事ができるのは、アルベルトくらいで十分だ。
(私はもうちょっとまともな側の人間だと思っていたんだけどねぇ)
諦念すべき局面であるにもかかわらず、彼女の心は踊っていた。
ちょっとだけ、彼女が好きな許嫁の横に並び立てたような気分がしたからだった。
彼女は神剣を構えていた時の構えから、ほんの僅か指先だけを前に伸ばす。
既に魔法のイメージはでき上がっている。あとはただ、そのイメージに魔力を注ぐのみ。
「炎魔法───”火焔車”ッ!!」
フェリシアの全力の防御魔法が時の魔法を受け止めるべく発動される。
刹那の後、眩い閃光がフェリシアの網膜を焼く。
フェリシアの魔法と時の精霊の魔法とがぶつかったのだ。
この1度きりの防御魔法に全てを賭けるため、フェリシアはこれまでの時の精霊からの攻撃を、自身の魔力を極力使わず全て躱し続けてきた。
それに対して実体を持たない時の精霊は、言うなれば存在するだけでその精霊力を消費しており、更に幾度もの攻撃によりその精霊力を大量に消費し、加えて今も神鳥によってその精霊力を刻々と削られ続けている状況だ。
耐えてさえいればこの天秤は時間の経過と共にフェリシア側の有利になるはずだった。
だが、それにもかかわらず───
「舐めるな……人間風情がぁぁぁぁッ!!」
「!!」
拮抗していたハズの魔力にさらなる圧力が加わる。
フェリシアは今まで以上の時魔法の圧力に、思わず弾き飛ばされそうになる。
その姿はまさに激流の中でそれに抗う小さな石っころのようなものであった。
「ぐぐぐ……」
暴力的な時魔法の奔流に、流されそうになるフェリシア。
食いしばった奥歯からは赤い血が滲み、突き出した両腕もブレる様に震えていた。
その姿は決壊寸前のダムのごとく、奔流に呑まれ敗北は必然のように思われた。
だが今にも均衡が崩れ敗北の今際にいるにもかかわらず、フェリシアの目には赤々と燃え盛る炎の輝きがあり、その満身創痍の姿とは裏腹に身体中から強い何かの力が迸っていた。
フェリシアの最大の武器は、”痩せ我慢”だ。どんなに苦しくても、絶対に諦めない。
「人間を……舐めるなぁぁッ!!」
フェリシアは吼える。
「むッ!?」
時の精霊が勝利を確信した時、それは起きた。
一瞬だけ爆発的な魔力がフェリシアから放出され、自身の時魔法と相殺された。
その事自体が瞠目すべきものではあったが、真に驚くべきはその後だった。
時魔法とフェリシアの魔法の撃ち合いの結果、相殺された時にほんの僅かな時間ではあったが、激しい閃光と爆風が発生し、時の精霊の視界は遮られた。
例え遮られても時の精霊は魔力を感知し相手の居場所を特定できる。
だがその時のフェリシアは時の精霊との魔法の撃ち合いで文字通り魔力が空の状態だった。
普通は意識を喪い戦闘不能だ。
だが───
「な、なにッ!?」
そこで奇跡は起こる。
フェリシアに意識はない。
だがフェリシアは無意識のまま腰に差していた予備の魔法剣を滑らかな動作で抜き放ち、そのまま居合で時の精霊に斬りつけた。
フェリシアはただ時の精霊を倒す、という強い意志に引っ張られ、動かぬはずのその身体を無意識に動かしたのだった。
この小さな一撃は、魔法力の感知に依存していた時の精霊にとっては完全な不意打ちになった。
だがそこは流石の時の精霊。ほんの僅かな傷を受けただけでほとんど無傷でその剣を躱すことができた。
片腕に走ったほんの僅かな裂傷。
これが今回初めてフェリシアが時の精霊に傷を与えた攻撃だった。
───そしてこれこそが勝負を分けるものとなった。
《ついに綻んだな》
「!?」
ずっとフェリシアの手助けをせずに時の精霊の精霊力を削り続けていた神鳥が、断罪の口調で時の精霊に告げる。
神鳥、即ち焔の精霊王の分御霊が司るは、何ものをも燃やす炎なり。
自身を時の魔法で完全に護っていた時の精霊に開いた僅かな空隙。
そこから神鳥は焔を流し込んだ。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁッ!!」
焔に包まれる時の精霊。先程とは比較にならない速度で精霊力が喪われていく。
《時の精霊。貴様の敗因は……人間を……我が契約者を見下したことだ》
ここに勝敗は決した。




