アルベルトくん14歳。砂漠の蚯蚓(1)
カジノ潜入事件を完遂してから数日後。
俺達はサルヴェリウスさんから新たな仕事を請け負った。
「しかし今度の仕事は”ペット探し”ねぇ……」
こういくらなんでも、ここまで脈絡もなく節操のない仕事が回ってくると、何かあじサンドと出涸らしの珈琲ばかり飲み食いしている売れない探偵になったような気分がしてくるぞ。
「えーと、今度の仕事は70年くらい前に親によって無理やり砂漠へと棄てられたペットの捜索……ですか」
そもそも親が砂漠にペットを捨てにいくという段階で、激しく突っ込みを入れたい。
サキは頬に人差し指を軽く当て、アンニュイな表情を浮かべながら手元の依頼書の続きを読む。
「えーと、依頼主の女性は70を過ぎたお婆ちゃんみたいですねぇ。……でもこのお婆ちゃん、市内でも有力な商会のお偉いさんみたいですよ?
なんでも『死ぬ前に一度で良いから子供の頃に親によって棄てられてしまったペットが今どうなっているのかを知りたい』とのことです。
ペットの現状が気になってしまい、安心して天国に行くことができないそうなんですって」
昔可愛がっていたペットのことが気がかりとは言っても、これだけ長い年月が経っているのならば多分そのペットはすでに死んでいるだろうな。
「名前は”たろうちゃん”といって、小さな魔法生物みたいですねぇ。
あ、写真も有りますね……へぇ、結構可愛い感じですよ」
俺もその写真を見せてもらう。
小さな女の子(多分、子供の頃の依頼主だ)が、フランスパンみたいな円筒形の何かを両腕で包み込むようにして抱えていた。
ん?どう見てもこのペット。丈の短いデフォルメされたミミズに、漫画みたいに単純化された人間の顔がくっついているクリーチャーのようにしか見えないぞ。
因みにアスキーアートにするとこんな感じ。↓
( | |:) | | | | )
キメェ。とてもではないが可愛いとは思えない。
これを可愛がっていたそのばぁさんといい、可愛いと言ってしまう残念感性のサキといい、そのセンスにはちょっと疑念を抱かざるをえんわ。
なお、この魔法生物はよく調教されていたらしく、専用の笛を吹くと、もし半径500m以内にいた場合、一目散にその笛を吹いた飼い主に寄ってくるらしい。
更に気持ち悪いことに、この化け物、見た目ミミズなのに鳴き声は『にゃーん』と鳴くとのこと。猫かよ。
「でもそんなものの探索のために市外にある砂漠地帯まで出向かわなければならないなんて本当に面倒な話よねぇ」
フェリシアは心底うんざりしている感じに不満を述べている。
安心しろ。俺も全く同感だ。
「でも今回のお仕事は3日砂漠を探索して成果が出なければ、『見つからなかった』で片づけてもいい案件ですから。結構簡単なお仕事なんじゃないですかね?」
(まぁ、前回のオカママッチョ事件に較べれば遥かにマシか)
俺はそう自分を無理やり納得させ、嫌がるフェリシアを引き摺って、現地へと向かうのだった。
ーーーーー
乗合馬車にて街を出て、宿場町を渡り歩くこと丸3日。
さらにサルヴェリウスさんより貸与された駱駝もどきの背に乗って、暫し揺られること約6時間。
それなりに長い旅路の果てに、俺達はなんとか暗くならないうちに砂漠の手前にある小さな村へと到着できた。
村ではすでにサル・ロディアス行政府の方から俺たちに宿の提供をするようお達しがあったらしく、特にこちらから何らかのアクションをする事もなく、村長の家にホームステイさせてもらえることとなった。
「何もない村ですが、どうぞゆっくりしてください」
俺たちは村長の家で歓迎の夕食会を開いてもらい、自慢の風呂を堪能させてもらった。
その後、俺は湯冷ましのために、村長の家のテラスに据え付けられた長椅子に腰掛けて、のんびりと夜風に当たる。
拝借してきたワインをちびちびと飲みながら、人為的な光のない真っ黒な砂漠の上に広がった、煌びやかな満天の星をぼんやりと眺めていた。
砂漠の空は綺麗だ。
なぜなら砂漠の空は大気が乾燥しているために星の光を遮るものが薄く、他の土地よりもダイレクトにその星の輝きを地表に映すからだ。
「あれ、アルベルト?」
後ろを振り向くと、珍しく髪を降ろしているフェリシアがグラス片手に立っていた。
俺と同じく風呂上がりのようだ。
借り物の寝間着の隙間から覗く瑞々しい肌は、まだ赤く微かに火照っている。
どうやらこれから星を見ながら一杯やるつもりらしい。
「あら珍しい。いつも一緒にいるサキはどうしたの?」
「酒の飲み過ぎでダウンだ。酒があまり強くないくせにすぐに飲みたがるんだよなぁ、あいつ。しかも飲むとすぐ絡んでくるし」
ふーん、と軽く返事をしたフェリシアは俺の隣にちょこんと腰掛けてちらりとこちらを見上げてくる。
アルコールが入っているからか、いつものようなキリッとした雰囲気は影を潜めている。
風呂上がりの柔らかな物腰のフェリシアは、年相応の可愛い女の子に見えてしまい思わずドキッとしてしまう。
(お、落ち着け俺!何をときめいている!
こいつは俺を破滅に導く女その2なんだぞ!しっかりしろっ!!)
焦る俺の内心とは裏腹に、フェリシアはいつもよりも柔らかな口調で俺に話しかけてくる。
「アルベルト、本当にありがとね」
(はて、俺は何かこいつに感謝されるようなことしたっけかな?)
感謝されるような出来事に全く心当たりがなく、頭を悩ましている俺を余所に、フェリシアの独白は続く。
「私、不謹慎かもしれないけど、今の状況にちょっとだけワクワクしているんだ。
だって夢にまで見た”冒険者”になった、って感じなんだもの。
貴族令嬢として屋敷に囚われたままだったら決して味わうことができなかったドキドキワクワクを、今、私は全力で感じている。それが本当に嬉しいの」
そしてキラキラした眼差しでこちらの手を両手で包む。
「でもね。もし私1人で遺跡の転移に巻き込まれていたら、多分どこかで心が折れていたと思うんだ。
『どうしてこんなことになっちゃったんだろう』、って。
なのにあなたやサキは私の悩みになんて全く関心も持たずに、全然未知の状況に怯えることなく前へ前へと勝手にドンドン進んで行っちゃった。
これが本物の冒険者なんだ、って思ったら畏縮していた私の心も軽くなって、すっと動き出せたんだよね。
……だからさ、感謝。私はあなたに感謝してるんだよ」
ちょっと潤んだ瞳で上目遣いにこちらを見つめてくるフェリシア。
一応の婚約者ではあったものの、今までは正直フェリシアのことを単なるゲームの1ヒロインとしてしか認識していなかった。
しかし今、改めて素直な心持ちでこいつと正面から向き合ってみると、年相応に色々な思いを抱えている1人の可愛い女の子なのだ、という当たり前の事実を理解させられてしまった。
……
…………
それから俺たちはどれくらいの間、2人で見つめあっていたのだろう。
村長さん家のハウスキーパーさんが「何か新しい飲み物でも持ってきましょうか?」と声を掛けてくれたことから、ずっと見つめ合ったまま硬直していた俺たちの時間は再び動き出すことができた。
俺が(何か言わねば)とワタワタしている間に、フェリシアは「多分、酔ってなかったら言えなかった。ごめん、忘れて!」と、顔を赤くしながら、真夏の夜の夢の如く一瞬で駆け出してテラスから去っていった。




