VSアショカ騎士団副長
「各自、武装の点検を急げ! チッ! なんでよりによって団長が不在の時にモンスターの集団暴走が発生するんだッ!」
アショカ砦にて待機していたアショカ騎士団のベテラン団員がボヤく。先刻までのほほんとしていた空気だった砦内は、現在いきなり危急の刻を迎えていた。
砦から数キロの距離に見える砂塵は、その姿を段々と大きなものに変じていた。
「北西の方向から……数は100くらいかな!? 副長はすでに先行してます! 装具点検が終了した者から応援に向かってください!」
副長から連絡の指示を受けたオクトー隊員が、大声で敵の状況を伝達している。
この日が来ることを常に念頭に置き、日々過酷なトレーニングをその身に課していた団員達。緊張はあっても怯えの色はない。
「蒼の団員各位、着剣! 予備の魔力石の数をしっかりと数えておけ!」
アショカ騎士団を構成する分隊の一つである蒼の団員達は、支給品である中距離攻撃ができる魔道具を両手でしっかりと握りしめる。
スタンピードは言うなれば物理の台風だ。その流れを人の身で抗うのは容易なことではなく、しっかりとした砦にて抵抗するのがもっとも堅実な対抗手段だった。
だが無防備にスタンピードの攻撃を受ければ、いかな頑強な砦といえどもあっさりと瓦解するものだ。
そのため直線的な攻撃となりやすいスタンピードを側面から攻撃し、その突進力を弱める働きを期待されているのが”蒼の団”だった。
「蒼の団、総員出撃ッ!」
先程のベテラン団員の胴間声が砦内に響く。味方を鼓舞する力強い声だった。
整然と砦内から敵地へと出撃していく味方の背中を頼もしいと思うと同時に、オクトー隊員はすでに偵察のために先行している副長が無茶をしていなければよいが、と心配する。
先輩なら大丈夫、と思うと同時に何か嫌な予感がするからだ。
(先輩、無茶をしないでくださいよ)
オクトーは同性ながら密かに想いを寄せている先輩の無事を、一人祈る。
─────
(蒼の団が砦を出立したみたいね。想定した機動戦ができる態勢はほぼ確立。あとは私がスタンピードに一撃を与えて、可能な限り敵の情報を持ち帰るだけね!)
副長は風の魔法の支援を受けながら地上を滑走し、スタンピードに近づいていく。
彼女の主な役割は強襲偵察。威力偵察とも言われるが、要はひとまず相手をぶっ叩き、その反応から相手の能力を推察したりするのを任務としていた。
(……変ね? 魔力の総量の割には存在感が希薄というか……どういうことかしら?)
過去に遭遇したスタンピードと少し違うようにも感じたが、彼女の仕事は部隊の槍の穂先となり、ひとまず相手と矛を交える事だった。
だから余分な思考は切り捨てる。
「私は私の役割を全うするだけ。───アショカ騎士団副長、メイベル・ディ・サファード。推して参る!」
彼女は風の魔法を自分にさらに重ねがけし、スタンピードへと猛烈なスピードで吶喊していった。
─────
ガキーンッ!!
アショカ砦に向かって真っ直ぐ進んでいた時、いきなり何かがこちらに突っ込んできた。ちょっとびっくり。
《お前様、大丈夫かの!?》
近くにいたウィンディがちょっとビビってる。
まぁいきなり前口上もなく剣で吶喊されたらそりゃ誰でも驚くわな。
しかしこいつ、かなりの剣の実力者だな。
見た目はフェリシアタイプのちょっと強気な20代のおねぇさんって感じなのに、その剣は技巧よりも威力重視だ。
風の魔法を相当剣技に応用しているが、そもそも基本的な筋力等の肉体トレーニングによる土台がなければ、ここまで剣の腕を鍛え上げることはできなかっただろう。
《こいつの無力化に少し時間がかかりそうだから、お前達は先行して砦に向かってくれ》
俺は女騎士の攻撃を受けながら、一緒に砦へと殺到しているウィンディ精霊軍団とミーアに対して思考通信で声をかける。
《了解なのじゃ(デス)》
混線っぽかったが両方の意思はきちんと確認できた。
俺と女騎士をその場に置き去りにして加速していくウィンディ達。
……しかしこの目の前の女騎士はヤバいな。
こちらに奇襲で数撃だけ入れたら後はすぐに風魔法で高速離脱しそうだったので、俺はその風の魔法を慌てて打ち消して逃さなかった。
しかし、もし逃げられていたらまたしつこくこちらを攻撃してきそうな気配だったから危なかったぜ。
この女騎士の機動性は放っておくのはマズそうな代物だ。だから厄介そうなこいつをさっさとここで無力化しようかな。
俺はぺろりと渇いた唇を舐め、持ってきた無骨なメイスを握りしめた。
─────
(こいつは一体何者なのッ!?)
私は戦慄とともに目の前の異形の戦士と向き合う。
スタンピードに加わっていたその蛮族の戦士と思わしき男は、怪しげな装飾の入ったマスクを被り、身体中を墨でペインティングして彩っていた。
2m近い巨漢の男であるにもかかわらず、その細く引き締まった身体はしなやかな肉食獣を連想させるものだった。
(くっ! ダメだ、私じゃ勝てない!)
すでに六合ほど全力の剣を打ち込んだにもかかわらず、目の前の異形の男からは全くスキが作れていない。
蛮族の戦士と私との実力差はもはや歴然。単独での撃破は無理だと悟る。
だから私はこの戦士の情報を味方に持ち帰るべく、虎の子の風魔法による高速離脱を試みたのだが───
「そ、そんな……」
私の風魔法が途中でかき消えた。魔法への干渉!? どのような手段によるものかは皆目見当がつかなかったが、目の前の蛮族の戦士はどうやら魔法の無効化ができるらしい。
接近戦でも勝てず、魔法でも逃げられない。
だけど───
「ハァァァッ!!」
私は抗う! 味方を信じて!
私は更に数合打ち合った。敵のメイスが私の鎧を掠る。それだけで留め金具が吹き飛び、胸のブレストプレートがズレた。
外れた留め金具が私の服を引っ張り、肌を少し外部に露出させる。女として少し恥ずかしかったが、戦闘中にそのような意識は不要。私はその羞恥心を心の奥底に仕舞う。
? なぜか異形の戦士の攻撃が鈍り、私と距離をとった。
そして何かしらのサインをこちらへと送ってくる。
………はっ! 『その動き難さでは勝負になるまい。武士の情けよ。さっさと脱ぐがいい』ってことね!
この蛮族は誇り高き戦士。私がブレストプレートの留金が外れて腕が振りづらくなっている事を見抜いて、待ってくれたんだわ。
私も女である前に戦士の端くれ。死というものを前に臆するものか。
先程のメイスの攻撃力を見れば重い鎧なんて邪魔以外の何ものでもない。私は潔く上半身を裸にし、腰の鞘も外す。
チャンスは一度だけ。生涯最高の一撃を繰り出すために、私は残り少ない魔力を剣に込め、全力で振りかぶった。
─────
ちょ! ま!!
危うく声が出そうになった。ポロンしてますよポロンッ!
俺のメイスが女騎士の胸の装甲を掠め、そのまま片側の鎧が外れてしまった。
それはいいんだが、同時に金具が服に引っかかったみたいでビリリと破けてしまい、見えちゃいけない女騎士の大事な部分が野ざらしにされてしまったのだ。
この女騎士、一瞬だけ顔に羞恥が浮かんだのに、隠す素振りも見せず攻撃を続行してきやがった! 隠せよ! それぐらい待ってやるよ!
ぶるんと震えるそれに我慢できなくなった俺は、仕方なく少し後退し、女騎士から距離をとった。逃げられるリスクは上がったが、正直見てられん。
俺は手だけでジェスチャーする。これが武士の情けってもんよ。
そうしたらその女騎士、ニヤリと笑ったかと思うと上半身を真っ裸にして、鞘も棄てた。
こいつ一体何なの? バカなの? 脳筋なの?
こっちの動揺なんて何するものぞと物凄い気合の入った構えで魔力を練っている女騎士。
ヤバそうな一撃なんでこっちも防御魔法の準備をしたいのだが、修行不足な俺では野ざらしになっているその上半身のアレから意識を外す事ができない! ヤバい!
「たぁぁぁぁぁッ!!」
裂帛の掛け声と共に上段の一撃を仕掛けてくる女騎士。
動揺していた俺は辛うじてメイスで迎え撃つ。
だが精神の不安定さの影響からか、メイスが真っ二つに折れてしまった。
そしてそれでも勢いが衰えない女騎士の必殺の一撃。
カーン。
身体を捻ってギリギリでその一撃を躱したが、俺のマスクをその一撃は掠めてしまい、マスクが割れる。
割れたマスクの隙間から一瞬だけ目と目が合う俺達。
俺は反射的にクロスレンジ内にいる相手の即頭部に掌を当てて、風の魔法で高速振動させる。
「あ………」
動揺からか動けなかった女騎士は、俺の一撃を受けて脳を揺さぶられ気絶した。
腕の中で意識を失った女騎士を抱えながら、俺は一人悲嘆に暮れる。
「顔ちょっと見られたけど……ペインティングしてるし平気だよね?」
まぁ、この女騎士とはもう会うこともないだろうし問題ないだろうと、自分自分を慰める俺だった。




