兄vs妹
「ふははははッ! どうした”悪役貴族”! 逃げてばかりでは俺は倒せんぞ!」
腕先だけをカギ爪に変化させたヘルメスは、息もつかせぬ程の勢いで、化物じみた膂力で腕を振りおろしてくる。
俺は、古代魔法帝国の技術が反映されたミーア謹製の黒剣を腰から引き抜き、慌ててそれを迎え撃つ。
ガギィンッ!
ヘルメスの攻撃を受け止めた黒剣がビリビリと震える。
こちらは”身体上昇”の魔法をすでにかけているにもかかわらず、ヘルメスの力は明らかにこちらよりも上だった。
奴の地力はこちらを上回っていると見ていい。しかもまだ完全に実力を発揮していない段階で、だ。
数合の打ち合いの後、俺は距離を取ろうと後方に下がる。
「───”黒の死番”」
するとヘルメスは黒の触手を鞭のように伸ばしてきて、俺の行動の自由を阻害してきた。
「つれないな。まだ殺し合いは始まったばかりだぞ?」
「うっせぇ、このチート悪魔野郎! 人間捨てた化物の攻撃に正面からバカ正直に付き合ってられるか!」
ヘルメスは余裕ぶっているのか、未だ大悪魔レライエと完全融合した姿をみせず、攻撃してきている。
それにもかかわらず、その力は人間の次元から大きく逸脱したものとなっており、着実に以前よりも人間を捨てた状態になっていることが察せられた。
「ならば……”秋水”ッ!」
「うぬッ!」
俺は風の魔法と斬撃を組み合わせた真空の刃をヘルメスに打ち込む。この技ならば接近戦でなくともヘルメスに斬撃が届く。だが───
「クソ、スタンピードが邪魔だなッ!」
いきなり俺とヘルメスの間に魔獣が現れ、その横っ腹を俺の斬撃が抉る。
ランダムに現れた魔獣が、ちょうどヘルメスを守る盾の役割を果たしたのだ。
しかしそこで俺は閃く。俺はヘルメスと俺を分断するように乱入してきた魔獣の群れを利用して、ヘルメスの足留めをしようと試みる。
「”豪旋風”!」
俺は魔獣達の先頭にいる一体に対して、魔法の強風で無理やりヘルメスの方を向くように追いやる。
「GRUAAAAARRッ!!」
案の定、先頭の魔獣は視線の先にいたヘルメスへと狙いを定め、本能の赴くままに突撃を仕掛ける。そして群れの流れに従うように、近くにいた他の魔獣達もそれに倣い、一斉にヘルメスの方へと襲いかかっていく。
「よし、これで少しは時間が稼げそうだな……」
俺は多数の魔獣にヘルメスが囲まれたのを見届けると、村へと侵入しようとしている魔獣達をなんとか抑え込んでいる騎士達の加勢に加わるべく、急いで踵を返したのだった。
─────
「ベル……今ならまだ間に合う。早くこの地から離れるんだ」
「兄さん……」
私は今、血を分けた双子の兄であるクリス兄さんと向かい合っている。
その手に刃物を互いに持ち合いながら。
「兄さん、もう止めて。なんでこんなことしているのか私にはわからないけど、こんなの絶対に間違っているよ……」
村の周囲には数多くの魔獣が跋扈しており、村の中にいる数多くの戦えない村人さん達をエサとして狙っているのが明白だった。
当然魔獣達は村人さん達を狙って村へと侵入しようとしているけど、それをギリギリの所でリーゼさん、メアリーさん、そして騎士団の人達が必死になって防いでいるのが現状だった。
なお頼りになるアルくんや、サキさん、フェリシアさんは、それぞれ強そうな人達と対峙しており、とても他に目を向けられるような状況ではなさそうだ。
「ベル……そこをどくんだ。お前の実力じゃ僕には勝てないよ。僕はお前を傷つけたくないんだ。昔みたいにお兄ちゃんの言うことに黙って従ってくれ」
私はその言葉にびくっとする。確かに昔の私は天才の兄さんの言うことに黙って従うような大人しい少女だった。
でも今はもう違う。
「ど、どかないよ兄さん。私は……村人さん達を、守るんだ」
声は震えてなかったかな? 正直に言うと今の兄さんは怖い。顔に笑みを浮かべていても、私が知っている頃の兄さんとは雰囲気がまるで違っている。
危うくて脆い、氷刃のような気配だった。
「……そうか、あんなにいい子だったお前が兄ちゃんに逆らうのか。……あぁ、あいつに誑かされたんだな。まぁ、僕は気にしないよ。だってお前はたった一人の僕の片割れで、大事な僕の妹なんだから───」
「!?」
ガキィィンッ!!
唐突に金属と金属とが激しくぶつかる音が周囲に響く。
「……へぇ。初撃を防がれるとは正直思ってなかったな。ベル、腕を上げたね」
あ、危なかった……。アルくんの足手まといになりたくなかったから、サキさんやフェリシアさんと一緒に剣の練習をずっとしていた成果がちゃんと出たのかな?
それから数合、兄さんの剣を冷静に捌く。大丈夫、ちゃんと兄さんの剣筋は見えてる。私でもちゃんと対処できてる!
「もう、昔の私じゃないよ兄さん。何を考えているのかは分からないけど、私がここで兄さんを止める!」
「ふふ……そうかい。ベルの成長が本当に嬉しいよ。ならこれはどうだい? ───”聖光槍”」
「!?」
兄さんから強い魔力反応が!
「”天奏羽盾壁”!!」
私は咄嗟に、強力な光属性の魔法壁を展開する。
「うぐぐぐぐ……」
荒れ狂う光属性の魔力波が盾の向こうから迫ってくる。私は腕に魔力を込め、その激流の荒波に歯を食いしばって耐える。
「はぁはぁはぁはぁ……」
たった一度、兄の魔法を防いだだけでこちらの魔力は大分疲弊してしまった。
「おやおや、ベルは大分お疲れのご様子だ。もっとも僕の魔法を奇麗に受け止めたのだからそれも仕方がないと思うんだけどね。見事だったけど、僕に勝てないとはっきり分かっただろ? 悪いことは言わない、ギブアップしなよ。今なら受け付けるよ?」
「寝言は寝てから言ってよ兄さん」
私は無理やり口の端を曲げて、笑いの形を作る。
やっぱり兄さんは魔法の天才だ。真っ当な魔法戦だと多分私に勝ち目はない。でも絶対に私は諦めない。どんな手を使ってでも、私は兄さんをここで食い止める。
「はぁ〜ふぅ〜」
私は一つ息を整える。
さぁここからが本当の私の戦いだ。私には兄さんと違って目の覚めるような才能なんてない。だけど私には……アルくん達と一緒に駆け抜けた、数多の強敵達との戦いの記憶がある。
みんなと共に築き上げたこの経験は……兄さんにはない私だけの財産だ。
だから兄さんに知らしめよう。私のこれまでの道のりを。どんなに困難な状況でも絶対に諦めなかった、私達の心の強さを。
私は自分から、魔法を放つ準備を始めた。




